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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
第十二章 『堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ― 著・譚月遊生季』
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メンヘラという者を知る。攻めと責めと受けの話。

「大友くん、かんぱーい!」

「うぇ〜い! かんぱーい!」

 

 普段は本バイトのメイド喫茶のメイド服での女装といういでたちの大友であるが、本日は普通に男の子として接客してくれる。そして、本店でも一番ノリが軽い。

 高校生なので大友が飲んでいるのはストレートティーなのだが、出来上がりかけている客からすればどうでもいい、可愛い男の子が店内をチョロチョロしているだけで眼福なのだ。

 

「しっかしコンラート神父、性格変わりすぎだろ」

「自棄になるほど、コンラート神父の場合は自戒と言った方が的確かもでありんすな? それ程の陵辱と拷問だったと思えるでありんすよ。ある種、甘えることができて八つ当たりの矛先がヴィルになっているかや、幼い子供が母親や幼稚園、小学校の先生に行う自己表現みたいなものでありんすな」

 

 そしてこのヘルプの大友は普段Web小説に触れることはほとんどない。特に読書が趣味なわけでもないので、至極読みは浅く質問レベルも低い。

 

「吸血鬼ってさ、血を飲むじゃんか? これってさ、何かで代用できたりしないのかね? 毎回ヴィルといちゃこらして血飲んでたらその内ヴィル貧血になるんじゃね?」

 

 グラスを拭く木人の手が止まり、汐緒は笑顔ながら思考が停止する。

 おいおいおい! このど素人一体何をいきなり言い出すんだと。

 そんな中、奥の席に座っているこれまたややこしい二人がその質問に返した。

 

「本来吸血鬼という存在がどういう生物なのかというところからになるっすけど、死体と言われていても嗜好目的以外で吸血するという事は、生きる為の栄養源確保なわけっすよ。そしてそれを他栄養から補えないとなると、内臓機能が固形物消化に特化していないという事っすね。卵や牛乳。まぁ、母乳は血液そのものっすけど、同じ水準の栄養素と足りないビタミンを溶かして経口か点滴で吸血鬼の捕食代用は可能かもしれねーですね」

 

 やめろ! それ以上言うなと店長の汐緒は笑顔のままどうやって話の主導権を握ろうかと思ったところ、トドメを刺しにくる機械人形娘。

 

「日に晒し焼け爛れる。そして血液を欲しがる病気というものがもう一つあり、ポリフィン病という厄介な病気です。これも一つの吸血鬼のモチーフになっている病なのですが遺伝子欠落によって起きうる症状です。我が重工棚田の医療技術を持ってすれば遺伝子組み換えなど容易いですが、残念ながらこのコンラート神父の時代には……」

 

「わかったからもう喋るなでありんすよ! コンラート神父の吸血鬼化これは紛れもない事実であり、もう止まらないかや。あちきは長らく人間を見てきたけれど、人間を許せるのはまた人間だけでありんすよ。コンラート神父は暗いトンネルを歩いているかもしれないかや、でも、光はありんすな? それが光なのかも今のコンラート神父には分からないけれど、求め方を間違えていると思っているかもしれない事は否めないでありんすが」

 

 そもそも、神はコンラートを見放してはいないし、許してもいない。悟りの話をすれば自分を許せるか許せないかの葛藤の中にいる。神の真理から叛いた者になり、さらに教えに叛い禁断の果実を貪り合う。

 

「これを怠惰というのであれば、コンラートはタイトル通り堕ちた。そしてコンラートを堕としたヴィルはセイタンとも言えるのか?」

 

 ドリンク作りが一段落つき、コールドのジャスミンティーをストローで飲む木人。

 

「キリストの教えは行き過ぎた方だと、現世は悪魔によって快楽が解放されている事になるっすから、ヴィルもコンラート神父も悪魔に片足っこんでる。あるいは両足突っ込んでるとコンラート神父は考えているかもしれねーっすね。木人、快楽とはなんの為にあるか知っているっすか?」

 

 痛みから、苦悩から、世界に裏切られた自分を慰める為にコンラート神父はヴィルと体を重ねる。はっきりって言って同性の性行為に関して何処かの政治家が言っていたが生産性はない。それはコンラート神父も男は子を宿さないとヴィルに言うように当然の天然自然の理である。

 木人はわからずに首を振るので代わりにメジェドが答える。

 

「欄女史、それは人間の生存意思の再認識の為です」

 

 メジェドの回答は難しい話になるの、簡潔にコンラート神父とヴィルの関係から考えてみたい。生物は食べて寝て排泄すれば生きていける。これは動物であり、知性を持ちすぎた人間にはその三大欲求以上に必要な物がある。

 要するにモチベーション、ご褒美である。コンラート神父は正しい生き方をしていた筈だが、結果として悲惨な目に遭った。その後、頼れる相手はヴィルのみで、彼は自由意志を手放しかけ、ヴィルの肉欲に溺れつつある。

 典型的なセックス依存症の一例である。依存症は脳の報酬系機能が壊れた事で起きる。モチベーションの為に他全ての行動が見えなくなる悪魔のデメリットを含む。

 

「あとは楽になりたければ自殺するのがそれらのゴールなんすけど、コンラート神父は不死者になったっすからね? 彼は今、牢獄にいると言っていいかもしれねーっすね。理想の自分からかけ離れていくが、一度知った快楽は中々手放せねーっす。吸血鬼の身体がどうなっているか知らねーですけど、報酬系が今、完全に壊れつつある状態っすね。行きすぎると、ヴィルを手にかけかねないと思えるのもまた悪くねーんじゃねーっすか? 人外になった自分をまだ客観視できるのがフラグビンビンっすね」

 

 四杯目はコーヒー系カクテルを木人に注文すると、小型のエスプレッソ機で手早くカルーア系カクテルを提供してくれる。

 人ならざる吸血鬼となった祖父は処刑こそされたが、本作を読む限り自分を律して生活できていた描写が窺える。当時のコンラートも祖父が裁かれるに値しないとはっきり明言しているところからそうなのだろう。

 

「確かに、人間の時に半分壊されて吸血鬼になってるから危なっかしい部分はあるよな? 例えばヴィルに触れるつもりで、こんな感じでさ、壊しちゃうかもしれないだろ?」

 

 大友はポーション用の殻のついたくるみを親指と人差し指で摘むとそれをバキンと潰してみせた。

 今のコンラートはヴィルを組み伏せ本能のままにその血肉を食らう事もできよう、その理性を保てるのは神職者としての修練と思想と神父としての自分があっての事だろう。

 

「ここは堕ちようともコンラート神父は神父という事かや、これですら神の試練であると思えないところはまだまだなのかもしれないでありんすが……あちきがかつて見知った日の本では磔、処刑された人間達は極楽浄土でたらふく飯が食えると笑顔で逝った物かや」

 

 神とは自分のアイデンティティの事であり、それを失うと堕落する。そして自分のアイデンティティを動力するのは自分であり、あらゆる宗教を喧嘩を売るとすれば、神は信じ、すがる物ではなく、神は信じ、従える物なのだ。

 

「まぁ、世の中の成功者という人々は自分のルール、まぁ自分への信仰で生きてるっすからね。そういう意味では自分の神を信じてそれを従える者が悟りの境地に立ってるともいえるっすか」

 

 宗教で儲かる人は誰か? 答えは一番トップです。というと聞こえが悪いので、あらゆる自己摘発本、投資本、断捨離、ダイエットなどの生活に関わる本を出している方々のルールを読むと非常に納得がいくが、それを真似ても不思議と成功しない理由は、自分の信仰心が足りないからだ……というかそれは自分のアイデンティティではないからである。

 コンラートにとって神とは一体なんだったのか、

 

「いくつかの状況からコンラート神父は幼少期からの精神的に追い込まれる事が多く見られます。それ故、人々を救済するという思想の深層心理は自分の救いを願っているのでしょう。神への依存がヴィルに移ったところも彼は非常にメンヘラ気質を持っていたが故です。神職者である自分との幼少期から育ち上げてしまったメンヘラ気質の自分、ここでは悪魔と表現するといいでしょう。その葛藤が非常に本作の醍醐味と言えます」

 

 メジェドは機械の味覚で本店の名物フルーツティーを楽しみながらそう言う。コンラート神父はメンヘラであると、攻めと受けははっきりしているのに、やや狂気を……受けであるコンラート神父から感じるのは許し得難いことをしている自分を尚許しを神より得ようとしている、あるいは許そうとしている自分という構図。

 

「これさ、俺あんまりBLとか読まないから言っていいのかわからないんだけでいいかな?」

 

 BLどころか読者初心者の大友は一応断りを入れる。もちろん大友の発言を拒否する女性客はいないし、店長である汐緒がいいといえばいいのだが、

 

「何かや大友くん?」

「あのさ、ヴィルが攻めでコンラート神父が受けだろ? でも、コンラート神父が責めでコンラート神父が受けでもあるんじゃねって思ってさ」

 

 本作は堕ちた神父である。コンラート神父はヴィルとの関係によって神にそむく自分を身に置く事で神に仕える自分を穢している自分、葛藤している日々、果たしてその中に心の中でどこか喜びを感じている自分もいるのではないかと大友は話す。

 

 何故なら、神は救ってくれなかったから。

 小説に対して考えすぎではないか? とも思えるがメンヘラは基本何かのせいにしなければやっていけない人種である。当方にもカウンセリングの資格を持つ者がいるが、メンヘラとの付き合い方は全て拒絶、全て否定、主導権を握り、信仰対象、ルールを自分にする事であると述べている。

 無駄に優しくすると主導権を握ろうとしルールを自分だと勘違いするとか……。

 

「じゃあ、ヴィルはダメなのか? 負傷し、精神的に参っているコンラート神父にひたすら優しいが……」

 

 木人の驚愕に欄は頷く。


「現実だとダメっすね。これはどこまでも堕ちゆくBL作品なので共依存の関係になれるのが一番の幸せかもしれねーですけどね」

 

 そして、そのヴィルの物語に入ろうとした時。時刻は19時を回り、ディナータイムに突入する。

 古書店『ふしぎのくに』の営業終了時間であり、まさかの来訪者。

 

「けい、おーっす! 私が夕食にきてやったのですよ! 喜ぶといいのです!」

 

 頭に小さな王冠を乗せ、きちんとした洋服に短パン。ふしぎのくにの王子のご来店である。

『堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ― 著・譚月遊生季』6月も半分終わりつつあるのですよ!6月は私と母様の月なのですね! コンラートの月でもあるかもしれねーのですよ。BL作品のミーティング時にまさか哲学的な話ばかり飛び出すとは私も思いもしなかったのです。女性陣だけがテンション上がるかと思いきや男性陣も何回も読んで精神分析してたり、ほんとやべー連中なのです。

本作は、これからのストーリーでエクソシストみたいな奴も出てきて物語も面白くなるので、ぜひ楽しんでほしいのですよ!

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