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第37話 BossVSBoss

 熱波に顔を焼かれながら、ルチアーノは荒い息を吐いてガランとして人気のないアパルトメントの階段を登った。

 抗争の足音と火事の煙で住人は家財を持って逃げ出した家屋には人の気配はない。


 窓の外が、自分がつけた火で煌々と照っている。


 こんな筈ではなかったのに。


 逃げたカポネを追って、最初こそ優勢だったが……。


(考えていた以上に、殺しあい慣れてやがった)


 数を凌駕するカポネファミリーの精鋭ぶり、行く先々で待ち構えていたかのような爆風に煽られ、気付けば炎のあがる街のなか。


 ついさきほど、退路を断つようにカポネの側近の二人がルチアーノについていた最後の手勢を強引に引き離した。


「クソが」


 ルチアーノは舌打ちした。完全に形勢が覆っている。狩るのは自分であった筈なのにいつの間にか狩られる側に回ってしまっていた。



 身を隠す為に入ったこの建物にも長居は出来ないだろう。火の手がいつ回るか分からない。

 カタンッと物音がしてルチアーノは銃を抜いた。

 熱風で古いアパルトメントの部屋のドアがキィキィと揺れているだけだった。

 不気味なほど人気がしないにも関わらずルチアーノの肌は泡立った。

 火に照らされて暑い筈なのに全身から血の気が引いて心臓が口から飛び出しそうなほど激しく脈打っている。右手に銃をしっかりと握り直して不気味に揺れる古いドアをルチアーノは開けた。


「やぁルッチ、待ちくたびれたよ」


 部屋のなかで金色の髪の死神が迎え入れた。


「カポネ!!」


 ルチアーノはエルを視界に入れるやいなや引き金を引いた。

 エルの座っていた一人掛けのソファの背もたれと足元の床が砕けて飛んだが、そんなことには微動だにせず、悠々と腰掛ける男がルチアーノは信じられなかった。

 エルはニッコリと笑う。


「遅いから迎えに行こうかと思っていたところだ。そのようすだと、僕の部下は役目をしっかりと果たしたようだね。さあ、突っ立ってないで座りなよ。せっかく二人きりなんだ、少し話そうじゃないか」


 エルは客人を迎える様にルチアーノを向かいのソファに促した。

 正面から相対するのを怖気づいて拒んだと思われるのは、ルチアーノのプライドが許さなかった。

 渋々と、エルを睨みながら、古ぼけたのソファに腰を落とす。

 エルはさも楽しそうに、テーブルに置いていたブランデーを、用意していた二つのグラスに注いだ。


「ここの家主の物だけど、きっと僕らが貰っても構わないだろう」


 琥珀が注がれたグラスがエルの手から滑るようにテーブルを移動し、ルチアーノの手元に収まった。


「毒入りだったりして」


 からかうように言われたその言葉に、ルチアーノはグラスをグイッと煽った。一口で空になったそれにエルが口笛を吹く。


「さすが」

「安酒だ」


 肩を竦めたエルはもう一杯ルチアーノに注いでやった。


「実は、ここでアンタを待ってる間、ちょっと考えたんだよね。」

「協定を結びたいのか?」

「まさか! アンタは結びたいのか?」

「ハッ!まさか」


 大袈裟に手を振ったルチアーノは内心舌打ちした。

 協定を結んで一時休戦したいのは自分の本音で、それがつい口から出てしまった。

 エルはそれに気付くこともなく手の中の琥珀色の液体をクルクルと回している。


「考えていたんだよ、今はお互いこうして殺し合っているわけじゃないか。それは別にいい、いずれこうなるとはわかっていた。ただその経緯がね……」


 クルクルとグラスのなかで渦巻く琥珀色の液体はエルの迷いのようだった。


「まぁ、アンタには直接関係ないんだけど……モランをけしかけて僕を殺そうとしただろう? 実は僕は、その過程で人生における劇的な出会いをしたわけだよ」


 ルチアーノは眉を寄せていぶかしんだ。


「まぁ、それで僕は少し考えた。おもえばアンタがモランをけしかけなければ僕は死にかけなかったし、そうするとなると、あの運命的な出会いは訪れなかったわけで……ということは、アンタは僕達を引き合わせたキューピットということになりはしないだろうか?」

「ふざけてるのか?」

「僕はいたって真面目だ!」


 エルはグラスをテーブルに叩きつけた。失礼極まりないといった顔でルチアーノを睨んだが冷静さを取り戻そうと手を横に振った。


「いやいやいや……そう、それでだ。僕は結論を出した。愛の天使を弄り殺していいものか? 答えは否だ。でもアンタを生かしておく事はできない、なんせ僕を殺したい輩だからね、そこで、チャンスをやろうと思うんだよ」


 ゴトリと重たい音を立ててエルはテーブルに拳銃を置いた。


「一発だけ弾が入ってる。これをお互い自分のこめかみに当てて引き金を引く。弾に当たったら負け。シンプルだろ?」


 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて言った男に、ルチアーノの口元がひきつった。


「おいおい!サルバトーレ・ルチアーノというものがまさか怖気づいたのか?僕の杯を飲みほした気概はハッタリか?」


 グッとルチアーノが歯噛みした。握り締めたグラスにピキッと小さな亀裂が走る。


「受けろよルッチ。男だろ?」

「お前がこの銃に細工してないとも限らないだろうが。」

「無い。カポネの名を賭けてもいい。だからアンタもアンタの名を賭けて、受けろ」


 エルの顔から全ての笑みが消えた。

 色素の薄い瞳が冴え冴えとまるで月を研いだよう輝いてルチアーノを見据える。


「くそっ!」


 ルチアーノは乱暴に銃をテーブルに叩きつけると自棄になって叫んだ。


「ああ、やってやろうじゃねぇか! 俺はルチアーノだ! 俺の名を賭けてやってやる! 後悔するなよ!」

「いいとも」


 エルは満足したように口を歪めた。


「まだ乾杯していなかった」


 おもむろにグラスを掲げると、ルチアーノもそれにならう。


「あんたの死に」

「お前の死に」


 琥珀色の液体を一息にあおり、空のグラスが二つ、同時に床に叩きつけられた。

 しんとした部屋に外からの轟々と燃える音が地鳴りのように響いく。


「提案者が先にやるのが礼儀だろう」


 エルが銃を掴もうとしたのをルチアーノが制した。


「俺が先にやる」

「用心深いなぁ」


 呆れたように肩を竦めてため息をついたエルは、手を引っ込めてソファにくつろいだ。


「どうぞ」


 乱暴に銃を掴んだルチアーノはシリンダーを素早く回転させた。震える手で銃を握り締めたルチアーノはこめかみにひんやりとした銃口を当てるとギュッと目をつぶり、引き金を引く。

 カチッと渇いた音が耳元で鳴った。

 ルチアーノは滴る汗を拭いながらエルに銃を放り投げた。


「お前の番だ。ハハッ! 確率が上がったな!」


 エルは自然な動きでこめかみに銃口を当てて引き金を引いた。カチッと音が鳴る。

 ルチアーノが笑うのをやめた。


「確率が上がったね、どうぞ」


 ルチアーノは銃とエルを交互に睨んで、また乱暴に手に取り、先程のエルよりも早く引き金を引いた。

 カチッと鉄の音がする。

 ドッと倒れ込む様にソファに凭れたルチアーノは荒い息を吐いた。ダラダラと全身から汗が出て、心臓が今にも破裂しそうに動いて、呼吸がつらい。


「これでまた確率が上がった」


 銃をクルクルともてあそんでエルが引き金を引いた。

 カチッと小さな音が、断頭台の刃がおちる音にルチアーノには聞こえた。


「さて」


 エルが銃をテーブルに置いた。


「お互いの悪運をたたえながら、引き金をひこうか」


 ルチアーノは拳銃を睨みつけると、手に取り、その銃口をエルに向けた。


「順番が違うみたいだけど?」

「マフィアのボスがボスでい続けられるのはなんでだか知ってるか? 勝つべきときに、勝ち続けてきたからだ。運じゃなくてな」


 ルチアーノの口元が凶悪に歪んだ。歪な、勝利を確信した笑いだ。


「俺の勝ちだ、カポネ」


 ルチアーノの太い指が引き金をひく、1度目のカチッと小さな音、そして最後の弾が入っている撃鉄を起こし、引き金をひく。

 静まり返った部屋のなかに、カチッと空っぽをしめす音が、異様なほど大きく響いた。


「は?」


 ルチアーノが、まるで谷底から落ちた様な顔で戦慄いた。

 エルが口元が三日月に細めて笑い、素早くテーブルに乗り上がると、呆然とするルチアーノの手から拳銃を蹴り飛ばした。


「よくよく考えると」


 慌ててホルダーの銃を抜こうとしたルチアーノは、自分の意志に関係無くに力の入らなくなった身体で膝をついた。

 頭がグルグル回って吐き気がする、神経が痺れたように麻痺して動けないのに、頭の片隅ではなぜか心地よさを感じていた。


「僕達は赤い糸で結ばれているから、アンタのお膳立てがなくとも他の形で出会っていただろう。ゴツイおっさんが愛の天使っていうのもロマンチックじゃないし。あぁ、そうそう」


 ルチアーノは力の入らなくなった、身体でエルを睨みつけた。

 ニッコリと、死神が人のよさそうな顔で笑う。


「あの酒、やっぱり毒入りだったんだ。僕はそういうのが効きづらい身体らしいから、すっかり忘れていたよ」



 そうしてエルはルチアーノを撃ち殺した。

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