リーダーの戦い
「へぇ、あの二人凄いですね。あなたの部下ですか?」
水流が穏やかな微笑を顔に貼りつけ倉庫の上から下の光景を見下ろす。彼の右側には湯芽林が佇んでおり、敵を前にして緊張感に欠ける行為だが水流には寸分の隙もなかった。
その視線の先では――鈴宮がガトリングの射線に追いかけられながらも、障害物を上手く使い華麗に回避していた。蒼は満身創痍という体でありながらも、鬼童を操る女を睨みつけその凄まじい気迫で動きを封じている。
「ああ。自慢の部下さ。ったく、後輩たちが頑張ってるってのに年長組はなにしてんだよ」
湯芽林は倒れた仲間たちを一瞥しため息を吐く。そして両手で握った剣を中段に引き、その切っ先を水流へ向けた。彼の鬼穿は指揮官仕様。両肩に剣が納められバーニアの出力と燃料量は通常のものより多い。それでも、鬼穿の性能では阿修羅に到底及ばない。
対する水流は突っ立ったままの姿勢で愉快そうに口の端を緩め、湯芽林を見た。彼の両手に握るは小太刀ほどの長さの双剣で逆手持ち。その柄にはバーニアを噴射させるボタンが突き出ている。腰のバーニアは大口径の噴射口が四つもある大型だ。その胸と腰の辺りにはそれぞれ、マニュピレータらしき細い腕が体を抱くようにして背中まで伸びていた。
「ふふっ、中には狸寝入りしてる人もいるみたいですよ?」
「……適当なこと、抜かすなよっ!」
瓦解寸前の倉庫の屋根上で幾多もの剣閃が宙を走る。
湯芽林の初手の一太刀は左の剣で受けられ右から反撃を受ける。しかし冷静に回避。水流はその勢いを利用して足を踏み込む。涼しい表情ながら、繰り出される連撃は無駄も隙も無い。湯芽林は暴風のように振るわれる刃を受けるので精一杯だった。
「そらそらっ」
「はぁっ!」
――キィィィンッ!
湯芽林は剣を水平に構え二刀を受け止めると、左肩の剣を抜きざまに振り下ろした。水流は即座にバックステップで回避。湯芽林は抜いた剣を再び納刀した。いつでも腰の銃を抜けるようにするためだ。今、阿修羅を相手にかろうじて均衡を保てているのは、彼のマシンガンが抑止力となっているが故だ。もし、阿修羅がその高機動を解放しようものなら即座に発砲し、飛ぶ前に決着をつける。水流もそれを悟り、無暗にバーニアを噴かしたりはできないのだ。
水流は余裕綽々といった様子で構えを解き笑った。
「ふふっ、見事なお手前ですね。さすがは精鋭の技術五班を率いる湯芽林さんだ」
「なに? 傭兵のお前がなぜ、そんなことを知っている?」
「それは秘密ですよ。僕ら傭兵は信用が第一なんでね」
「ちっ、まあいい。そこら辺も含めて拠点でじっくり問い質してやる」
湯芽林が勝ちを確信したように口の端を緩め、薄ら笑いを浮かべる。そのとき、水流はようやく気付いた。戦場を見回すと、負傷して倒れていたムサシの戦闘員たちの何人かが身を起していることに。
「ふぅん。何人か殺し損ねていましたか――織部さん、黒賀さん、どうやら潮時のようです。引きましょう。渡江さん!」
水流は真剣な表情で両手の剣を湯芽林へ向け、インカムで他の傭兵たちに指示を出す。そして四人目の名を呼んだと同時に、倉庫からけたたましいエンジン音を響かせなにかが飛び出した。
「なに!?」
それは軽トラックだった。敵はもう一人いたのだ。荷台を見るに鬼穿の消耗品や燃料が積んである。彼らは戦いながら逃走の準備を整えていたのだ。
黒賀は鈴宮を振り切って飛び上がり、真っ先にトラックの荷台へ降り立った。
「くっ! あれを逃がすな! なんとしても止めろぉ!」
湯芽林の叫びに応じてアンドレや他の戦闘員たちが接近するが、固定砲台と化したガトリングに迎撃され近づけない。銃撃しようにも鬼童の鉄球が襲い掛かり止められない。そうこうしているうちに織部もトラックへたどり着いた。
「残念ですが、ここで幕引きとしましょう」
水流が眉尻を下げ、寂しそうに微笑むとバーニアを噴射し始める。トラックに気をとられている今なら、湯芽林を振り切れると考えたのだろう。思惑通り、今から銃を抜いてもバーニアの加速に間に合わない。
しかし――
「――バカ、逃がすかよ!」
湯芽林も想定済みだった。彼は即座にブーツを噴射。その噴射口は後ろを向いていた。
「瞬発噴射!?」
ブーツの瞬発噴射で飛び出した湯芽林は、一瞬で水流へと距離を詰め、その頭上から剣を振り下ろした。水流は双剣を交差させ、上段で受け止める。奇襲が成功し形勢は逆転したはず、だった。両手で力の限り剣を押しつける湯芽林へ、水流は楽しそうに問いかける。
「――この鬼穿、なぜ阿修羅と呼ばれるかわかりますか?」
そう言って愉悦に満ちた笑みを浮かべる。その笑みは今まで一番歪んでいた。
湯芽林に戦慄が走る。
(なん、だ? この感じ……なにか来る!?)
彼は反射的に飛び退くが、その刹那――
湯芽林の真下で白い閃光が走った。
「――残念。回避、間に合いませんでしたね」
湯芽林が着地と同時に膝をガクンと落とす。驚愕に目を見開く彼の口から血が滴り落ちる。腹部はパックリと裂け、血が溢れ出していた。
「なん、だと……」
湯芽林を切り裂いたのは、阿修羅の腰に巻かれていた『隠しアーム』だった。その腕の先には剣が隠されていたのだ。
水流は、こうべを垂れた湯芽林を見下ろし愉快そうに笑う。
「それじゃあ、本当にサヨナラです」
彼はそう言って遥か前方を走っているトラックへと全速力で飛んで行った。




