大きすぎた被害
蒼は朦朧とする意識の中、今の状況も分からず立ち尽くしていた。先ほどの湯芽林の叫び声で、敵が撤退し始めたことは辛うじて認識していた。
「敵を……止め、なくちゃ……」
目は開いているものの、視界は真っ暗だ。
しばらくしてインカムから仲間たちの叫び声が響いた。
『翼!』
『湯芽林さん!』
仲間たちの必死に叫ぶ声。今の蒼には状況が分からない。それでも、彼らと共に湯芽林の元へ駆け付けなければならない気がしていた。
「行か、なくちゃ……」
しかし足が動かない。蒼もとうに限界を超えていた。ついに、蒼はその場へ崩れ落ち意識は奈落の底へ――
その後、新型強奪事件の全貌が判明した。
傭兵たちは高額報酬を条件に新型強奪の依頼を受けていたのだ。そのクライアントは鬼敬教の教祖『郷田敦彦』。ムサシが教団の排除を目論んでいることを機敏に察知し、先手を打ったものと考えられる。
彼は水面下で教徒たちを新潟へ集めており、新型鬼穿が到着するとすぐにムサシ新潟中央支部を壊滅させ、街を教団の支配下とした。それほどまでに新型鬼穿の性能が凄まじかったということ。その有用性をこのような形で証明するなど、誰も予想していなかっただろう。
ようやく人類は思い出す。獣鬼との戦いよりも、人間同士の戦いの方が遥かに激しく無意味で途方もない被害を出すのだと――
それから数日、戦いでの負傷で入院していた蒼だったが、驚異的な回復力によりもう動けるほどまでになっていた。病院に運ばれたときには、体中いたるところで骨が折れ内臓が破裂しており、酷い重傷だった。鬼童の操作者が言った通り、常人であれば死んでいるはずで一命を取り留めたのは奇跡のようなものだ。しかし、蒼は順調に回復し続けすぐに意識を取り戻した。
その日、蒼は昼間に病院を出て墓へ来ていた。郊外の平地にある霊園で数多くの墓石が並び多くの魂が眠る。蒼の住んでいた岐阜の街では遺体の埋葬によって獣鬼の襲撃を許したが、この下には遺品と骨が納められている。
蒼は、入口まで来て足を止めた。
「あれは……」
湯芽林の墓前に先客がいた。武装補修課の『高田』を始めとした整備士たちだ。湯芽林の墓前に膝をつき、顔を歪め嗚咽を漏らしている。墓には日本酒の一升瓶が供えられていた。
「お前なぁ、酔狂亭のおばちゃんが泣いてたぞ。世話になった人を悲しませちゃダメだろう」
「まったく、にぃちゃんの鬼穿を一番に整備してやろうと思ったのによ。そんで礼に奢ってもらう計画だったのに、パーになっちゃったじゃんか」
「このバカタレ。基本的なことも忘れちまったのか? 危険手当ってのは、生きて帰らなきゃもらえねぇんだよ……」
蒼は表情を曇らせ後ずさった。彼らに合わせる顔がなかった。すぐ近くにいたにも関わらず、湯芽林の最期を看取ることすら出来なかった蒼には、彼らにかける言葉などなかった。蒼は悲痛に顔を歪めると、彼らから、湯芽林の死から、目を背けた。
「……ごめん……なさい……」
そして、現実から逃げるように走り去った。




