教団の影響力
それからも保護される教徒たちは増え続け、助けられずに鬼化した者たちもいる。市長らが上手く説得し、教団を脱退した者には仕事が与えられた。その内容は、食品生産や配送業、ムサシの事務員から整備作業。人によっては戦闘員として武器をとるものまでいる。ムサシの仕事を手伝っている者は協力員と呼ばれ、制服はムサシの灰色基調のものではなく、淡緑色を基調としたものだった。
「協力員が結構増えてきましたね」
蒼が声のトーンを落とす。蒼とアンドレは長野支社ビル近傍にある飲食店で昼食をとったところだ。既に空の皿はテーブルから下げられ、時間の余裕を見て雑談している。
「ああ。一番立場が強いし給料も悪くないからって、上が上手く誘導しているんだろうな。こっちは人手不足で大助かりだが、アイツらがあの制服で戦場に立っているところを見ると、揺らいじまうよなぁ。これが俺の守ろうとしてる国なのかって……」
「同感です。俺は決して、彼らを戦わせるために助けたんじゃない……」
蒼は拳を握りしめ奥歯を強く噛みしめる。葛藤しているのだ。自分が獣鬼から助け出した人たちが上手く誘導され、戦場へ赴くことに。素人が少しの訓練をしたところで獣鬼を相手にしたら高確率で死ぬ。しかしどうしても人手が足りないという現実もある。蒼は言いようのない不快感を抱えていた。
「だから、さっさと教祖をとっ捕まえちまおうぜ」
アンドレはそう言うと領収書をとって立ち上がる。蒼は深く頷くと立ち上がった。レジカウンターの前に立ってサイフを取り出したアンドレを手で制する。
「今日は俺が払いますよ。いつも奢ってもらってるので」
「おっ? いいのか? じゃあお言葉に甘えて」
アンドレはニカッと歯を出して笑うと後ろへ下がった。蒼がカウンターの前に立って表示されている金額をサイフから探していると、目の前で小さな声が上がった。
「あ、あなたはっ!」
蒼が視線を上げ店員を見ると、蒼と同年代か年下ぐらいの少女が口元を両手で押さえていた。少女は黒髪ショートボブにあどけない顔立ちで、可愛らしく頬を朱に染めている。
「ん? どこかで会ったことありますか?」
蒼はキョトンと首を傾げる。目の前の少女に見覚えがなく、その反応に戸惑った。彼女はすぐ我に返ると、手をわたわたと慌てて振った。
「ご、ごめんなさい急に。私、以前あなたに助けて頂いたんです。母に連れられて新潟へ行く途中で獣鬼に襲われて、それで……あのときは本当にありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる。蒼はすぐに理解した。先日、獣鬼たちから救い出した教徒の中の一人だと。
蒼は少し微笑ましい気持ちになりながら、取り出した金をキャッシュトレーに置いた。
「いや、当然のことをしたまでですよ――それより……」
蒼は頬を引きつらせながら横目で後ろを見る。そこには会計待ちの列ができていた。少女は顔を真っ青にして急いで会計手続きを済ませる。
蒼は「ご馳走さまでした」と言って外へ足を向けると再び声を掛けられた。
「あ、あのっ、お兄さん!」
「ん?」
「お、お仕事頑張ってください!」
蒼は真っ赤になって叫んだ女の子に「ありがとう」と微笑むと店から出る。待ち構えていたのは眉をピクピクと引きつらせ憤然と腕を組むアンドレだった。彼は急に地団太を踏んで叫び出す。
「蒼! なんでお前ばっかり!」
「ど、どうしたんですかアンドレさん」
「お前、最近鈴宮とも仲良いくせに、あんな可愛い女の子に惚れられてよ、ふざっけんなよっ!」
「い、いや鈴宮さんは俺を弟みたいだって言ってくれてるだけですし、さっきの女の子だってただ感謝の気持ちを伝えようとしていただけですって。別にアンドレさんの羨むことなんてないですよ」
「なんだよお前! どこのラノベ主人公だよ! お前みたいな優柔不断な奴がいるから、俺の嫁たちが泣くんだ!」
「は、はい?」
蒼は困惑した。何一つ言っている意味が分からない。そもそも、作品に不満があるなら作者に言うしかない。アンドレはぶすっと不機嫌顔で背を向けると、
「あぁ~あ、鈴宮にチクってやろ~っと」
ますます理解に苦しんだ蒼は、いつものアンドレの戯れ言だろうと捨て置いたが、後日鈴宮が不機嫌になったことは蒼の気のせいではない。




