第29話 GameStart
「っぇっくしょん!!」
「風邪ですか?」
「いや、誰かが僕の噂をしているんだ。先生かな?」
鼻をすすりながら笑ったエルに、リーは余計なこととは思いつつ、言わずにはおけなかった。
「このトリナクリアで今アナタのことを口に乗せている人間が何人いると思っているんですか」
「いいや、先生だ。今ごろきっと僕を想ってくれている」
「アナタへの思いなら多分今一番強いのはコーザの残党でしょう、憎くて憎くて堪らないでしょうから」
「リー、しばらく会わないうちに僕に冷たくないか?」
「当たり前です。必死に探して探してやっと見つけたら、街医者との惚気を聞かせられるんですよ。嫌にな……」
断末魔の悲鳴にリーの声はかき消された。
続いて、逃げ惑う悲鳴と銃撃の音が背中越しの大きな鉄製の扉の中から聞こえてきて、リーはため息をついた。
「本当にいいんですか? ココをやったとなると、街の人間も黙ってないんじゃ……」
「僕のせいじゃない。コーザの連中がココに雲隠れするからいけないんだ。まあ……楽園にいけるとか言っていたから。彼らも本望だよ」
阿鼻叫喚などまるで聞こえないかのように、エルとリーは話を続けた。背中越しからは、命ごいの叫びが聞こえる。
リーはやれやれと肩を落とした。
「嫌な街だ、聖職者がマフィアとつるんで甘い汁を吸っているなんて」
「それも今日で終わりさ。それでなくとも、ココの連中はぶっ殺してやろうって思っていたから丁度いいんだけどね」
悲鳴と銃声がやんだ。
エルはくるくると帽子を指先で回し、ポスリと目深く被る。
くわえた煙草に火をつけたリーが、教会の重い扉を開けた。
重厚な装飾を施した礼拝の空間は、転がる死体と飛び散る血、破壊された天使や聖人の像。
血だまりにむごたらしく倒れ、恐怖の表情で絶命している一人の修道士の顔を見て、エルはほくそ笑む。
「僕は腰抜けじゃないって言っただろ?」
診療所に押しかけてロザリタと問答をした修道士だった。
「……あの馬鹿はなにしてる」
砕けて、ただの瓦礫になった十字架の前で、ロイが司祭の身体から中身を引きずり出しているのを見てエルは嫌な顔をした。
返り血を浴びるロイはなんだかワクワクとした顔をしている。
嫌々ながら、エルは弟分にロイに尋ねた。
「ロイ、なにしているんだ」
「あっ、大兄貴。こいつさ~、『私の中には神がいる』って言ってたから、見つけたら金になるかと思って調べてんだ! いくらで売れるかな?」
持っていた内臓を投げ捨てたロイは、ポッカリ開いた腹のナカを確認しだした、なんとしても見つけたいらしい弟分に、エルは天をあおいだ。
「誰かこの馬鹿を殺してくれ。報償を出すから」
「無理です、アナタが何度も殺り損ねているじゃないですか。」
「うーん、いないな~。こいつ嘘ついたのかな? なあ、大兄貴~」
エルが諦めたように遠い目をして言った。
「ロイ、すぐ引っこ抜くのをやめろ。どうせ見つかったってパンひとつ買えやしない、お前に任せた僕が馬鹿だった」
「えー。つまんねーなぁ」
口を尖らせながらも言うことを素直に聞くロイに、エルはため息をついた。
(先生にコイツの頭を治してもらいたい)
考えてエルはフッと笑みを漏らした。
(……また、キミのことを考えている)
あたりに飛び散る血が、彼女の髪の色に似ていて、一層想い人を駆り立てる。まだ離れて一晩しか立っていないのに、困ったものだ。
(きっと傷ついているんだろうな)
別れ際の、泣きそうな顔がちらついて離れない。患者を亡くす以外で、彼女があんな顔をすることなど、きっとなかっただろう。
(もっと傷つけばいい、そうすれば僕は……)
「きっと特別になれる」
「なんです?」
ポツリと漏らされた言葉にリーが怪訝な顔をした。
なんでも無いと笑ったエルは、足元に転がる死体を蹴ってカポネの顔で笑った。
「これでコーザもお終いだ。まったく、一日持たないなんて脇が甘いにもほどがある。よくこれで……」
突然、バーンと教会の扉が吹き飛んだ。
「カポネ! 死ね! ドン・マルコの仇だ!」
銃を持った十数人のコーザノストラの男達が一斉に射撃した。
元々破壊されていた教会が、鉛玉の横雨でボロボロと崩れていく。
粉塵が立ち込めて、動くものが見えなくなった頃、ようやく銃声が終わった。
「……死んだか?」
最初に叫んだ男が目を凝らした。
硝煙と埃のなかには、動く影すらない……はずだった。
ドスリと音がして、振り向くとなぜか、男のすぐ横にいた仲間の額に教徒が持つ、祈りの道具が突き刺さっている。
「なっ?!」
ざわめきが起こった。
「少しはやるじゃないか。」
粉塵のなかからエルが立ちあがった。
盾代わりに使った死体を片手で持ち上げ、少しずれた帽子を直してニッコリと笑う。
「最後まで金で解決しようとしたキミたちのボスよりよほどマフィアらしい。ご褒美にキャンディをあげよう」
胸元のホルダーからエルが拳銃を引き抜いた。
「撃て! 殺せ!」
コーザノストラの誰かが悲鳴のように叫ぶと同時に、また銃弾の横雨が降る。だというのに、エルは悠々と死体を盾に歩いていた。
コーザの人間達が倒れていく。
一斉射撃によって肉が抉られ、骨まで見えてきている死体の影から、正確無比の射撃でエルは残党を確実に減らしていた。
「なにやってんだ! 相手はひとり……!」
叫んだ男の口が吹き飛んだ。
瓦礫の影からリーが銃弾を撃ち込んだのだ。
続けざまに頭上からも銃弾がコーザノストラに降り注ぐ、天上から吊るされた燭台に、足をからませたロイが二丁の拳銃でがむしゃらに撃ちまくった。
あっという間に形勢がかわり、20人いた最後の一人が背を向けて、逃げようとしたのを、エルが頭部を撃ち抜き、ブランド・オブ・コーザノストラは全滅した。
もはや人の形を留めていない盾を、コーザの死体の上に投げ捨てたエルは、帽子についた汚れに嫌悪をあらわにした。
「汚れてしまった」
「大兄貴! 聞いて聞いて! 俺これでスコア28いったよ!さすがに今回は俺が……」
「残念、僕は45だ。リーは?」
「30」
ロイがあんぐりと口を開ける。
「そんなにー!なんで!?」
「ここにくる途中、コーザが経営していた売春宿も潰してきたからな」
三人は死体を踏みつけるのをお構いなしに外に出た。
硝煙と血のむせ返る匂いから解放され、清々しい風が肺を満たす。
コーザノストラの残党が乗ってきた最新式の車が置いてあったので、3人は当たり前にそれに乗り込んだ。
背もたれのシーツを錦糸で刺繍してある豪華な内装だ。
血まみれ埃まみれで、車内に一番に乗り込んだロイがエルに文句を言った。
「娼館潰しちゃったの!? 駄目だよ! 俺、今度からどこでヤればいい大兄貴?!」
「僕の言うことを聞かなかったバツだと思え、言うなと言ったのにリーに居場所を教えただろう」
「リー兄貴には言ってない! 皆には言ったけど、それは別にいいだろ?」
エルがロイの頭に容赦なく発砲した。
サッと避けたロイの後ろで窓ガラスが割れて、ステアリングを握っていたリーが危うく道を間違えそうになった。
「カポ! 車内では止めで下さい!」
「え? なに? なんのこと? 僕がなにをしたって言うんだ、なぁロイ?」
「そうだよ、ちょっと誤射しただけだって、大兄貴にはよくある事じゃん」
そうそう、と頷く二人にリーはもうなにも言わないことにした。
帽子に付いた汚れをなんとか拭き取ろうとしているエルの横で、ロイの今後の下半身問題に頭を抱える。
「あぁ……どうすりゃいいんだ、兄貴達はいいよ? 女に不自由しないもん。コーザをどうせ潰したんだから大兄貴が経営すりゃいいのに!」
「僕は売春が嫌いだ。名誉ある人間が行う商売じゃない。豚野郎のマルコが金儲けしていた売春宿なんてあるだけで不愉快だ」
「でも、カポ。娼婦まで殺す必要があったんでしょうか?」
運転席で、バックミラー越しにリーがたずねた。
娼館に逃げ込んでいたコーザノストラの人間を殺し、娼婦まで殺し始めたエルに、リーは驚いた。
カタギを巻き込むな、はエルがファミリーに対して課した掟のひとつだ。
「なんでロクデナシができあがるか、知っているか?」
帽子の汚れを落とし、気分をよくしたエルの言葉に、リーは眉根を寄せて悩んだ。
横にいたロイが少し考えて首を横にふる。
「わかんない」
「それはロクでもない子供だったからだ。そしてロクでもない子供はロクデナシの親から生まれるもの。馬鹿な娼婦はどこの誰のタネかもわからない子供を産んで、まっとうに育てない。仕事の邪魔だし、自分が生きるので精一杯だからね。生まれた子供は生きる為にありとあらゆる手を使う。そうやって侠義もへったくれもない悪党が増えていくんだ。僕はこの街からゴミを一掃する」
ロイは腕を組んで考え込んだ。
「でもさ? 俺も娼婦の子だよ? なんで殺さなかったの?」
「お前は娼婦の腹から産まれただけの、僕の弟さ」
帽子をかぶりなおしたエルは車窓から見えた光景に眉を寄せた。
「なんだ、あれは」
20人ほどの若者が、豪邸に押し入って住人を殺していた。
「火事場泥棒ですね、まったくこの街はどこまでも……」
リーが車を、比較的治安がいいとされていた住宅街に滑らせた。
暴徒は、ここでも暴れている。
車窓のむこうでは、殺された父親の遺体に縋りついていた年若い娘が、粗野な男達に髪を鷲掴まれているところだった。少女の悲鳴が車内まで響いて、彼女がアリー・メイスンだとわかった。
そこかしこの家に、暴徒が侵入し、荒そう音がしている。
襲われているのは、トリナクリアでは安定の暮らしをしている人々で、つまりはこれまで権力者のおこぼれで暮らしていた人々だ。
「兄貴! 窓開けて!」
ロイが、窓から上半身をだして、アリーを暴行している男のひとりを撃ち殺した。
弟分の行動に、エルは心の底から驚いた。
ファミリーの誰にも診療所で知り合った人間のことは言っていないのに……。
ドレッドヘアのポニーテールをなびかせて、浅黒い肌の、血のつながらない義兄弟が二カッ笑う。
「大兄貴が言うゴミ掃除! 俺やってくるよ!」
「自力で追いかけてこれるか?」
「もちろん! だからアイツらもスコアにつけていい?」
「いいよ、ちゃんと女の子を安全な場所までエスコートできたらね」
「んー、やってみる!」
ロイが走っている車から飛び出した。
受け身を取って地面に転がるとすぐさま二丁の銃を引き抜いく。発砲音と共に悲鳴が上がった。
バックミラー越しに暴れるロイを眺めてリーが尋ねた。
「いいんですか?」
「かまわない」
帽子を目深くおさえ、苦笑する。
「さて、そろそろモランの準備ができたころかな?」
「バルサに任せてあります。」
聞こえてくる銃撃の音がひと際大きくなったころ、車は住宅街を通り抜けた。




