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第28話 All his fault!

 バリンと窓ガラスを割って、ジェシカは閉じていた鍵を開けると、体型の割には身軽な動作で室内に侵入した。



 二階建ての大邸宅に家人の気配はひとつもない。


「くっそ~、いい生活してやがんな」


 数々の調度品、無造作に置かれている高級家具に、舌打ちが止まらない。

 ひとつ売り払えば、数ヶ月は食費に困らないだろう。

 むくむくと育つ欲望を押さえながら、壁画の描かれている丸天井の玄関ホールまで歩き、大きな玄関扉に掛けられている鍵を開錠する。


 バンっと外から扉が荒々しく開けられ、颯爽とロザリタがかかとを鳴らして屋敷に入ってきた。


「さあ急いで! 厨房でお湯をたくさん沸かして! 怪我人は奥の部屋へ!」


 女医を先頭に、怪我人と街の人間達が雪崩れ込んできた。


「カーテン、シーツ、下着、なんでもいいです! とにかく布ならなんでも集めて! アルコールも!」


 ロザリタが声を張り上げ、指示を飛ばすさまを、この邸宅の持ち主、ミシュリアーノ卿の雇われ医者()()()ドクター・スチュアートは、感心しながら眺めていた。


「さすがドクター・コフレドール、野戦の準備はお手のものだなぁ。ココを使うと言ったときは驚いたけど……」

「無駄口叩いてないでアンタはさっさと案内しな!」

「痛っ」


 苛々とジェシカがスチュアートの尻を蹴った。


「ナ、ナースのくせに医者に対する尊敬をもたないとは……わかったから蹴らないでくれ!」

「早くしろ、グズ! おい、ラング、レヴィ! こっち!」


 ホールの中で忙しく動く大人たちにオロオロとしていた兄妹は、名前を呼ばれて顔を輝かせた。


「手伝うことある?」

「コイツの部屋から薬を運んで、逃げようとしやがったらケツの穴に火かき棒をつっこんでやんな。レヴィ、できるね?」

「やってみる!」

 右腕を包帯で吊った女の子がニカっと笑う、花のような素朴な笑顔だった。

 ラング兄妹にドクター・スチュアートを任せたジェシカは、玄関ホールから足早にダイニングに移動し、そのまま廊下を突っ切って書斎に入った。


 壁一面の大きな本棚に手を伸ばすと、一冊ずつ押し込んでいく。十冊程をそうして押していると、背中をポンと叩かれた。


「うわっ!?」

「ジェシカ姉ちゃん、なにしてんの?」


 ラングだ。


「なんだアンタか……薬はどうした?」

「眼鏡の医者先生が台車でゴッソリ運んでくれた、他にすることある? ……うわぁ!」


 ラングは目を丸くして見上げた。

 大人でも手が届かない背の高い本棚に本がビッシリと詰まっている


 少年の人生でこんなに多くの本を見たことはなかった


「これ全部字が書いてあるんだよね? 貰ってもいいかな? どうせ、ここの偉い人は死んだんだからいいよね。俺、字の練習がしたいんだ」


 今朝早く、ブランド・オブ・コーザノストラのボスと幹部が一晩のうちにカポネファミリーに殺され、死体を広場に磔にされた。

 その中に、なぜかミシュリアーノの遺体もあった。


 他にアテがないと、医者のよしみでロザリタに助けを求めに来た、雇われ医者のスチュアートが言うには、人目を避けて夜中に街を出ようとしていたところを襲撃されたらしい。


「読むよりも腹に仕込んでおきな、流れ弾がいつ飛んでくるかわかったもんじゃないからね」

 ボスを奇襲されたコーザノストラの残党と、カポネファミリーによる銃撃戦が、いたるところで繰り広げている。

 明けがたから始まったこの馬鹿騒ぎに、多くの一般人が巻き込まれていた。


 危険を感じた浮浪児の兄妹に始まり、昼を過ぎたときにはコフレドール診療所は、ロザリタを頼って逃げてきた人間と怪我人で溢れかえってしまった。

 ロザリタは即座に拠点を移すことを決め、それには死んだ貴族の屋敷はうってつけだった。


「これでルチアーノ一家が首突っ込んできたら、いよいよドカンと街が吹っ飛ぶぞ……これだな」


 ポチャポチャとした指先で薄い本の背表紙を押すと、本棚が軋んだ音を立ててスライドし、保管庫が現れた。

 なかには現金と宝飾品が詰め込まれていた。


「すげー! なにこれ?? なんで? ジェシカ姉ちゃん、なんでこんなこと知ってんの?」

「昔とったキネヅカっていうか、まあ……なんだ、うん」


 こういう本棚の仕掛けはよくある、細工技師が同門なのか、だいたいパターン化している。


「これだけあればなんでもできる!」


 本を見たとき以上に目を輝かせる少年にジェシカは苦笑した。


「これは先生を守る最後の切り札」


 ロザリタ・コフレドールはどんな人間でも目の前にいれば救ってしまう。

 それがマフィア達にとって、生きていると困る人間だった場合、今度はロザリタがあぶない。


(金で命乞いできりゃいいけど……)


 そうでない場合が、本当に厄介だ。


「コフレドール先生は大丈夫だよ!  だって、なにも悪いことしてないし!」

「……ま、念には念ってね」

「エルがいたならぁ」


 ラングは肩を落とした。

「橋の下に一緒に住んでる年上のヤツらが、ここで手柄を立てればマフィアになれるって、喜んで行っちゃたんだ。エルも、ドンパチに行っ……」

「あー! もう! クソったれ!」


 突然叫んだジェシカにラングが飛び跳ねた。


「馬鹿どもが! どいつもこいつも! ×××!」


 街が騒がしくなってすぐ、ジェシカは診療所に駆けつけたが、既にエルとモランの姿はなく、ロザリタはただ「行ってしまった」としか言わない。


 争った跡のある病室と、なぜか怪我をして寝ている警官。

 すべてジェシカを蚊帳の外にして動き出してしまった。


「どこにいんだか! 信じられねえ、人手がたりないってのに!」


「行ってしまった」と呟いたロザリタの蒼白な顔を思い出すと、悪態がとまらない。


 あんな顔させるなんて!


 金目のモノを乱暴にかき集め、八つ当たりで乱暴に袋に投げ入れて行く。


「先生はなんも言わない! 怪我人は増える! 忙しくて飯も食えないし、最悪!! 全部ぜーんぶエルのせいだ、畜生!」


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