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第15話 Capone

「メッセージだぁ?」


 警官に胡散臭そうに睨まれながらエルは先程と同じように遺体をひっくり返した。


「身体の表と裏の傷口を重ね合わせると文字になっている」

 オスメニヤが怪訝に眉を顰め、ロザリタはたったいま書いた検死報告書に記入した傷口をジッと見つめた。

 すると……


「『服従と沈黙の血の掟に従いこの子羊を捧げる、次は貴様だ羊飼い』」

「カポネの連中か、くそっ!」


 オスメニヤが汚い悪態を吐いた。


「コイツはちょっと前にカポネの所に突っ込んだ馬鹿だ、こんな殺しかたは奴しかできん」

「なぜ断言できるのですか?」


 ロザリタは少し不安になりながらエルに視線を送った。


「殺し方に特徴が?」

「野郎の稼ぎは麻薬だ」


 ポケットを漁ったオスメニヤが紙巻煙草一本ロザリタに渡す。


「一発決めりゃ異常な高揚感と快感が味わえて、尚且つラリってるあいだは」

「無痛覚」


 手の中でほぐした紙巻煙草から出てきたモノにロザリタも見覚えがあった。


「麻酔薬の原料です、手術や重傷者への鎮痛剤として使っています……痛覚を奪って拷問した? 痛みでショック死させないように?」

「アンタの見立て通りならな」


 ガシガシとグローブのような手で頭を掻いてフケを撒き散らしながらオスメニヤは苛立ちを隠さなかった。


「金持ち連中、貧乏人お構いなしにヤバイ薬をバラマいたお次はこれだちくしょうめ。ただでさえクソみてぇな街だってのにそれが最悪のクソになろうとしてやがる。カポネが勝ちゃ、こんなことが日常茶飯事になるぞ。ヤツの手札にゃ加減ってもんがねえ、お先真っ暗ってやつさ」


 朝から人々の口に上る不安が現実になった、いや、すでになっている事を、この物言わぬ死人が告げていた。

 

 

 

 





 ロザリタは検死報告書を仕上げ、警官から謝礼を受け取るとエルを連れて足早にテントからでて、路地を一本曲がったところで脇道に入りエルにグイと迫った。


「大胆だねローズ」

「違います!」


 腰にするりと絡まってきた油断も隙もない男の手をパシンと払いのけロザリタはまなじりを吊り上げた。


「どういうこと?! アナタがカポネを撃ったんじゃなかったの? あの死体は仲間? アナタは何者なの?!」

「それはキミが誰よりも知っていることじゃないか」


 拒んだ手が逃がさないとでも言うようにロザリタの手をとった。


「僕はあの夜死ぬはずだった(マヌケ)で、いまはキミの患者(おとこ)だ」


 そっと手の甲に唇が落とされる。


「それ以上でも以下でもない」


 すがるような触れかただった。


「そのうち必ずわかるよ、でもアイツらがまだ僕を見つけていないうちは、このわずかな蜜月を大切にしたい」

「そう思っているのはアナタだけよ」

「生きてる人間に時間を割くので精一杯な先生が、わざわざ死体の世話をしにいったのは僕の為だろう?」

「それは……ジェシカさんが……」


 カポネファミリーの復讐が始まった噂に看護婦は敏感だった、口にこそ出してはいなかったが、エルに対する警戒が強まっている。


「僕を追い出したいって?」

「心配をしているのよ、アナタが嫌いとかそういうことではなくて……」


 エルと死体の関係性はいまや診療所の存続にかかわっていた。


「本当なら用水路に浮かんでいたのはアナタだったんじゃない?」

「そのほうがよかった?」

「そんなこと思うはずない!」

「怒らないで、気に障ったなら謝る。ごめん」


 苦笑したエルの手を払ってロザリタは眉間に皺を寄せる。


「今すぐオスメニヤさんのところに戻ってアナタのことを報告するわよ」

「へー、僕を売る? キミの大切な患者を? できっこないね」


 ロザリタは言葉に詰まった。

 ほら見ろと言わんばかりに肩を竦めたエルはさらに続けた。


「僕はキミが好きだ、嫌われたら死んでやる。僕を売っても捨てても死んでやる」

「脅迫に聞こえるわ」

「嘘じゃない、僕は……」


 エルが言いたかったことは不意に聞こえた大きなバリバリという音にかき消された。

 表通りから悲鳴と騒然とする人の声と甲高い子供の泣き声が聞こえてきて、ロザリタはエルを振り払うように路地から飛び出していく。

 暗い路地裏から陽の光の中へ、自分を置いて駆け出していく後姿を見つめていたエルに、不意に陽気な声が降ってきた。


「やーっぱり生きてた」


 狭い路地を作る家屋の屋根の上、明るい太陽の光を浴びながら上から覗き込むように、いつの間にかそこにいたのは浅黒い肌の10代後半の少年だった。


「やっと見つけた、大兄貴」

 ドレッドヘアの長髪を結んだ少年は黒豹のように俊敏な動きでトンと地面に降り立つとエルに甘えるように隣にたった。


「絶対生きてると思ってた、リーの兄貴がヤバいほど心配して探してたぜ。俺は大丈夫だって言ったんだけどさー」

「あの騒ぎはお前か? ロイ」

「えっへっへ、金を払い渋るオッサンがいたからちょーっと脅しといた。褒めてくれていいんだぜ、大兄貴がいなくてもちゃんとシノギしてたんだから」

「いつもそれくらい熱心だといいんだけどな」

「へへへ」


 ロイは目元をうっすらと潤ませながら満面の笑みをエルに向けた。

 心の底からの安堵と喜びの笑顔でロイは元気よく威勢を放つ。


「これでルッチの野郎と本格的にぶっ殺しあいできるな!」

「僕はまだ戻らない」


 表通りで酒場に突っ込んで横転した車と群がる野次馬、そしてその中でもハッキリと見つけられる赤い髪を眩しそうに見つめるエルにロイがキョトンと目を瞬いた。


「なんで?」

「やることがある、僕が生きていることはリーには言うなよ」

「えー」

「お前の姐さんを口説き落とさないといけないからね」


 濃い影の中から陽の光の元へ。

 騒然とする表通りへと足を進めたエルが笑う。


「僕の薔薇、我らがカポネファミリーの母になる人を見つけたんだ」



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