第36話 killer virginroad
ほうぼうから聞こえてくる、銃声を聞きながら、ロザリタはがらんどうの街のなかを駆け抜けた。
いつも、動く度に風にあおられる白衣を着ていないぶん、足取りは軽いのにポケットに入れた少しだけ中身が減った小瓶が、ロザリタを苦しめる。
けっきょく、彼女はジェシカに怒られるかもしれない。
でも、これからロザリタがすることで全部帳消しにできるはず。
(しなくては)
ようは、処置に必要な薬があればいい。
バンバンと激しい銃撃戦の音が近くで聞こえて、ロザリタはそこのとおりにむかって飛び出した。
ちょうど数人の男達が相撃ちでバタバタと倒れ込んでいる所だった。
「大丈夫ですか?!」
急いで駆け寄ると、腹から血を流す若い男に一人だけ息があった。
「カポネファミリー?」
腹部を撃たれた男のシャツをビリビリと破き、消毒液を雑にかけながらロザリタは確かめた。昨夜、診療所に押し入った顔ぶれにいた男だ。
破いたシャツを包帯代わりに出血した腹部に巻きながらロザリタは尋ねた。
「カポネはどこ?」
「……助けてくれ」
男はゼェゼェとしわがれた声を出した。
「もちろん、私は医者よ。あの人がどこにいるか教えて」
「……ボスは」
その先は聞けなかった。
すぐ側の大きな屋敷が爆発したからだ。
ロザリタの軽い身体が枯れ葉の様に吹き飛ばされる。
「アレ? 何してんの姐さん」
背中を強く打って痛みに体を丸めていると、頭上から陽気な声が聞こえてきた。
ドレットヘアーをポニーテールに束ねた、浅黒い肌の童顔の少年が、逆さに梁に引っ掛かりながら笑顔でロザリタに手を振っていた。
ロイだ。
爆発に巻き込まれたのか煤けて、肌が焼けているのに、笑顔で元気に手を振るロイにロザリタは唖然とした。
「だっ、大丈夫ですか?!」
「へーき、でもちょっとそこ邪魔。どいてくんない?」
ロイは梁を蹴って空中で一回転し、そのまま見事に地面に着地した。
頭に付いた煤を犬のようにブルブルと払って大人になりかけの顔で笑う。
「で、姐さんこんな所で何してんの? 駄目だよ安全なとこにいなきゃ。大兄貴が心配するじゃん」
「姐さん?! 私の事?!」
「うん」
姐さんっと呼ばないでと言いかけ、ロザリタは咄嗟に口を噤んだ。
(もしかして、身内だと思われていたほうが都合がいいかしら)
腹部を撃たれた男はあの爆風で気絶した様でピクリとも動かず転がっている、手当てしたい欲求を抑え込んで、今唯一の希望であるロイに向かってロザリタはつとめて明るく振舞った。
「エルがどこにいるか知らない? ちょっと用があるの」
「エルって誰?」
「アナタのボス」
「姐さん、大兄貴のこと、エルって呼んでんだ! へえー、ふーん」
ニヤニヤするな、と叱りそうになるのをグッとこらえる。
「大兄貴なら今ごろルッチと決闘してると思うよ」
決闘と聞いてロザリタの身体がビクリと震えた。
「大丈夫だって、兄貴が決闘で負けた事なんて一度もないんだから! 射撃は一流、悪知恵は天下一品!」
「そうね」
その情報は欲しく無かった。エルのカポネの部分など大嫌いだ。
「心配無いわね……それで、あの……じつは薬の場所を探しているんです、手持ちは全部使ってしまって……それでアナタ達の持ってる商品を治療に使わせて欲しいの、いくらあの人が強くても、怪我くらいするでしょ? だから何か役に立ちたくて」
我ながらよくもこんな事が咄嗟に言えたものだと感心する。いや、実際には嘘ではない。薬は必要だし、麻薬に使われているのは使い方さえ正しければ医療用だ。
エルが万が一……どの面下げてか、怪我をしてロザリタの前に現れたら、まぁ、治療するだろう……たぶん。
作り笑いを浮かべたロザリタの両肩を突然、ロイが物凄い力で掴んだ。
凄みのある顔でロザリタを睨んでくる。
(わ、わざとらしすぎてしまった?!)
「姐さん、いい人だ! そんなに大兄貴のことを想って! 危ない目にあってでも兄貴を助けようとしてくれるなんて! 俺、二人の結婚式には一生分の涙を流すよ!! 誓いの言葉も練習するよ!!」
グッと目頭を押さえて涙をこらえるロイに、ロザリタは困惑しながら、とりあえず礼をいった。
「あ、ありがとう」
誓いの言葉は、彼が練習しても意味が無い事は言わないでおこう。
「それで、どこに行けば手に入れられるかしら? 教えてもらえれば取りにいくから」
「地下金庫で保管してる」
「ありがとう!」
聞くなり走りだしたロザリタをロイは慌てて追いかけた。
「ちょっ、姐さん!? どこの金庫かは大兄貴しか知らないから無理だよ!」
「ならあの人に案内させるわ! エルはどこ?!」
ロザリタが叫んだ。
「俺だって知りたいよ!!」
負けじとロイも叫ぶ。
「俺達はただルチアーノから他のやつらを引き離して吹っ飛ばすように言われてるだけ! 大兄貴は別で動いてんの!」
振り出しに戻って、苛々と不機嫌を露わにしたロザリタにロイは深いため息をついた。
「姐さん、大兄貴とそっくりだな、優しいくせに頑固で、思い通りにならないと気が済まない」
「えぇ、彼にも言われましたとも、それがなに?!」
苛々とロザリタは爪を噛んだ。こうしている間にも彼女の患者が増え続けている。考えただけで血管が切れそうだ。
(考えて、考えるのよ)
エルは自分達を同じだと言った。彼を良く知るロイからもそっくりだとお墨付きだ。
(ならエルの考えもわかるはず。私ならどうするかしら……いえ、決闘なんてしたことは無いけれど)
イラつきながらも、大人しくなったロザリタにロイはホッとしたように肩を落とした。
「お願いだから~姐さん、全部終わったらちゃんと大兄貴の所に連れてくから、どっか安全な所に引っ込んでてくんない? ルチアーノが火までつけたもんだから危なくって……」
「ルチアーノが火をつけた? じゃあこの火事はアナタ達じゃないの?」
ルチアーノのその行為に不安が増す、トリナクリアは彼の街だった。
(それなのに、自分で火をつけるなんて)
追い詰められている証拠だ。カポネファミリーがどれほどのものかは知らないが、コーザと渡あいながら長年街を仕切っていたルチアーノにそこまでさせるとは。
「兄貴は火事より爆破が好きなの! 狙ったトコだけやれるし、ド派手でかっこいいじゃん。遠くからでも見えるし」
(そういうこと……?)
ロザリタは突然目の前が開けたように閃いた。
燃える火の中心からは火薬の爆発音はあがっていない。爆破されているのはすべて火事とは反対の方角だ。
それも不規則に幾つも爆発している。
誰もそんな危ない所には近寄らないだろう。
「エルは、自分のつけた火に飛び込むように、ルチアーノを誘導しているの?」
(邪魔なものすべてを破壊すると言っていたのは)
この街ごと壊したいのかもしれない。
エルが生きて行くのに、ルチアーノが作った既存の物はすべて邪魔でしかない気がする。
自分で作った街を自らの火で灰にさせて、その炎で焼かれればいい。
(いつからそんなことを考えて……?)
診療所で、ロザリタと笑いあっていた、あの笑顔の裏でそんなことを考えていたのか、それとも、ずっとまえから?
「そうはさせない、決めたのよ。台無しにしてやるって」
ギラリと光ったロザリタの目を見て、ロイはギョッとした。強い光彩が、ロイの慕う男によく似ている。
ロザリタは鋭い瞳のまま、ロイに向き直った。
赤い髪が炎のように波打って、熱風に舞う。
「私はあの人に会いに行くわ! だから私のために道を作って、あの人に続く道を」
ロイは面白そうにニヤリと笑った。
花嫁を届けるなんて、キューピットみたいだ。敷くのは真っ赤なキラーバージンロード。
「喜んで、姐さん」




