第14話 Murder case
※本作品には残酷描写が含まれます※
教会とのいざこざがあった3日後、快晴をいただくトリナクリアの人々の心は陽気とは程遠かった。
街の空気は汚水のように淀んでいる。
怯えるようにして肩を寄せ合う人々の口に上るのは、用水路で今朝がた見つかった身元不明の惨殺死体の件。
とうとうカポネファミリーの反撃が始まり、トリナクリアはこれからルチアーノとカポネの全面戦争かという不安で満たされている。二者がぶつかればコーザノストラも漁夫の利を狙ってくることは明白で、マフィア達の思惑が水面下で動き出していた。
「ドクター・コフレドール! こっちだ!」
ロザリタが馴染みの警官に呼び出されたのは、そんな不穏の渦中である用水路脇に急遽あつらえられたテントの中。
気心知れた女医を招いた警官オスメニヤは、苛立ちを隠さずにでっぷりと膨らんだ腹を掻いた。
「酷いのなんのって……とりあえずアンタを呼んだんたが」
「それでご用件は?」
「コイツの身元が知りたい」
馴染みのむさ苦しい中年警官は眉間に皺を寄せてテントの中にある毛布の塊に顎をしゃくった。
「阿呆どものドンパチに巻き込まれん為にもコイツがどこの馬の骨か我々は知っておかんと……ジェシカはどうした?」
荷物持ち兼護衛としてロザリタにくっついてきた見慣れない金髪の優男にオスメニヤは眉を寄せた。
「見ない顔だ」
赤い髪を一括りに低い位置でまとめたロザリタがため息混じりに肩を落とす。
「気にしないで下さい、彼はただの……」
ニッコリとエルは笑みを放つ。
「愛人です」
「鞄持ちです! 少し精神が不安定ですがお気になさらず」
「まぁなんでもいい」
エルはロザリタに診察鞄を渡し、大人しくテントの隅へと移動した。
鞄のガマ口を開けて中から白手袋を取り出したロザリタにオスメニヤが険しい顔で忠告する。
「いいか、見ても悲鳴を上げんでくれ。女先生にはちときついぞ」
オスメニヤの年若い同僚は遺体の損傷具合に朝食を全て吐瀉した後、一切テントの中に入ってこない。
忌々しいと言わんばかりに警官が毛布を捲ると、出てきたのは顔が潰され、身体が切り刻まれた惨殺体だ。
頭皮が剥ぎ取られ、胴体は損傷が激しすぎて一目では性別の判断がつかない。
手袋を嵌めたロザリタは眉ひとつ動かさず遺体を一瞥すると、おもむろに指を遺体の口に突っ込んだ。
オスメニヤがウェッと舌を出し、エルはからかい混じりに口笛を吹く。
「先生かっこいー」
「黙って。遺体が発見されたのは今朝ですか?」
青い顔をしたオスメニヤが口元を手で覆いながら頷いた。
「ゴミ漁りをしていた浮浪者がそこの用水路で浮いているのを見つけた……何をしてるんだ?」
「目玉を探しています」
遺体の瞼をパカリと開けたロザリタは眼球があったであろう黒い空洞に人指し指を突っ込んだ。
「綺麗に抉り取られていますね、舌も耳も丁寧な切断だわ」
頭部を調べながらロザリタは胸元の傷口をなぞる。
「オスメニヤさん、手を貸して頂けますか?」
「何をするんだ?」
「背中を見たいのですけど、私では持ち上げられませんので」
オスメニヤは顔をひきつらせて隅で大人しくしていたエルに手振りでお前がやれと指示を出した。ブルドックの様な警官の目元が泣きだす寸前なのを見て、エルは肩をすくめると毛布の端で遺体を掴み引っくり返す。
「こんな感じでいい? 先生」
「ありがとう、エル」
遺体は背中も激しく切り刻まれていた。拷問の跡らしい火傷が残る背面、頭部から足の裏、股間と、身体中をくまなく検死をしたあと、メスで胸部を丁寧に開き、ロザリタは遺体を眺めひとつ頷く。
「男性、おそらく20代。水死ですね」
「なんだと?」
オスメニヤは耳を疑った。
「冗談だろう? 」
「死斑が通常よりも増大していますし、肺に水も溜まっています」
「これだけされて死ななかったってことか?」
「おそらくは生きている間に全身を切り刻まれ、目を抉られ、耳を削がれ、舌を切断され、歯を一本残らず抜かれ、背中を焼かれたかと推測しますが、直接の死因は水死です」
オスメニヤは目を向いて遺体を見つめた。
「羨ましくないタフさだ」
ロザリタは苦虫をかみつぶすように眉を寄せる。
「むしろ生かされていた、の方が正しいでしょう。この人間を殺害した犯人は残酷に殺し、こういう遺体を仕上げる事が目的だったのでないでしょうか」
「悪魔め」
警部の言葉にエルが苦笑した。
「悪魔にしてはずいぶん人間くさいメッセージだ」




