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第20話 Egoist 2

「そうやって、背を丸めてひとりでいれば、みんなが勘違いをしてくれるってわけだ」

 

 東の空に架かる月が明るさを増してきた。

 夜の匂いを帯びた風が二人の間を通りぬける。


「違うって言ってやりなよ、ローズ。一度も死んだ人間の為に懺悔なんてしていない、そんな無駄なことに一秒だって時を使ってないって教えてやりなよ」

「アナタはなにか勘違いをしているようだけど」

「わかってるんだよ」


 エルは構わず続けた。


「言っただろ、僕と先生は同じなんだ。互いが互いを理解し合うことができる唯一の存在。僕達は同じ場所に立っている。わかるよローズ、キミは悲しんでいるんじゃない、自分の思い通りにならない命に腹が立っているんだ。助けられる自信があったんだろう?」


 エルの手が伸びて、ロザリタの髪の毛先をそっと愛撫した。

 睦言のような触れかたに、驚いて肩をビクつかせたロザリタは、ようやくエルを振り返る。


「驚いた? 僕にはお見通しなのさ」


 髪を撫でる手を払いのけると、ロザリタは柳眉を逆立ててエルを睨んだ。

 燃えるような目に映った自分を見つけてエルは笑みを佩く。


「キミに睨まれるとゾクゾクするね」

「なぜ? いままで誰も……ジェシカさんにだって……」

「相性が最高だから」


 ロザリタは自分の両手をマジマジと見つめた。


「彼は助かる筈だった。実際、術中に一度持ち直したわ。なのに!」


 ほんの少しの瞬きの合間に、死神の鎌が触れてしまった。

 何故か、どういうわけか、前触れもなく、あの少年の命はロザリタの手から零れたのだ。 

 ロザリタは怒りに燃える瞳を潤ませてる。


「私が! 私が助けられる筈だったのに! なのに逝ってしまった! 私の患者が! 私の許可なく! 何故?! 助けられる筈だったのよ!」


 医者の傲慢だ。


 いつでも思うように腕を奮ってきた。

 そこらじゅうの人間を見境なく治し、頼まれてもいないのに他人の命を繋ぎとめてきた。


すべてロザリタの都合で。


 ただそうしたいからするのだ。

 彼女の腕が上がるほどに育ったそれ。

 医者として重圧を感じながらも、けっして消せない驕り。


「私は……」


 死にかけの人間を見つけたときの、あの高揚感。

 死の影を振りはらう達成感。

 患者が目覚めたときの優越。

 そのすべてがロザリタを満足させる。


「私は酷い医者だわ」


 いつしか芽生えた、傲慢。

 初めて誰かに吐露した感情に、ロザリタの目から大粒の涙が零れた。


「そうよ、誰の為でもない、自分の為に患者を探しているの、そうせずにはいられない。優しさなんて持ってない、アナタのことだって……」

「だからキミが好きだよ、ローズ」


 エルの掠れた声が、ロザリタだけに打ち明けるよう小さく囁いた。

「キミの傲慢は好きになったときから……いや、たぶんあの雨の夜から僕は知っていたんだ」


 血だらけで横たわっていたとき、確かにエルは見たのだ、

 自分を見つけたロザリタの薄く笑った口元。

 強く輝いた目。

 眩しいほどの歪な欲を持った女がエルを見つけた。


「いいじゃないか、口に出すことも憚られるおごり高ぶりでも、キミは確かに僕の命を救った。これからも救う。僕の命はキミが救った命だ」

 

 血の匂いが残る胸元にすっぽりと納められて、柔らかく抱きしめられたロザリタは身体を硬直させた。

 腕のなかで初心に強張るロザリタの髪をエルはあやすように撫でる。


「キミの命の音が聞こえるだろう?」


 トクリ、トクリ。

 聞こえる鼓動がどうしようもなく愛おしくて、誇らしい。

 自分とは違う命の音が、たまらなくなって、また涙が流れた。

 

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