第19話 Egoist 1
「おい医者はいるか!」
血だらけの男が2人、文字通り倒れこみながら診療所の扉を開け、叫んだ。
一人は腹部から血を流し、もう一人は首から下にかけてどっぷりと血で汚れ、息も絶え絶えだった。
「助けてくれ!」
腹から血を流した、人相の悪い少年が喘ぐ。
「金ならあるんだ!」
「どうしたの?!」
ロザリタが診察室から飛び出してきた。
待合室で倒れ込む血だらけの少年達を見て、大股で駆け寄ったロザリタは少年の傷を見て厳しい声を出す。
「自分の名前は言える? そっちの彼は……」
首から血を流す少年は意識が無い。
「助けてくれ、死んじまう……何とかしてくれ!」
「分かったから落ち着いて! ジェシカさん、彼を手術室に! エルはこの子を運んで! アリー!」
「は、はい!」
診察室のドアから、オロオロと顔を出して様子をうかがっていた少女は、ビクンと跳ねて、返事をした。
「ごめんなさい、急患だわ」
「え、あ……が、がんばってください先生!」
礼代わりに少女の肩を叩き、さあ手術だ! と意気込んだロザリタは目を疑った。
エルが重傷な少年を運びもせず悠長にそのまま眺めていたからだ。
「エル!」
「だってこれはどう見ても助からないよ、分かっているだろう? 無駄だ」
「アナタが決めることじゃないわ!」
柳眉を釣り上げ、燃え上るのではないかというほど、ロザリタは怒った。
「私が決めるのよ! いいから運びなさい!」
ようやく、男を担ぎあげ始めたエルを急き立てて、手術室の扉を開けたロザリタは覚悟するように大きく息を吸った。
太陽が傾いて西の空を赤く染め上げる頃になって、ようやく患者の一人が病室のベッドに移された。
腹部から血を流していた浅黒い肌をした少年だ。
「先生、落ち込んでるな」
結局、もう一人は助からなかった。
待合室の床にこびり付いた、血の後を掃除していたエルは、心配するジェシカの言葉に顔を上げた。
雑巾をバケツに絞りつつ、看護婦はため息交じりに続けた
「いつも言うんだけどね。あーいう手合いは、どうせロクなヤツじゃなかったんだから、気に病むなって」
どんなに腕がよくても助けられない患者はいる。
「患者が死んだときはいつもあんな感じさ」
裏庭で1人静かに助けられなかった命と向き合う。
「優しすぎるんだよ、先生は」
「勘違いもそこまでくると感動ものだ」
エルは床の汚れと格闘するのを放棄した。
赤く汚れた雑巾を投げ捨て、ロザリタのいる裏庭へと足早に歩いていく。
「ちょっ、余計なことすんなよ、エル!」
止めるジェシカを振り返ること無く、エルは裏庭へつづくドアを開けた。
真っ赤な西日に照らされた裏庭に、ポツンと一人佇むロザリタの背中は、ジェシカの言う通りしょんぼりと小さく見える。
エルは音もたてず、何も言わず、腕を組んで診療所の汚れた壁に凭れた。
何時までそうしていただろうか、橙に染まった夕日が傾き始めた頃、さきにしびれを切らしたのはロザリタのほうだった。
「少し、1人にして」
明確に拒否を、小馬鹿にするようにエルは鼻で笑った。
「僕がいると懺悔の邪魔かな?」




