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第18話  Rod of Asclepius

 

「アナタはすぐに怒り過ぎよ」

「だからちゃんとやめただろう?」


 右腕が折れて、気をうしなったままのレヴィを背負ったエルは、くたびれた小さな花を、ロザリタの一つに括った髪に挿した。


 踏みつけられてくたりとした淡い花弁が、赤い髪の神秘さを邪魔することなく咲いている。

 ラングはエルの背で、ぐったりと目を覚まさない妹を心配そうに見つめながら、ロザリタの白衣を握りしめ、小さな声で呟いた。


「先生、レヴィの治療費払うから、絶対、絶対に払うから……だから妹の腕を……」

「あら、お代なら今いただきましたよ」


 ロザリタが髪に挿された花に触れると、小さな花弁が笑ったように揺れる。


 ラングの顔がクシャクシャに歪んだ。


「なんだ、また泣くのか?」

「違う!」


 きっと、小花の笑顔が妹の元気な姿に似ていたせいだ。

 汚いすりきれた服の袖で、ガシガシと目をこすり、喚く。


「泣いていいのは結婚式のときだけなんだろう!」


 赤く腫れた目元で気丈に睨みあげてくる少年に、小気味良さを感じてエルはニヤリと笑った。


「分かってきたじゃないか。」

「なんの話?」

「男同士の話」


 クスクスと笑うエルを、いぶかしみながらも、ロザリタは診療所までの道を、足早に歩いた。

 まえを歩く赤い髪と小さな花。

 その背中を見てラングはポツリと呟いた。


「……女神様みたいだ」

 

 










 

 用水路の死体の犯人は半日で街中に知れ渡った。


 噂が広まるや、金持ちは門戸を固く締め、一家で南の保養地へ旅行と称して避難しはじめている。

 マフィアの抗争が激しくなれば、暴動が起きる。

 暴動の矛先が、自分たちに向くのをトリナクリアの上流階級(ブルジョワ)はよくわかっていた。


 警察はこの抗争に、だんまりを決め込むことにしたようで、ついには普通の窃盗、暴行事件にも口を出さなくなってしまった。

 もはやどれが抗争の火種か分からない。


 街は、火薬を詰め込んだ、薄ガラスの瓶と化していた。

 







 患者のいない、閑散とした診療所の待合室で、ジェシカとエルはせっせと寄付された布で包帯を作っていた。

 といってもゴミと区別がつかないほど着古された衣服だったが。


「あー暇だ、太りそう。」

「それ以上大きくなれるのかい?」


 無神経な事を言う男にジェシカはたったいま丸めた包帯を投げつけた。

 暴投にもかかわらず、華麗にキャッチしてみせたエルに、舌打ちする。


「お前ほんとムカつく! フラレろ! そんで早く出てけ」

「あっはっはっはっ、イヤだ」

「言っとくけど先生は次の患者に夢中だからな」


 ふくよかな二重あごを、診察室のほうへシャクったジェシカは嫌味満面だった。


「アリーの手術が決まりゃ、アンタなんかには目もくれないね」


 診察室にはアリー・メイソンが検診にきていた。

 健康状態をみながら手術日を決めるためだ。


「その手術はモチロン入院するんだよね」


 腫瘍の切除手術がどんなものか、どのようにその後を治療していくのか、エルにはまったくわからなかったが、長い闘病になるだろうことは予想できた。


「そしたらアンタは男らしくベッドを明け渡しな、アリーと同じ部屋でなんて寝かせられないからね、排水溝で寝ろ」

「先生の部屋に泊めて貰うからいいさ、いよいよ僕達の蜜月が始まるってワケだ」

「使い物にならなくしてやろうか」

「ほんと、貧民街(スラム)あがりって品がないよ」


 ジェシカの眉間にシワが寄ったのをみて、エルは喉を鳴らして笑った。


「まあまあ、怒りなさんな。いったいどんな経緯で不良看護婦ができあがったのか、暇つぶしに聞かせておくれよ」

「レディの過去をそう簡単に聞けると思うな」

「先生との出会いを話してよ、僕の愛しい薔薇は、どうやって荒くれ乙女を飼いならしたのか」


 エルは悪い顔でニッと笑った。

 ジェシカは面白くなそうに足を組むと、少し口を尖らせながら話し始める。


「手癖の悪い連中で、金持ちの家に盗みに入って生活してた。何回かやってると、儲けがでかくなってきて、ある日、成金富豪の家に忍びこんだとき、儲けの配分で仲間割れ」

「ああ、よくあることだ」


 エルが肩を竦め、ジェシカは続けた。


「そんで、誰かがその場で火をつけやがった。なんとか逃げたけど大火傷でさ、身体中熱くて痛くて、のたうち回ってたところを、丁度この街にきたばっかりの先生に助けてもらったってわけ」


 小悪党が命を助けられて改心する、よくある話にエルの唇が満足そうに歪んだ。


「それで恩を感じて看護婦になったってわけだ、義理堅いね」


 嫌いじゃない、と口には出さなかった。


「なんであたしがこの話をしてやったと思う?」


 古着を裂きながら、睨みを利かせたジェシカは声を落として、真剣そのものの顔でエルに告げる。


「あんたが何をやったか本当の所は知らない、知りたくもない」


 本音だった。


「ただ、先生に恩なり好意なりを感じてんなら、金輪際馬鹿なことからは足を洗いな。あの人に迷惑かけるな。先生は名医で、底抜けにお人よしで、見返りなくバンバン人を助けちまうけど、先生の損になることはあたしは絶対許さない。アンタも先生の周りをうろつくなら肝に銘じておいて」


 念を押すように言ったジェシカに、エルは目を細めて、感心のため息をついた。


「ジェシカさんがいないと、先生はきっと世間と上手く付き合ってはいけなかっただろうさ……でもそれは、底抜けのお人好しっていうのとは、違うと思う」

「え?」


 ジェシカがどういう意味かと尋ねようとしたそのとき、乱暴な音を立てて診療所の扉が吹き飛ぶように開いた。

 

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