第一章 【旅立ち】第二節
季節は巡り冬となっていた。
オレがアミュレットとなってから半年。ババアは見るからに衰えて、今では一人では立てないほどに衰弱していた。
家事やババアの世話まで、幼いヒルダが文句ひとつ言わずに一人でやっていた。
そんな健気なヒルダに切なさも感じるが、石っころとなった、この身体では何をしてやることもできなかった……。
そんなある日、ついにその日が来た。
だがそれは、オレが思っていたものとは、だいぶ違っていた。
「ヒルダ……お前との暮らしも、これまでじゃ……」
「おばあちゃん、そんなこと言わないで……」
「自分の寿命は自分でわかるものじゃ……もう、間もなく……ワシのマナも尽きる……」
「おばあちゃん……」
「ヒルダ……ハガネと話がしたい。すこし席を外してくれぬか? 旅立ちの準備をしていなさい」
「うん……」
ヒルダは、部屋を出ていった。
まだ子供なのに……たった一人の肉親が死ぬところを見るなんて……辛い。
「ハガネ……すまんな……」
急に、謝られても……。死んだ俺が、石ころとは言え、こうして意識を持っていられるのは、婆さんのおかげだ。
「ワシが死ねば……この辺りに張った結界が消える……さすれば魔物がヒルダを狙い現れる……頼む。ヒルダを守っておくれ……」
魔物がヒルダを狙って現れる?
え? それって……どういうこと?
「まだヌシには、話しておらなんだな……ヒルダには……解けぬ呪いがかけられておるのじゃ……死の呪いじゃ……その呪いのある限り……魔物にとって、ヒルダは闇の中に灯る、たいまつのようなものじゃ……」
ちょっ! まっ……魔物!? 呪い!? 何それ!?
「ハガネ……最後に一つだけ頼みがある……」
えぇ……これ以上、何をしろと……。
「この家ごと……ワシを燃やすのじゃ」
はぁぁぁぁぁぁ!?
「ワシは最後の力で結界を崩壊させる。そうなれば、しばらくは魔物の目を眩ますことができるじゃろう……その間に……ヌシたちは、以前話しておったゼーヴァルト村へ向かうのじゃ……時間がない……頼む」
ちょっと……なんで、婆さんを燃やすんだよ?
「燃やさねば、死んだワシの躯は魔物の餌になるだけじゃ……奴らに喰われれば、ワシ自身も魔物となろう……よいか? 魔物と化したワシの躯をヒルダの前にさらすわけにはいかぬ」
そうか……婆さんは、もう覚悟してるんだな……俺も覚悟を決めなくちゃ……。
わかったよ婆さん。言うとおりにする。
「無理は承知じゃ……でも、もはやヌシしかヒルダを守れぬ……頼んだぞ」
任せろ!
とは、言ってみたものの、正直、それが果たせるか自信は無い。
「正直な部分も聞こえておるぞ……」
あ、ごめんなさい。
頑張ります。
とにかく、俺は覚悟を決めた。
旅立ちの荷物をまとめたヒルダの首にかけらた俺は、ヒルダに、婆さんの覚悟を話した。
そして、ヒルダは家の前に立った。
ヒルダ、覚悟はいい?
「はい……」
オレは婆さんに教わった、呪文を詠唱した。
「炎の祖にして赤き神アグニよ! 火流の眷属の力を持ちて、全てを灰塵と化せ! ファイアーボール」
そう言うと、オレ自身から炎の塊が放たれ婆さんの残った家に火をつける。
木と藁で作られた粗末な小屋は、あっという間に炎に包まれていく。
「おばあちゃんっ!」
家の中から、婆さんの声が響く。
「もうお行き! 時間は無いよ!」
婆さんの覚悟は決まっている。
命を懸けてヒルダを守ろうとしているのだ。
ヒルダ。行こう、婆さんの思いを無駄にするな。
「……はい」
泣きじゃくるヒルダは、ゆっくりと振り向き、暗い森の中を歩き出した。
そして、二度と振り向くことなく、まっすぐに歩いて行った。