第11話 There is no god 3
「患者を連れて行く事は許しません、お引き取り下さい」
きっぱりと言い放つロザリタに感心するようにエルが口笛を吹く、囃し立てる軽薄な音に顔を引きつらせたのは修道士のほうで、お世辞にも神の懐深さの面目を保てているとは言えなかった。
「ドクター、教会はアリーを救いたいと思っています」
「教会は彼女を救えません、祈りでは病いには勝てないのですから」
「仮にそうだとしても若い娘が身体を切り刻まれてなぜ生きていけますか、彼女の残りの人生はどうなるのです? 憐れだと思わないのですか」
修道士の最後の一言に、とうとうメイスン夫人がわっと泣き出した。父親が悲惨な面持ちで妻の肩を抱きしめる姿に、ロザリタは眉間に皺を寄せ、嫌悪を隠しもしなかった。
「生きることが死ぬことよりも憐れだと言いました?」
「残念なことではあります」
修道士は同情たっぷりに深いため息を零した。
「ですが死しても魂は天のもとに召され楽園にて暮らすのです、そのほうがずっとメイスン家の幸せではないですか。誰からの中傷も無い清らかな世界で再び生まれ変わって巡り合うその日まで、娘さんの魂は神の御許で過ごすのですから」
エルはカウンターの下にサッと隠れて噴き出しそうになるのを必死で堪え、ジェシカはそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。
診療所を舞台に悲劇で装飾された演目の悪役に抜擢されてしまったロザリタは受けて立つように赤い髪をかき上げる。
「ちゃんちゃら可笑しいとはこのことね」
静かな、刃のように冴えた声はいっそ頼もしいほどの悪役ぶりだ。
「ハッキリ言わせて頂きます。ヒトも動物も死んだら行きつく先は楽園ではなく土壌の有機成分です。魂などという臓器も器官もましてや生まれ変わるという蘇生法も存在しません、神などいないのだから」
ロザリタの後ろにいたアリーの顔が強張った。
まさか言い返されると思っていなかった修道士達がにわかにざわついた。
騒然と成り行きを見守る中でただ一人、エルだけがカウンターの中で雷に打たれた様にロザリタの声を聴いていることに誰も気が付かない。
修道士の顔からは薄ら寒さを感じる笑顔は消えて、明らかな権威者の傲慢が浮かびあがっていた。
「教会を愚弄していると誤解されかねない発言です、ドクター・コフレドール」
「私は医者として真実を申し上げただけです。教会ではアリーの病気は治せません、ですが私なら彼女の零れ落ちる命の砂の速度を遅くする事ができます、神にはできずとも私にはそれができます」
罰当たりだ! と何人かの修道士が憤ってもロザリタは平気な顔で腕を組んだ。
「父親が決めたことに従わせない気ですか?」
「生き方は本人が決めることでしょう」
命はひとつで他に代えはきかない。
親だろうと自分の人生を肩代わりしてもらうことはできない。
「アリーが決めればいい。どうしたいのか、彼女の命の問題なのだから」
一斉に診療所にいる全員の視線がアリーに注がれた。
顔を強張らせ、立ちすくんでいた少女の栗色の目が女医の燃えるような赤いまなざしとかち合うと細い肩に震えが走る。
「……わっ……私は……」
両親はアリーに愛してると何度も泣いて囁いたが、どうしたい? と聞くことはなかった。
アリーにその問いを投げかけたのはロザリタが初めてだ。
どうしたいのかなんて決まっている。
「私は……生きたい、生きていたい……楽園になんて行きたくない」
幼さを残した大きな目から音もなく涙が溢れていく。
「お父さんに怒られてもまだお父さんの娘でいたい!」
「当たり前だろう!!」
怒号のような父親の叫びにアリーはワッと泣いて両親にとびかかった。顔をくしゃくしゃにしながら泣く少女に心の中で賞賛を送りながらロザリタはもはや恐れるものは何もないと不敵に笑みを浮かべて修道士たちへ向き直る。
「そういうことですのでお引き取りを」
「……我々の後ろ盾が何か分かっていないようですね」
地を這うような低い修道士の声にジェシカが身構える。
待合室にいた誰かがコーザノストラと囁くと、途端にロザリタとの問答に負けた年長の修道士が威勢を取り戻していった。
「教会の威光をもってすればこんな小さな診療所、どうにでもできるのを我々はあえてそれをしないのは、この街での貴女の働きへの評価でもあります、それを失ってもいいと?」
ロザリタは芝居がかった驚きの声を上げた。
「教会に神様以外の後ろ盾があるなんて初めて知りました」
「ヤブ医者が!」
年若い修道士がロザリタに指を突き付け罵倒を投げる。
「女の分際で医者などおこがましい! 悪魔と契約した売女め、人の身体を切り刻む悪趣味の」
若い修道士のはそれ以上の罵倒を言葉にできなかった、カウンターから飛び出してきたエルが殴り飛ばしたからだ。
「僕は命の恩人を侮辱されて黙っていられるほど恥知らずじゃない」
ジェシカが我慢できないとばかりにエルの加勢に入った。
大きな身体から放たれるタックルに悲鳴とも歓声ともつかない声があがり、成り行きを見守っているだけだった他の患者達も一斉に修道士に掴みかかっていく。
小さな診療所の中は一瞬にして酒場であった頃の喧騒を甦らせて驚くほど乱闘に似合いの会場となった。
医術以外はなんの力も発揮できない渦中の医者は、殴り合う人々の間で悲鳴に近い声をあげる事しかできない。
「駄目! やめて! 暴力は駄目! 誰が手当てすると思っているの!」
診療所の乱闘は騒ぎを聞きつけた警察が止めにくるまで続いた。




