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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第六章 新型の脅威
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気高き令嬢

 その日もアンドレから借りた小説を紙袋に詰め、蒼は社宅へと帰るところだった。辺りはもう薄暗くなり、一部の街路灯が点灯していた。帰り道の途中、長いこと整備されず風化した公園から出てきた人影とぶつかりそうになる。


「――っ! す、すみません。急いでいたもので」


 なんとかかわした蒼は、相手が無事なことを確認するとペコペコと頭を下げた。


「あら、伊黒くん?」


 蒼が顔を上げると目の前にいたのは鈴宮だった。薄暗くてすぐには気付けなかった。レースをあしらった白く上品なワンピースを着ている。


「す、鈴宮さん!?」


 蒼は顔を真っ青にし、紙袋をサッと背後に隠した。鈴宮は蒼の慌てた反応に怪訝そうな顔をする。


「なんか怪しいわね……まあいいわ。今から帰るところ?」


「そ、そうです。鈴宮さんも帰るんですか?」


「いいえ、私は星を見ていこうと思って」


 鈴宮は穏やかな表情で答えると透き通った瞳で空を見上げた。蒼は思い出す。彼女は非盤防衛の際も夜空を見上げていた。


「星がお好きなんですね」


「星が好きというよりは、蒼黒に輝く夜空が好きなのよ」


 空を見上げた鈴宮の横顔は美しかった。長く綺麗なプラチナブロンドの髪は神秘的に輝き、憂いを含んだ微笑は深層の令嬢のように儚げながら、その真っすぐな立ち姿は気品に溢れている。

 蒼は僅かに胸が高鳴った。アンドレの小説でラブコメを読んだ影響かもしれない。


「まだ星が出る時間じゃないわ。あなたが話し相手になってくれる?」


 鈴宮の流し目に無条件で頷きかけた蒼だが思い止まる。なぜなら、彼ら技術課はいつでも獣鬼の襲撃に対応できるようにと、夜は自宅待機している必要があるからだ。それは休日だろうと関係ない。


「しかし、自室で待機すべきかと……」


「大丈夫よ。湯芽林主任には私の携帯に直接かけるように伝えてあるから」


 鈴宮は特に問題ないといった反応だ。蒼は特に断る理由も見つからず鈴宮の提案で公園のベンチに腰を下ろした。そこだけが街路灯に照らされていた。


「この間の戦い、あなたを見直したわ」


「え?」


「非盤の防衛戦よ。真っ先に獣鬼へ斬りかかったあなたは随分強かったもの」


「で、でもあれは湯芽林さんの指示も受けず、勝手にやってしまったことで――」


「――別にいいじゃない。命令されても腰が抜けて動けない人もいる。獣鬼とぶつかっても、返り討ちにあう人もいる。でもあなたは何体もの獣鬼を倒し、生き残った。それにもし、あのときあなたが突撃していなくても、私がそうするつもりだったのよ」


「え?」


「でも先を越されたわね。それどころか、私よりも上手く鬼穿を使いこなして多くの獣鬼を倒した。正直、見惚れてすらいたわ……って、なに言ってるの私」


 鈴宮が言いすぎたと後悔するようにはにかむ。その普段は見せないギャップに蒼の胸はドキドキと脈動する。蒼は照れくさそうに頬を緩めながら呟いた。


「なんか嬉しいです」


「この間は説教じみたことを言ってしまったけど、もう大丈夫そうね」


 鈴宮が微笑むと蒼は頷いた。そして、あのとき聞けなかったことを今度こそ聞こうと、鈴宮の瞳を見つめる。その青く透き通った瞳を。


「鈴宮さんは、なんのために戦っているんですか?」


 彼女は以前、「守りたい人は死んだ」と言っていた。だがそれでも気丈に戦い続けているのには、深い理由があるはずだ。

 鈴宮は表情を消しゆっくり前を向いた。


「……私はね、自分で言うのもなんだけど裕福な家に生まれたのよ。父は大企業の社長で母は女優だったわ。五つ上の兄がいて、何不自由なく優雅に暮らしてた。けど十五年前、私が七歳のときに生物災害が起こった。それで父と兄は死に、母と私はなんとか安全な土地へ逃げたわ。でも今から十年前、母は病気で死んだ。悔しいったらなかったわよ。人類が強大な敵と戦ってその命を散らしているっていうのに、母を病気なんかで死なせることになるなんて。そして、無力な小娘は天涯孤独となったわけ」


「そんなことが……」


 蒼は自分のことのように胸を痛め、表情を曇らせ俯いた。


「そんな顔しないで、ここからが本題だから。母は死ぬ前に言ったの。『たとえ一人になっても、どんな状況になっても、気高く在りなさい。どんなに恐ろしい相手にも屈してはダメ。折れない心こそ、人が勝つための最大の武器だもの』ってね」


 鈴宮は強い眼光を携え立ち上がると、輝きだした夜空の星を見上げる。


「私はただ、屈したくないだけ。私が私であるために。あなたに大層な説教をしたけれど、私の戦う目的なんてこれだけよ。でも、自分の苦しみや目的を他人と比べる必要はないわ。自分がなんのために生きるのか、その理由さえ見失わなければそれでいいと思うの」


 星を見上げ微笑む立ち姿は、相変わらず美しかった。

 蒼はなにも言えず、ただ鈴宮の横に立って星を見上げる。

 二人は、ただなにも言わず穏やかに流れる時間に心を預けていた――


「――そういえば、伊黒じゃなくて蒼でいいです。あまり苗字は慣れていないので……」


「あ、あなたって意外と大胆なのね……それなら、私も千里でいいわ」


 後日、小説の紙袋を公園に置き忘れたことに気付いた蒼が探しに行ったが見つからず、アンドレは鈴宮からそれを手渡され、虫けらを見るような瞳で罵倒されたそうだ。

 蒼は申し訳ない気持ちで一杯だったが、アンドレはなにやら嬉しそうだったので良しとすることにした。需要と供給の一致だ。

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