第35話 Gangland
月明かりに照らされた路地の隅で、エルは手際よく銃に弾を詰め込んでいく。
東の空が夜明けでもないのに明るい。
風に乗って灰が舞っていた。どこかの馬鹿が街に火をつけたらしく、争いに無関係な住民は、蜘蛛の子を散らすように街外れの河へと逃げて行った。
銃声がして、背を持たれていた煉瓦塀が銃弾で砕けても、エルは意にも介さなかった。
ファミリーの集合場所へと急ぐなか、ルチアーノ一家の団体と鉢合わせてしまったのが運のつきで、部外者がいなくなった街はまさしく彼らの独壇場で、街をよく知るルチアーノ側が有利だった。
「まったく、よくやるよ」
「ドミニク・トムが死んだようです」
「だからか、やけに殺気立っていると思った」
エルは前方にいる少年を撃った。花売りをしていた男の子よりも、少しだけ年を重ねただけの子供。
「可哀想に、ルッチなんかについたから……」
突然、全身の毛がビリビリと逆立った。全ての感覚器官が警報を鳴らしている。
「カポ?」
「来た」
隠そうともしない殺意が突き刺さる。
銃口を向けていた敵のなかから、葉巻を咥えた男が悠々と歩いてくる。
「よう、腐れ外道」
熱風が、彼の怒りをあらわすようにエルの前を吹きぬけて行った。
エルは帽子を深くかぶり直し、目の前の男に向き直った。
2メートルはあるだろう身の丈に、顔に傷のある屈強な男が、サルバトーレ・ルチアーノだとすぐわかって、自然口元が歪む。
「こんばんは、お山の大将さん。会いたかったよ」
本心だった。ニッコリと人好きのする笑みを浮かべたエルをルチアーノは上から下まで眺めた後、吠えるように笑った。
「なんだ、思っていたよりも随分な優男じゃねぇか、こんな野郎に一杯食わされたとはな。」
「モランの事を言っているなら筋違いじゃないかなぁ? 先に若いの騙くらかして口火切ったのはそっちだろう。多少景気良くお礼を返しただけさ」
肩を竦めて笑ったエルは薄目でルチアーノの後ろに控える大勢の男達を窺った。先程よりも数が増えていた、一家総出のカポネ狩り。ギラついた殺気を蔓延させて、獰猛な獣のように牙を突き立てるのを待っている。
(さて、と)
兵隊の数が揃っていないこの場を、どう乗り切るか。
薄っすらと口元に笑みを浮かべながらエルは思案した。
(ここで隙を見せれば、次の一手には届かない)
それは一家を持つ頭目として、あまりにもカッコウがつかない。
劣勢でも余裕を崩さないカポネにルチアーノは片眉を上げた。
「カポネ……血のバレンタイン、天使の名を持つ悪魔、結構なことをこれまでやらかしてきたようだが、何故この街に来た? てめぇがヤクなんぞばら撒きやがったせいで、俺が長年かけて築いてきた秩序ある暗黒街はズタズタだ」
強い者が勝ち続ける街、それが彼のトリナクリアだった。
今やルチアーノが作った強者の定義は破壊されつつある。
どうやって切り抜けようか、と考えていたエルはルチアーノの言葉に視線を戻し、目を丸くした。
「あんたの秩序? 秩序だって?」
くだらなすぎて笑ってしまう。
「この街に秩序なんて無い。ここに本当の強者なんていない、金持ちが貧乏人を蔑んでいるだけだ。そんな物が暗黒街? 笑わせるな」
エルの纏う空気が一変し、刃のような鋭さを乗せた言の葉をルチアーノに向けた。
「あんたは力は金だと勘違いして、甘い汁を吸わせてくれる者に寛大な心を持った。金儲けが好きな『ブランド・オブ・コーザノストラ』をのさばらせておいて、僕を疎ましく思うのが何よりの証拠だ。あんたが作ったこの街はまるであんたそのもの。貧乏人は貧乏のまま卑屈に生きることに疑問を持つ事なく、貴族や金持ちすら矜持を持ち合わせない。信仰心にいたってはゲロ以下。この街は、ただの腐った札束の苗床だ。ルッチ、あんたはその苗床で育った芽を食って腹を満たしている小悪党で、そんな暗黒街は絶対認めない。そんなものは暗黒街じゃない」
焼けつく様な熱を帯びた風が一陣、ルチアーノとエルの間を吹き抜けた。
ルチアーノにはその風がエルから吹きぬけてくるように思えて、知らず顔を歪めた。
「随分とおしゃべりな野郎だ。この俺にそこまで言った奴は久しぶりだぜ」
「じゃあついでにもう一つ」
エルは侮蔑を込めたて鼻で笑った。
「あんたの所の人間は揃いも揃って口説き甲斐が無かったよ。金をチラつかせたらコロリとイチコロさ、節操がないね。不思議に思わなかった? ノコノコ戻ってきたモランを事務所にあっさり入れるなんて。そんな馬鹿どこの世界にいる?
僕なら必ず疑うけどね、誰か裏切り者が入れたんだって」
ルチアーノの後ろに控える男達の中で、一人の少年が慌てたように身じろいだ。
傷だらけの潰れた顔が、恐怖で歪んでいるのを、仲間達は見逃さなかった。
ルチアーノは怒りに顔を歪めて、事務所の入り口の見張り番だった少年を睨みつける。
「ち、違います親分! 俺じゃ……」
「てめぇ!」
地の底に響く声を絞り出したルチアーノの怒りを体現するかのように砲筒が火を噴いた。
着弾の衝撃、あがる粉塵のなかから脱兎のごとく駈け出したエルは、砲包を肩に担いで、今にも、もう一発ぶちかまそうとしているロイの首根っこを掴む。
「馬鹿! 無駄弾使うんじゃない、行くぞ!」
「ちょちょちょっ!! やり合うんじゃねぇの?! 逃げるって?!」
「戦略的後退と言え! リーに言われたんだろ、いいタイミングだったロイ」
滅多に自分を褒める事の無い義兄弟に、不満など吹っ飛ばしてロイは破顔した。
立ち込める粉塵を抜けて、路地を駆けた2人は、ひらけた広場に出た。
予定していた集合場所には、二十人程のカポネファミリーが揃っていた。
これで全員だ。
「カポ!」
リーがホッとしたように痩せた肩をおとす。
ロイを行かせたのはリーだが、二人で無茶しないかと実は内心冷や冷やしていた。
集まった顔ぶれを確認しながらエルは頷いた。
「報告を」
「火事はルチアーノ側が火をつけたようです。火種を投げているのを見た者がいます」
火事の首謀者の判明に、野次が飛んだ。自分の街を自分で焼くなんて、ヒステリーもいい所だ。
「分かった。バルサ、爆薬は?」
「ちゃんと言われた所に仕掛けましたよ。油も撒いときました」
建物がガラガラと壊れる音がして、風に乗って火の粉が舞った。
エルがファミリー一人一人の顔を見まわす。皆若く、血気盛んで勇猛な、エルを信じて付いてきた者達だ。この夜が明ける頃、この街が彼らのモノになることを、誰もが確信しながら、喜色と覚悟を宿した目でカポネファミリーはボスの言葉を待った。
「僕はルチアーノと決闘する、お前達には舞台を整えて貰いたい。邪魔な雑魚を誘いこめ、場所は計画通りの所だ。夜明け前に終わらせよう」
エルは飴玉を転がすように舌の上に言葉を乗せた。
「僕達はならず者で、世のはみ出し者で、クズ野郎ばかり」
「私は違うけどね」
バルサが不機嫌そうに言うと、周りがドッと沸いた。エルが大袈裟に紳士ぶった礼を取る。
「まぁとにかく、無法者だ。ルチアーノ一家となにも変わらないと、誰もが思ってる。だから僕達はこの街に来た。本物のマフィアがどんなものか、知らしめる為に、僕達には狭義がある、掟がある。どちらがよりふさわしいトリナクリアの支配者か、思い知らせてやろうじゃないか」




