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第一章 【旅立ち】第三節

婆さんの言いつけを守り北に向かって歩き続けること二日。

魔物にも合うことなく順調な旅路だ。


 目指すは、フローレン王国のはずれにあるゼーヴァルト村。

そこの鍛冶屋に行けというのが、婆さんの最後の指示だ。


 村は北に向かい、森を抜けて、アーテル湖と呼ばれる湖に出れば、その畔にあるという。

地図で位置確認したが、今日明日には到着するはずだ。


はずだった……。


ヒュンッ!


 何かがヒルダの横をかすめた。


「え? 何!?」


 ヒルダの怯えが、伝わる。


ヒュンッ!

 カツッ!


 次の音と共に目の前の大木に何かが刺さった。

それが矢だと気づくのに、それほどの時間はかからなかった。


 明らかな攻撃。

こいつは、まずい! ヒルダ! しゃがんで身を隠して、オレに周囲を見せろ!


「はいっ!」


 ヒルダはしゃがみ、アミュレットを手にもって周囲を見せるように回した。

見えるのは漆黒の闇。

僅かな星の明かりで照らされた森の木々。

その中に浮かび上がるように、動く何かが見えた。


 いた。


 そいつは、完全に腐った肉辺がこびりついた骸骨。その骸骨が、弓矢を手にこちらにゆっくりと歩いてくるのが見える。

スケルトンってやつか……ゲームで見たことがある。

いわゆるアンデットモンスターだ。


ヒルダ、南西に俺を向けろ!


「はいっ」


ヒルダは指示通りに俺をスケルトンに向けた。


「ファイアーボール!」


 俺から放たれた炎は、スケルトンを炎に包んだ。乾燥した骨はよく燃える。それでも、燃え残った頭蓋骨の顎だけが、最後までカタカタと鳴り続けていた。

それは、まるで笑うように、鳴り続ける。


次の瞬間。


ザワザワザワっと森がざわめいた。


!!

なんだろう……本能的に何か悪いものが近づいてくるような感覚がオレを襲う。


「ハガネさん……」


その予感は、ヒルダも感じているようだ。


こいつは斥候か……見つかったんだ。


直感的にそう思った。

 

ヒルダ、急ごう。


オレ達は、先を急いだ。

だが、すぐにざわめく森の奥から、数十人規模の人影が現れた。

それが死体の群れだということは、すぐにわかった。

さっきの奴とは違い、こいつらには肉がついている。

いわゆる、ゾンビという奴らだ。


 さらに見えてないゾンビも多数いるようだ。

森中から、ゾンビの咆哮、うめき声が響いてくる。

確認はできないが、尋常な数じゃない。どう考えても戦うのは、得策じゃないだろう。

この暗い森の中では、数体を倒している間に、囲まれてしまうのは間違いなかったからだ。


 俺たちはとにかく北に向かった。

森さえ出れば、なんとかなると信じて。

目の前に現れたゾンビだけ確実に燃やし走った。

 だが、ヒルダの体力が限界に近づいてきた。


「はぁはぁはぁ」


 徐々に息づかいが激しくなる。

休ませてやりたいが、ゾンビのうめき声はどんどん近くなっているように聞こえる。

休んでいる暇などなかった。


ヒルダ、走れるか?


「はい……」


 やはり無理をしていたようだ。

最悪な事態っていうのは、連鎖するものだ。

闇の中、ヒルダは木々の根につまづき、転倒してしまった。

運の悪いことに、そこにニ体のゾンビが現れたのだ。


「炎の祖にして赤き神アグニよ! 万物に流れるマナを炎の力に代え、堅固、堅牢、絶対不可侵なる障壁と化せ! ファイアーウォール」


地面から吹き出した炎は壁のようにゾンビの前に立ちはだかった。

これで、しばらくは背後からゾンビが現れることは無い。


 ヒルダ、立てるか?


「はい!」


 ヒルダはゆっくりと立ち上がったが、歩くにも、足を引きずるようで、やはり痛みが酷そうだ。

 問題は、俺にもある。

俺は炎属性の魔法を自在に使える魔法石として転生させられたものの、炎属性には、治癒魔法が無いのだ。

マナが尽きぬ限り、戦うことはできるだろう。

だが、ヒルダは……正直守りきれる自信は無い。


「ハガネさん、すみません」


あっ……ごめん。

思ったことは、そのまま伝わってしまうのだった……。


 ヒルダは足を引きずりながらも、必死に北に向かった。

だが、この森は、そう易々と俺たちを見逃してはくれないようだった。


今度は前から三体、左右からニ体ずつのゾンビが現れたのだ。


 くっ……ファイアーウォールで複数体を巻き込んだとしても、退路を限定するだけだ……ファイアーボールで、この数をしとめるのは時間が足りないだろう。

くそ、ちゃんと魔法の勉強しとけばよかった。


「ハガネさん、ちゃんと勉強してなかったんですか?」


すみません。


「ごめんなさいを言うのは私です。ここまで、守ってもらって、ありがとうございました……もしもの時は、おばあちゃんみたいに……私を燃やしてください」


 だめだ! 諦めたら、そこで試合終了だぞ……。

昔のバスケマンガに書いてあった決め台詞を言ってみても、事態は一向によくはならない。

気付けば、もう周りはゾンビに囲まれ、逃げ場は無さそうだ……。

ヒルダの怪我をした足では、もう……。

バアさん……約束守れなくて……ごめん。

ヒルダが、ギュっと、俺を……アミュレットを掴む。

彼女も覚悟を決めたのか……こうなったら俺の持つマナを全て解放して、こいつらもろとも木っ端みじんに吹き飛んでやる!


「はい……ハガネさん。お願いします」


また聞こえちまった……ごめんな。

でも、俺も覚悟を決めた!


「炎の祖にして赤き神アグニよ……」

最後の詠唱を始めた次の瞬間だった。


「放てっ!」


どこからか女性の声が聞こえた。

次の瞬間、近づいてきた一体のゾンビの頭が吹き飛んだ。

ドドドっと、矢が周囲のゾンビやスケルトンに突き刺さる。


 助けがきたのか?


「え?」


 ヒルダが顔を上げる。

危ないから、まだ頭を上げない方がいい。

きっと、助けに来た人も、この暗闇の中じゃ、生存者がいることに気づいてないはずだ。


「はいっ」


ヒルダは素直に頭を伏せる。

いい子だ。

と、目の前に矢を受けながらも一体のゾンビが近づいてくる。

が、ヒルダに握りしめられていたため、魔法が放てない。


 ヒルダ! 俺を目の前に掲げろ。


「は、はい!」


うぉっ!? この一瞬の隙の間でゾンビは眼前まで近づいていた。

ヤバい! ここで魔法詠唱したら、一緒に燃えちまう!


が、その時、ゾンビの眉間にドスっと短剣が突き刺さった。


「鍛冶長~ここに、生存者がいますよ」


その声と共に、たいまつの火が近づいてくる。


「あ、あの……」


 戸惑うヒルダの前に現れたのは、革鎧に身を包んだ目つきの悪い女だった。

女は、ヒルダを見やると、


「心配するな、もうこの辺に、もうアンデットはいない」


 すると、そこにもう一人の声がする。

「フリッグ、生存者ってのは、そこにいるのかい?」

「はいっ」


 すると、そこにフリッグと呼ばれた目つきの悪い女性の元に、もう一人の女性が現れた。

それは左腕に革製のアームガードをした熟年女性だった。

どうやら、彼女が鍛冶長と呼ばれた人物のようだ。


「お前、名前は?」


 鍛冶長はヒルダに名前を問うた。


「ヒルダ……ブリュンヒルデです」

「!?」


 鍛冶長は、一瞬驚いたような表情を浮かべ、ヒルダの顔をジッと見つめていた。

フリッグは、そんな鍛冶長を見つめていた。

長い沈黙を破ったのはヒルダだった。


「あの……ウチ、ゼーヴァルト村へ行きたいんですけ……」


 我に返ったように、鍛冶長は言った。

「ここはもう、そのゼーヴァルト村だよ」


よく見ると、森の木々の向こうに、明かりが点々と見えている。

いつの間にか、ゼーヴァルト村の直近まで来ていたようだ。


「よかった……ついたんだ……ゼーヴァルト村」


 そう言うと、ヒルダは意識を失い、その場で膝から崩れるように倒れた。

鍛冶長は、ヒルダの身体を受け止めると、アームガードの無い右肩に抱えると、そのままゼーヴァルト村の明かりへと歩いて行った。

 明かりがついていたのは、村を囲む、木製の城壁に掲げられたたいまつの明かりだった。

婆さんの言っていた、ゼーヴァルト村……。

ここが、ヒルダの新たな生活の場となるのだろうか……先行きは、漆黒の闇に包まれた森のように見えなかった。


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