ムサシの総力
「血の気が多いですねぇ。もし断った場合は始末していいと言われているので、勘違いなきようお願いしますね。では、次で最後です。僕らと共に来てください」
水流は抑揚のない声で告げ、逆手に持った剣を蒼の喉元へ。黒賀はガトリングを蒼へ向けたまま。織部は蒼の頭上に鉄球をホバリングさせる。
ここで断れば確実に命はない。蒼の脳裏に愛しき人たちの顔が蘇る。
ここで死ねば、美佐代へ親不孝をしてしまうことになる。
ここで死ねば、師匠から受け継いだ技術が失われてしまう。
ここで死ねば、五班の仲間たちの勇姿を語り継げなくなる。
ここで死ねば――全てが終わりだ。
蒼は顔を悔しげに歪めながらも、意を決して叫んだ。
「――お前らに屈することは、死んだことと同じだ!」
一瞬の静寂。
水流は目を見開き表情を消す。無慈悲にも蒼の首を刎ねようと刃が動き出した。
蒼の首が飛ぶ。その刹那、蒼は水流の手首を掴んだ。刃は蒼の首の皮一枚を裂いただけで止まり、それ以上進まない。
「っ!? なんて握力だ!」
「水流! 早くおどきなさい!」
蒼は水流の手を離さない。それが狙いだった。彼と密着している限り黒賀も織部も手を出せないと踏んだのだ。
しかし水流は不敵に笑う。
「僕を甘く見ないでください」
突如、阿修羅の右バーニアが噴射を始め水流が回転を始める。
「ぐっ」
蒼はその遠心力に耐え切れず、思わず手を離してしまい――
「今度こそゲームオーバーです」
「っ!」
水流が後ろへ跳び退き、ガトリングの照準が再び蒼へ合わせられる。上空には鉄球があり跳べず、地上は阿修羅と大蛇に支配されている。今度こそ絶体絶命だ。
「それでは、サヨナラ」
――バシュゥゥゥゥゥンッ!
ガトリングが放たれる刹那、黒賀の後方上空から一つの人影が飛来した。
「んなっ!?」
黒賀は攻撃を諦め即座に後退し、その一撃を避ける。しかし男は止まらず、蒼と水流の間に割って入るように着地した。男は着地と同時に厳かに呟く。
「……撃て」
同時に複数の銃声が鳴り響く。
「ちっ!」
「なんだい!?」
黒賀はその場から離れ、織部は鉄球を寄せ銃弾を防ぐ。
「一体何者ですか? あなたは」
ここにきて初めて不快そうに眉をしかめた水流。彼はその場から動かず、目の前に降り立った男を睨みつけている。
男はゆっくりと立ち上がり、手に持っていた日本刀を肩に乗せ告げた。
「特別対策グループ飛鳥・主任『内村悠哉』だ」
「飛鳥ですって!? ちぃっ!」
水流は目を見開いた直後、無造作にバーニアを噴射し悠哉へ肉薄した。
「総員、新型を撃破せよ。壊しても構わん」
悠哉はインカムで部下たちへ指示を出しつつ、日本刀を振るう。
「なぜ、飛鳥がここに!?」
「なぜ? そんなこと決まっているだろう。飛鳥がムサシの総力だからだ!」
水流は普段の何倍ものスピードへ剣を振るう。その表情に余裕はない。悠哉が全ての太刀筋を難なく受け流しているからだ。
水流が体勢を立て直そうとブーツの噴射で後退する。悠哉は間髪入れず追撃しようと踏み込むが、水流の首下と腹にある二本の隠しアームが悠哉の左から迫った。
しかし、
「バカな……」
悠哉は刀を即座に左へ立て防いでいた。それで終わりではない。すぐさまバーニアを噴射し、さらに加速する寸前、右足を捻りブーツの後方噴射を足すことで、瞬間的に稲妻の如き速度へ達した。
「この至近距離で加速噴射だと!?」
水流が慌てて二刀を振るうが、悠哉は既に後ろに立っていた。
「遅いんだよ」
悠哉がそう呟くと、水流は吐血し音もなく崩れ落ちた。
悠哉はたわいもないとでも言うように日本刀を腰の鞘へ納める。鞘はバーニアに連結されており、その鬼穿は指揮官用のもの。
「す、凄い……」
圧倒的だった。
これが飛鳥。ムサシの総力とまで言われる本部最高戦力。
蒼はただただ圧倒されるしかなかった。
一方、黒賀は狂ったように笑いながらガトリングを連射していた。
「おらおらぁ!」
――ドドドドドドドドドドドドドッ!
野太くけたたましい銃声が響くが、飛鳥の戦闘員たちには掠りもしない。彼ら飛鳥の使う鬼穿は全てが指揮官用と同等の性能を持つバーニアだった。今、黒賀を囲んでいるのは熟練の手練れが二人と最年少の清河だ。
彼らは冷静に攻撃を避けながら、無駄のない動きで飛び回っている。
「今だ清河!」
「了解!」
徐々に二人から距離をとっていた清河が急降下する。
「なんだぁ? 逃がさねぇぞ!」
清河を追いかけガトリングを掃射する黒賀だが、命中する前に清河は川へ飛び込んだ。
「なに? あいつはバカか」
目を丸くしている黒賀だったが上空から銃声が響き、バーニアを前面噴射し後退。銃口を残る二人へ向けた。
二人は大きく散開し、瞬発噴射と対地噴射を駆使して銃撃戦を演じる。
「はっ! 機動力も火力も劣るお前らじゃあ俺に勝てねぇよ!」
遂にガトリングが飛鳥の一人を捉え、そのバーニアへ命中させた。
「ちぃっ!」
「葉鳥ぃ!」
叫んだ戦闘員は、コントロールを失い墜落していく味方を狙い撃ちされないよう、黒賀へ突貫をしかける。
「あぁ?」
――ドドドドドドドドドドッ!
しかし手も足も出せないまま後退を余儀なくされた。
「ダメか!?」
「おらおら! てめぇからハチの巣だ!」
背を向けまっすぐ逃げる戦闘員を追い、黒賀もまっすぐ加速した。
そしてガトリングの照準を戦闘員の背に合わせた、次の瞬間――
――ダダダダダダダダダンッ!
「ぐっ、がはぁっ!」
黒賀の通りかかった路地の影から無数の弾丸が襲い掛かった。黒賀は鬼穿のコントロールを失い、血をまき散らしながら目の前の電柱へ激突する。
「……く、くそがぁっ!」
額から血を流した黒賀は、憤怒に顔を歪め頭上へ叫ぶ。その視線の先には、ホバリングする二人の飛鳥戦闘員の姿があった。一人は後退していたはずの男、もう一人は川へ落ちたはずの清河だった。
「てめぇかぁぁぁ!」
黒賀がガトリングを上へ向けようとするも、彼らの銃撃の方が速かった――
『うわあぁぁぁぁぁっ!』
「黒賀!? おいどうしたんだい!? 応答しな!」
織部がインカムへ必死の形相で呼びかけるが、返ってくるのは沈黙のみ。
「ふざけんじゃないよ」
織部は額に青筋を浮かべ、鉄球を振り回す。飛鳥の戦闘員三人は鉄球と織部から十分な距離をとり、飛び回っていた。
「いいか? 無理をして近づこうとするな。長期戦になるほどこちらが有利になる」
「「了解!」」
「あんたらそれでも男かい。小賢しいんだよ」
戦いは硬直していた。織部の攻撃が当たらない以上、飛鳥側に被害はなく飛鳥の銃撃も織部は難なく避け続ける。
――ダダダダダ! ダダダダダ!
そして、黒賀と戦っていた戦闘員たちも加わり、織部は周囲を囲まれていた。逃げ場がない。
「ちぃ!」
織部は悔しさに顔を歪め、鉄球を振り回し周囲の建物を手あたり次第に破壊していく。
ただの苦し紛れに見えたが――
「なに!? 彼女はどこだ!?」
織部の周辺は瓦礫と砂塵が舞い上がり、その姿を覆い隠していた。
「仕方ない。ここは退くとするよ」
粉塵の中、織部は退路とは逆方向へ鉄球を放つ。破壊音に飛鳥を引き付けるためだ。そして逃げようと踵を返したそのとき、
「さすがは突破力の鬼童か」
落ち着いた声に反応し再び前方を振り向くと、悠哉が佇んでいた。
「わざわざ殺されるために来たのかい? お姉さん張り切っちゃうよぉ!」
織部は鉄球をバック噴射し、悠哉の背後から急速に引き戻す。悠哉は左右に避けることはせず、バーニア全開でまっすぐ織部へ向かった。
「なんだい? あんたそんなに死にたいのかい!」
織部は腰からムチをとり悠哉が間合いに入った瞬間、彼の刀を絡めとる。武器を失った悠哉はしかし、冷静に対地噴射へ切り替えた。そして飛び上がる直前、
――シュッ!
白い閃光が走った。
「っ!」
悠哉の放ったナイフは、操作器を持つ織部の手の甲へ刺さり、その手から操作器を落とさせる。
悠哉は真上に飛び間一髪で背後から迫る鉄球から逃れた。
しかし、織部は鉄球から逃れることはできず、操作器を拾う暇もなく――
「ぐぎゃっ」
鮮血の華を咲かせたのだった。




