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第16話 Rain

 甲高い子供の泣き声にむかって、ロザリタは走った。

 酒場の壁に激突して横転しているのは、最新式のオートモービルだ。その横で子供が2人、血を流して倒れている。


「通して下さい! 私は医者です!」

「コフレドール先生!」


 横転してカラカラと車輪を回転させているオートモービルのすぐ脇で、血だらけの小さな少女を抱きかかえていた少年が叫んだ。

 見知った顔、幼い妹と2人で生きる煙突掃除夫の少年。


「レヴィが!!」

「ラング! 動かさないで!!」


 抱いて立ち上がろうとしたラングを押さえてロザリタは少女をゆっくりと地面に降ろした。

 息はある、右手が不自然な方向へ折れ曲がっている。

擦りむいたいくつかの傷口から、血を流してはいるが、命に別状は無い。


「骨折してる。添え木になる物を……」

「こっちだ、医者!」


 ひっくり返ったモービルの方から声があがった。

 小奇麗な身なりをした顔色の悪い男が、事故を起した車の中から通行人の手を借りて助け出されていた。

 人混みをかき分けてエルが追い付く。


「エル、この子たちについていて。少し待っていてねラング」

「先生!」


 悲鳴のような声で呼ぶ少年に、後ろ髪をひかれながら、ロザリタは急いで男のほうへと向かった。


「寝かせて! 起こさないで! 意識はある?」


 大人数に、恭しく、赤ん坊のように繊細に、路上に寝かされた男は大袈裟に息を荒く吐いて、ぐったりとしていた。


「キミが医者か……私はミシュリアーノ」


 貴族だった。


「痛い、何とかしてくれ。首が折れてしまった」

「鞭打ちですよ、首が折れていたら喋れません」


 そう言ってロザリタは貴族の両目の瞳孔を確認し、怪我の具合を確認した。

 ラングの叫び声が聞こえてくる。


「先生! 先にレヴィを診て! そいつの車が突っ込んできたんだ! 」


 貴族がぐったりとした演技をやめて舌打ちをした。


「そんなヤツよりレヴィのほうが大事だ!」

「あのガキを黙らせろ」


 野次馬の中で誰かが笑った。


「貧乏人どもが、医者代も払えないヤツは放っておけ!」


 グッと歯を食いしばったラングの隣で、幼女の様子をみていたエルは、兄妹の周囲に散らばって、グシャグシャに踏み潰された花と、壊れた籠を見つけた。

 子供の足なら摘んで帰ってくるだけで、3時間はかかる、街を出た街道沿いにある野花だ。

 ラングが子犬のように小さく唸った。


「なんだよ……結局、先生も皆と一緒だ。金持ちのほうが好きなんだ、いい人だと思ってたのに……!」


 少年の手が、ポケットの中の物を握り締めるのを認めて、エルがさっと細い腕を押さえつける。


「離せ! お前もあの金持ちの味方か?!」

「僕は先生の味方だ。いいかよく聞け、ここでそのナイフを出すな。怪我をして動けない相手に襲いかかるのは卑怯者のすることだ」

「俺が?! アイツのほうがずっともっと悪い奴じゃないか!!」


 痛いほどにラングの腕を握るエルの力が増した。


「だからだ。あの貴族には金も権力もある。キミの妹を怪我させても誰も責めない、むしろ率先して助けてもらえる。何でも持っているから矜持という物がなくても生きていける。でも君はどうだ?」


 ポケットの中のナイフを握りしめる少年は、自分を見つめるムーンストーンの目の力強さに言葉が出てこなかった。


「金も地位も権力も助けてくれる人間もいない。持っている物といえばその身一つと小さな妹……だから、だからこそ」

 

 乾いた土地に水が足りないように、かさつき続けた少年に、なにが必要なのかエルには誰よりも分かっていた。


「何も持っていないならせめて矜持を持て。けしてあんな人間と同じになるな。僕は自分の為にそうしてきたがキミには妹がいる、妹を卑怯者の身内にするな」


 コポリとなにかが湧くようにラングの目に涙が勝手に溢れてきた。


「そんなの……」


 戸惑いながら、少年のポケットの中のナイフを握る力が、少しだけ緩るむ。


「そんなのあったって、レヴィを助けてやれない」


「先生が助けてくれる、彼女の腕前は最高だって保証してやるよ」


 ラングの腕を放して、エルは小さな頭をぐしゃりと撫でてやった。


「泣くんじゃない男だろ、男が泣いていいのは結婚式のときだけだ」

「何だよ、それ」

 
















誤字脱字報告ありがとうございます。

読んでくださるだけでなく、フォローもしてくださるなんて最高の読者さんです。


救命行為の描写についてのアドバイス、お待ちしてます。


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