宣戦布告
山梨の街『即鉄』にある飛鳥の事務室。萱野、悠哉、数人の戦闘員がデスクワークを行っていた。今いない清悟は出張、他の戦闘員たちは各部署との連携など教団殲滅へ向け準備をしている。
「これはまずいですね」
通行スペースを挟んで課長席の手前に座る悠哉が椅子に背もたれ呟いた。彼の手元にあったのは、各地の教徒に関する動向だ。
パソコンに向かっていた萱野は顔をディスプレイの横から出した。彼は課長として窓際のG長席の横に座っている。
「ああ。助けられた教徒たちはいいが、獣鬼に襲われた者たちは獣鬼となり、大勢で近隣の街へ襲い掛かっている。教団のせいで獣鬼たちの勢いがさらに増しているな」
「ええ。小さな町を含めるともう十ヵ所近くが壊滅しています」
「新潟へ攻め入る準備をしている二週間の間にこれではシャレにならん。まさか郷田の影響力がここまでであったなど、誰も予想だにしてなかった」
萱野がため息を吐いて椅子の背もたれに深くもたれる。悠哉も眉をしかめて小さく唸っていると、相談のために悠哉の横まで歩いてきた若手が口を挟む。最年少の清河だ。上司同士の会話に口を挟むなど、穏やかな性格のわりに度胸がある。
「そもそも郷田って男は一体何者なんでしょうか?」
「彼についてはこれまで散々調べてきたが、あまり有益な情報が掴めていないさ。以前は北海道の神職についていたようだが、生物災害で北海道が壊滅したとき、郷田も死んだはずだった。なんせ数年間の目撃情報がないからな。しかしあるとき突然本州に現れ、鬼敬教なんてものを広め始めた。彼が完全に狂っているのか、それとも行方不明の間にどこかでオニノトキシンの秘密を掴んだのか……定かでない」
「なぜ今まで郷田を捕まえられなかったんでしょうね? そんな怪しい人物ならムサシは放置しないでしょうに」
「もちろん何度も捕縛を試みたさ。けど、奴はいつも追手の先を読んで逃げてしまう。なぜかは分からんが、奴は常にこちらの手の内を把握しているようだ。内通者がいないか探してもいるが、一向に尻尾が掴めない」
「そんな……まさか今回、新型鬼穿を強奪したのも」
「そうだ。自分の居場所がほぼ特定されていて、包囲網が完成寸前だから先手を打ったってことだろう」
「手の内を読めない獣鬼に、手の内を読んでくる教団ですか……これじゃあ人類がピンチなわけですよ」
清河は肩を落とし悲壮感を漂わせながら席へ戻った。どうやら相談はもう必要ないようだ。
「……」
悠哉の表情は険しく、手元の資料に視線を落としてはいるものの目は全く動いていなかった。その手が小刻みに震えている。
(今、清河はなんて言った? 獣鬼と教団がなんだって?)
悠哉の中でなにかが繋がりそうだった。思えば、獣鬼もこちらの手を読んだ『待ち伏せ』をしたという報告もある。教団に関しては全く手の内を読めていない。つまり、もしどちらも同じ方法で人間を欺いているのだとしたら……その先に繋がるのは――
――キィィィィィイィィィィィン
そのとき、事務所中にハウリングのような甲高い不快音が響いた。
「なんだ? 全域放送だと!?」
萱野が驚愕に叫び勢いよく立ち上がる。他の社員たちも困惑しざわついていた。
「これは一体……」
悠哉は先ほどまでの思考を中断し呟く。尋常ではない胸騒ぎがするのだ。そして、悠哉の不安に応えるように男の声が響き渡った。低く優しい声色だがしかし力強い、不思議な声が。
『日本に住まう皆さま、突然の非礼をお許し願いたい。私は鬼敬教の教祖、郷田敦彦と申します。今回は人類の危機を悟り、より多くの人々に真実を伝えようとした次第。これより話すのは、私が人間を愛し救いたい一心でのことであると、ご承知おきくだされ』
飛鳥やよそのグループも皆、声を荒げ立ち上がっていた。
「バカな!? 教祖だと? 一体なにがどうなってるんだ」
「電波ジャックってやつか……まさかこのご時世にそんなことをするやつがいるなんて」
「放送局が乗っ取られたのか? それに、日本に住まう皆さまってことは他の拠点も……」
混乱で事務室が騒がしくなる中、放送は途切れず続いた。
『まずは、現状について話そう。皆もご存知のとおり日本、そして世界は全滅の危機に瀕している。それはなぜか? 獣鬼のせい? 違う。戦う人間が不足している? 違う。より高度な兵器が必要だから? 違う。断じて否! その理由は、人が愚かで罪深い生き物だからだ!』
「なに?」
悠哉が眉間にしわを寄せ忌々しそうに呟いた。この男が一体なにを言っているか理解できない。そして、そんなことを一般市民へ伝えることに一体なんの意味があるというのか。
『人類は十数年前まで高度な技術を数多く有していた。しかし、我々はそれらをコントロールできていなかった。誰もがそんな当たり前の事実に気付かないふりをし、もっと、もっとと、次から次へと新たな技術を開発する。その末路がどうなるか、少し考えれば分かるだろう。いずれ、地球のあらゆる資源を使い果たし、ここを死の星へと変えてしまうということだ。そこで、それに危機感を抱いた『神』がオニノトキシンを地上へ与え、人類の叡知をお試しになった。もしこれを人類全体が力をあわせ、御することができたのであれば、結果は違ったであろう。しかし人類は国家間で協力することもなく、人類の脅威を一般市民へ公表もせず、こそこそと小さな問題の一つとして片付けようとした。その結果がこれだ。世界規模での生物災害が起き、今このときを迎えている。今こそ審判のときなのだ! 自分たちがあたかも地球の支配者であるかのように、資源を無駄に使い、自分だけが良ければと、好き勝手に生きてきた人間への報いと知りなさい』
悠哉はただただ圧倒された。郷田の話には一定の説得力があり、その自信に満ちた声には不思議と疑念を抱けない。今ならば教徒たちが教団へ加入する気持ちが分からなくはない。周囲の戦闘員たちも静まり返り、一心に聞き入っているのだから。
なんとか冷静でいられるのは悠哉と、
「くっ、役所はなにをやっているんだ――萱野だ。もう役所など待ってられん。近くにいるムサシ社員を放送局へ急行させろ!」
萱野は血走った目で受話器へ怒鳴っている。恐らく力づくで放送を阻止するつもりなのだ。もう、手遅れである可能性は否めないが……
『争うことに意味はない。真にすべきは、この生きること限られた世界にあっても、文明の衰退した今であっても、人としての幸せを得ることではなかろうか。我々は高度な技術などがなくても、幸せになれると証明しなければならない。そのためには、獣鬼の恐ろしさを吹聴して恐怖心を煽り、一般市民を戦場へ駆り立てるムサシに抗わなければならないのだ!』
「まずい……」
悠哉が立ち上がり焦慮の表情を浮かべるが、成すすべなく――
『醜くも生きようと、神の使いたる獣鬼を討とうとする者たちよ。己の罪深さを知れ。そして、今一度現実を見よ。そなたらの抵抗など大いなる意志の前になんの意味もなさないのだ。その証拠に、どれだけ戦おうとも人類は追いつめられている。また、獣鬼は次から次へと進化を遂げていると聞く。それこそが彼らの怒りなのだ。無知蒙昧たる者たちよ、そなたらは火に油を注いでいるに過ぎない。故に、逆賊こそ鬼を狩る者たち。正しきは我ら。私の愛する敬虔なる教徒たちよ、惑わされるな、屈するな。今こそくだらない争いから解き放たれ、余生を愛する者たちと、幸せに過ごそうではないか。そして、唯一の救いである鬼化を心穏やかに待つのだぁっ!』
それを最後に放送は途切れた。
飛鳥のメンバーたちは皆、一様に唖然としている。もうこの時点でムサシは教団に大敗を喫しているのではなかろうか。
萱野はいつになく険しい表情で突っ立っている部下たちを見た。
「郷田は、こうやって教徒たちを先導してきたのか。これは奴らの……いや、郷田の宣戦布告だ。もう一刻の猶予もない」
この演説を受け他拠点はすぐに動き出した。一刻も早く郷田を捕らえるために。各地にいた教徒たちは勢いを増し、ムサシでは手に負えなくなった。さらにムサシから逃げる者たちまで出てきた始末だ。
ムサシ本部は翌日の正午、あらゆる戦力を以って新潟の審脳へ侵攻することを周辺拠点へ通達した。入念な準備を無に帰し、飛鳥の援護も期待できずとも。たとえ、それが明らかな罠だと分かっていても。




