第24話 Flower
診察室の荷物棚で、薬の整理をしていたロザリタはこめかみを揉んだ。
(薬屋に連絡しないと……)
マフィアの抗争がはじまれば、いよいよ手持ちが無くなってくる。
(麻酔薬と痛み止め……解熱剤も……ジェシカさんのお給金、払えるかしら……)
金がドンドン出て行く、金策に舵をきらないと、患者を受け入れることができない。
頭を抱えたロザリタは、次にカルテを手に取った。
ガブリエル(L)と書かれたカルテには、びっしりと事細かく、これまでの治療内容が書きこまれている。
それはそのまま、ロザリタがエルに費やした時間と手間をあらわしていた。
(我ながら、やりすぎたわ……)
エルにかけた労力は並ではない。
値の張る強い薬も使っていて大赤字だ。
(本人は平気な顔でいるんたから)
笑いが零ぼれた。
(もっと働いてもらわないと)
身体で返すと宣言した、エルの今の仕事量では、当面のあいだ完全返済は難しいだろう。
「まだまだ追い出せる日は遠いわね」
窓際に飾った小さな花にそっと触れ苦笑する。
くたびれて、少し頭を下げた野花を髪に挿してくれた男の瞳と、同じ色をした淡い花弁。
懸命に水を吸い上げて茎を伸ばし、生きてロザリタの前で咲いている。
不意に外から騒がしい物音が聞こえた。
(急患?)
それともまたモランとエルが喧嘩をはじめたか?
ランプを手に取り、ドアを開けるとロザリタは声にならない悲鳴を上げた。
数人の男達が診療所の入口の扉から中に入ってくる所だった。
風体から、一目で荒くれ者だと分かる
「エル! 逃げて!」
恐怖と責任感がない交ぜになった感情がロザリタを駆り立てた。
急いで病室に転がり込むと、すでにモランを囲むように狭い病室にマフィア達がひしめいていた。
「せ、せんせぃ」
囲まれたモランは血の気の失せた顔をロザリタに向けた。
歯の根が合わず震えている。
ロザリタは恐怖で身が竦みながらも病室を見まわした。
「エ、エルは……?」
「外が騒がしいから見てくるって……そしたらコイツらが……」
モランがギャッと声を上げた。
痩せ細った黒髪の男が彼の顔を蹴り飛ばしたからだ。
ロザリタは急いでモランに駆け寄って背にかばう。
「ここは病院よ! 暴力はやめて!」
「医生、心配しなくても、そいつを渡してくれたらこっちもすぐに出て行く」
黒い髪の痩せた男が、隣にいた仲間の女に目配せした。
女がロザリタに手を差し出す。
「こっちに来な、先生。診療所の人間に手は出すなって言われてる」
低い、声にドキリとした。
一見して女性に見える服装をしているが、確実に男だった。
「もう一人はどうしたの? 金髪の……」
「いいからこっちに引っ込んでな、用があるのは先生じゃないの」
女装の男がロザリタの腕を掴んだ。
「やめて! 離して!」
「先生!」
モランがロザリタの白衣にしがみ付く。
「助けてくれ!見捨てないでくれ」
荒くれ者の男たちが、モランを引き剥がす。
痩せた黒髪の男が、地の底に響くような声でモランに告げた。
「黙れ、カポネファミリーに手を出して無事で済むと思ったのか? 手間取らせるな」
「嫌だ! やめろ! 助けて先生助けて!」
渾身の力でロザリタは腕を掴む女装男を突き飛ばし、すぐさまモランを掴みあげているスキンヘッドの男をポカポカと殴った。
「私の! 患者に! 触らないで!」
痩せた男が舌打ちして、ロザリタの腕を離した女装男を睨んだ。
「このアマぁ!」
「きゃっ!?」
スキンヘッドが、苛々としながらロザリタの頬を叩くと、囲んでいたマフィア達がざわめく。
「おい、やめろ」
痩せた男が鋭い声を出した。
「カタギに手をだすんじゃねぇ、掟があるだろう。」
「邪魔するヤツはそのかぎりじゃねぇってのもカポネのやりかたなんだろ?」
ジンジンと痛む頬を押さえるロザリタを、恐怖が侵食してくる。
彼らを見れば、人を傷つけることにためらいなどないの明らかだ。
ロザリタだけが特別に見逃される筈がない。
(殺される)
スキンヘッドの男の手がぬっと伸びてきたとき、病室に銃声がひびいた。
ガクリとスキンヘッドが目の前で倒れて血を流す。
急所を撃ち抜かれていた。
「え……?」
「ローズ!」
聞き知った声にロザリタは振り返った。
病室にエルが駆け込んできて、腰を抜かしているロザリタを抱きしめた。
「大丈夫? 誰だソイツは」
「エル、駄目、逃げて……!」
エルの無事な姿に安堵の涙をうかべなからロザリタは。
「この人達カポネファミリーよ!」
何故モランを狙っているのかは分からないが、エルだってタダでは済まない筈だ。
「逃げて!早く!!」
「大丈夫だよ」
金切り声を上げるロザリタにエルがいつもの笑顔で笑った。
手にはなぜか銃をもっていて、クルクルともてあそんでいる。
逃げようともしないエルに、ロザリタは困惑した。
「エル? 」
「ごめんね、銃は河に捨ててこいってジェシカさんに言われたんだけど、勿体無いだろ?……それで、このウスノロ馬鹿は誰だ?」
「アナタを探すのに集めた人手です」
「リー、便利だからって安易に人間を増やすなと言ってるだろ」
痩せた男が疲れたように片手で顔をおおった。
「おっしゃいますがね、誰かさんが影も形も見当たらないんで仕方なかったんですよ」
「僕の命令が聞けないヤツはいらない」
「エル……?」
倒れるスキンヘッドの男を見下すエルの、色素の薄いムーンストーンの目に、暗い影がおちる。
「エル……?」
「あああああああああ!!」
突然、腰を抜かしていたモランが悲鳴をあげた。
霊でもみるかのようにエルを凝視する。
「アンタ! カポネか?! ……なんで、どうして生きてるんだよ?! あの夜殺したはずなのに!!」




