語り継がれる勇姿
そこは誰も住んでいないはずの空き家。二階建ての民家で、以前は複数の技術課員が住んでいたが全員帰らぬ人となった。
まともに電気も点かない二階で、壁にもたれかかり携帯を耳に当てている男の影があった。その声は淡々として低く、落ち着いていた。
「――ああ、それは他の奴がやる手筈だ。それよりも、本当に上手くいくのか? すまん、立ち入ったことを聞いてしまったな。忘れてくれ」
男はため息をつく。
「俺は教徒なんかじゃないさ。獣鬼なんぞを敬うなんて狂ってるとしか思えない。それに人間同士で戦うなんて本当にくだらい。だから早く――ん? すまん、後で折り返す」
男は携帯をズボンへ仕舞うと、しゃがんで窓際へと寄った。カーテンがなく、今夜は月が出ているため、この男の長身では外から姿を見られる恐れがあるのだ。
彼がじっと耳を済ませていると――
「……くそっ! くそぉ……」
無念に唸る少年の声が聞こえた。男は人知れず深いため息を吐くと、空き家をあとにする。
ーーーーーーーーーー
民家と民家の間にある路地裏で蒼は苛立ちを声に変えていた。
「くそっ! くそぉぉぉ!」
拳を横へ振り壁を思いきり叩く。周囲に住んでいる人はいないと聞いていた蒼は、暗闇の中で力の限り叫んだ。
「なんで……なんでなんだ!? なんでいつも、俺の周りの人たちが先に死んでいくんだ!」
「――それは、お前が強いからだよ」
「っ!?」
急に答えが返って来たことに驚いた蒼は、慌てて声の主を見る。暗がりから現れた金髪の男は、いつものように涼しげな微笑みを浮かべ「やあ」と右手を挙げた。
「竜、道さん……どうしてここに……まさか、俺を追いかけて――」
「まあ落ち着けよ。とりあえず、こんな暗いところじゃなくてあっちで話そう」
蒼は険しい表情を崩さず、竜道のあとに続いた。
すぐ近くのスーパー跡の駐車場まで歩いていくと、竜道はそのど真ん中にあぐらを掻いて座り込み月を見上げた。蒼もその横に腰を下ろし膝を抱えた。
竜道は「綺麗なもんだな」と呟き目を細める。
「竜道さん、なぜあんなところにいたんですか?」
「ん? 散歩だよ散歩。別に蒼を探しきたとか、慰めに来たとか、そんなんじゃない」
「そういうの、やめてください」
蒼は下を向き頬を苦しげに歪める。竜道がなにも言わないで月を見上げていると、蒼は下を向いたまま語り始めた。
「俺、もう嫌なんです」
「それは、獣鬼と戦うことを言っているのか? 人に銃を向けること? それとも戦うこと自体が嫌なのか?」
「いいえ。俺の周りで、これ以上誰かに死んでほしくないんです。だから、俺のことなんて心配しないでほしいですし、フォローなんていりません。そんなことをしたせいで、もし誰かが死んだら俺……」
蒼は最後、肩と声を震わせ膝の間に顔をうずめた。これが新人なりの悩みだった。自分のせいで誰かが死ぬことが耐えられない。それなら自分が死んだ方がましだという危険な考えだ。
竜道は真剣な表情で頷くと再び月を見上げた。
「なるほどね……蒼、お前は優しすぎだ。だがその優しさは甘さであり、それがいつか人を殺す」
「……え?」
「誰かの代わりに自分が死ぬのもやむなしってことだろ? 自分が死んだあと、どれだけの戦力ダウンや精神的負荷があるか考えたか? それが仲間を危険にさらすんだぞ。俺はね、戦士にそこまでの優しさが必要とは思っちゃいない」
「そう、ですか……」
蒼の声が沈む。もうなにが正しいのかなんて分からない。竜道は強い意志を秘めた瞳を蒼へ向けた。
「優しさなんていらないし、どんな理由で戦ったっていい。俺は私利私欲で戦い、仲間のことなんて気にしちゃいない。リーダーになった今でもだ。ただ、全力で事に当たった結果、偶発的に誰かを助けた。それでいいじゃないか」
蒼は弾かれたように顔を上げ竜道の瞳を見た。その強い光は揺らがない。
(これが、この人の強さの正体)
蒼が竜道の瞳に魅入られたように固まっていると、竜道は目を瞑り頬を緩めた。
「ところで、世間話に付き合ってくれよ」
「は、はいっ?」
「この甲柴の街に、ある男がいたんだ。その男は技術課運用班のリーダーの一人でね、強さと優しさを兼ね備えた素晴らしい男だった。視野が広く常に部下を気遣い、抜群の戦闘センスで数々の武勲を上げている。上位職たちも彼の働きには圧倒される他なかったという。だが彼は死んだ。俺ですら手も足もでなかった阿修羅を相手に、対等に渡り合い僅かに力及ばず戦死。それでも、その戦い結果、彼の部下は全員が生き残った」
「そ、その人って……」
「ああ、ムサシ長野支部・技術課運用五班・元班長『湯芽林翼』だ。本当に惜しい男を失くしたよ」
竜道はしみじみと呟くと、それ以上なにも言わず立ち去った。
蒼は心の奥でじんわりと熱が広がっていくのを感じていた。竜道は仲間のことなどどうでもいいと口では言っていたが、湯芽林の教え『死んだ仲間の勇姿を語り継ぐ』をしっかりと果たしたのだ。
蒼は立ち上がると、まだ遠くに見える背中へ呟いた。
「あなたも十分優しいですよ……」




