胸騒ぎ
そこは山梨の南西にある街『即鉄』の中層ビル一階。
正方形に並べられたテーブルの椅子に座り、十五名のムサシ社員がミーティングを行っていた。彼らの所属は、生物災害対策本部・特別対策グループ『飛鳥』だ。災害以前から飛鳥で戦ってきた者や、各地の鬼穿運用班の中でも高戦績をおさめてきた者たちで構成されており、『ムサシの総力』などとも言われた精鋭。そのテーブル奥の真ん中にG長の『成田清悟』、右に課長職の『萱野』、左に現場総指令の主任『内村悠哉』が座っている。悠哉は相変わらずの七三分けで顔も二十代の頃となんら変わらないほど若々しいが、その精悍な顔つきに厳かで鋭い覇気を身に纏い、部下たちに絶対の安心感を与えていた。これまで想像を絶するほどの修羅場をくぐってきたことは容易に分かる。
全員が揃っていることを確認した清悟がゆっくりと口を開いた。
「……本部より、正式な通達があった。『鬼敬教の殲滅』だ」
微かに場の空気が揺らいだ。メンバーたちが顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべている。
次に、萱野が詳細な内容について説明を始めた。
「皆、困惑するのも無理はない。本来、我々は人間同士で争っている場合ではないからな。しかし昨今、獣鬼の活動が活発化し人手が足りなくなってきた。だというのに、鬼敬教などという異様な教団がその勢力を増し、そちらへ逃げる人々が後を絶たない。つまり、彼らは『鬼は神である』などという妄言によって、人類の滅亡を加速させているのだ。加えて、なにやら裏で不審な行動を起しているという情報も入った。分かるな? もう彼らを野放しにすることはできない」
萱野の言葉には少しばかりの熱がこもっていた。彼自身、思うところがあるのだろう。親兄弟が鬼敬教に入っているのか、ただ単に無用な争いだと腹を立てているのか、それとも……
萱野の表情を横目で見ていた悠哉が前を向き、実働面での説明を始めた。
「鬼敬教の殲滅についてだが、萱野課長も仰ったように我々は無駄な争いをしている場合じゃない。だから真っ先に、奴らの本拠地へ突入し、教祖である『郷田敦彦』を捕らえる。その後に烏合の衆となった教徒たちを鎮静化する手はずだ。で、その本拠地だが、調査課が総力を挙げて探し出す。あらかたの目星はついているから大して時間はかからないはずだ。総員、いつでも突入できるように準備しておいてくれ」
悠哉が一通りの説明を終えると、一人の戦闘員がおずおずと手を挙げた。彼の名は『清河隆二』。まだ若く年齢は二十代半ばといったところ。彼は地方での戦闘でその柔和な性格には似合わぬ戦果を上げてきた。その実力は内村も認めているところだ。
悠哉が「どうした清河」と先を促す。
「お聞きしたいことがあります。教団は武装しているのでしょうか?」
「いや、その手の確定情報はない」
「では、『殲滅』や『鎮静化』といった言葉を使うのは、やや大袈裟かと思うのですが……」
清河がためらいがちに言う。それを聞いていた他のメンバーたちも頷いている。中には、清河に鋭い視線を投げる者もいた。「若造が口を挟むな」とでも言うように。
悠哉よりも先に萱野が口を開いた。
「君の言いたいことは分かる。私とて、鬼を穿つための兵器を丸腰の人間相手に使うなど容認し難い。しかし、彼らがどの程度の戦力を保有しているかすらも定かではないんだ。秘密裏に傭兵を雇っているという噂すらある。こちらの被害を抑えるには万全の状態で戦うしかあるまい」
萱野は重苦しい表情で言い切った。
清河は納得はできていない複雑そうな表情で「承知しました」とだけ言うと、それきり下を向いた。
それからいくつかの質疑応答を繰り返すと、清悟の激励によってミーティングを締めくくった。
メンバーたちが去っていった会議室。萱野も清悟へ計画の進捗状況を報告すると退室した。今この部屋に残っているのは清悟と悠哉だけだ。
清悟は手元に伏せていた書類を悠哉へ手渡す。
「これは、君にも使ってもらうことになる」
「はい? 新型の……鬼穿? 『大蛇』、『鬼童』、『阿修羅』……なんですかこれ?」
書類に目を通した悠哉が困惑の声を上げ、清悟へ目を向ける。その書類に書いてあったのは、新型の鬼穿三機の構造と仕様、そして操作手順だったのだ。清悟は目を瞑り、深くため息を吐くと語り始めた。水面下で進めていた計画について。
「実は、行政首脳陣とムサシ上層部や他の企業幹部らによる協議の末、首都奪還の決定が下された。獣鬼たちが活発化するよりも前のことだ」
「んな!? そんなこと知りもしませんでしたよ」
「当然だ。これは一部の人間しか知らないことだからな」
目を見開いて立ち上がる悠哉に、清悟は落ち着いて説明を始める。
まず、なぜこの計画が浮上したのか。それは、当時の獣鬼との戦いが飽和していたからだ。鬼穿の前線配備以降、人類は高い確率で拠点の防衛を成功させ、小さな拠点を奪い返してきた。しかし、大都市の奪還は未だに成功例がなく、このままの状態を維持したところで、いつになっても先に進めない。そこで、今度こそ人類の未来を取り戻すべく東京奪還が決定されたのだ。
では、どのようにして奪還するのか。そこで新型鬼穿の開発が議論された。まず、都心にうじゃうじゃと巣食う獣鬼たちを蹴散らすための突破力。次に、大量の獣鬼を相手にしても悠々と叩き潰せるだけの殲滅力。そして、不意を突かれ襲われても難なく返り討ちにできる機動力。これらに特化した鬼穿が必要であり、そして開発されたのが、突破力の『鬼童』、殲滅力の『大蛇』、機動力の『阿修羅』というわけだ。
「技術開発室によると、三機の開発及び使用前総合検査は完了しているそうだ。それらが整備できる拠点もいくつか用意でき、あとは操作員の力量取得と量産だけになる」
「操作員……それで俺なんですか」
絶句していた悠哉がようやく口を開いた。
「そうだ。予定では量産された新型鬼穿の操作員は飛鳥のメンバーをあてがうことになっている。ただ、量産には難航するとメーカー側から言われているから君とあと二人だけに絞る可能性が高い。獣鬼が活発化した今、量産を待っているうちに全滅しては元も子もないからな」
「なるほど。しかし、総合検査までしているなら試験操作員がいるはずです。彼らを戦力とした方が効率的だと思いますが」
「その通りだ。しかし、新型鬼穿の試験操作員は『傭兵』だ。他に操作できる者がいなかったためではあるが、彼らに貴重な鬼穿を使わせるのを上は嫌がっている」
「『傭兵』ですか……それは確かに、あまりいい響きではないですね」
悠哉は眉を僅かに寄せた。脳裏をよぎるのは十五年前に戦った独立武装組織『半鬼狼』の記憶。今では語る者はいないが、悠哉は彼らと激闘を繰り広げ、また、命を助けられたこともある。彼らは傭兵とは言わないのかもしれないが、敵にも味方にもなる輩は用心深く接する必要があると思っていた。だからこそ、『傭兵』という存在に不信感を覚える。
そのとき、悠哉の胸の奥で別のものが引っ掛かった。
「……ん? ちょっと待ってください。まさか鬼敬教の殲滅は――」
「内村の考えている通りだ。首都奪還作戦ではより多くの戦力が必要になるために、上層部は教団から解放した人々を駆り出すつもりだろう」
清悟は淡々と語るが、顔を伏せ感情を表に出さないよう抑えていた。悠哉も怒りに顔を歪め拳を強く握る。
「仕方のないことだと分かってはいますけど、それでもこの会社が気に入らない。昔からそうです。それは主任になっても変わらない」
「同感だ。俺とて、G長になっても変わらない。だが、家族を獣鬼に奪われた今でもムサシに残っている理由がある」
清悟は座ったまま顔の前で手を組み、まっすぐ前を見た。それは会議室の扉などではなく、もっと先にあるもの――
「ええ、分かっていますよ。『東京』、ですね?」
悠哉はそのまま扉の方へと歩いていく。
「ああ。俺たちが心を置いてきた場所だ。一刻も早く取り返し、十五年前の悪夢を終わらせなければならない」
「……姫川さんも、いますかね?」
「いるわけがないさ。ただ、彼女の姿をした獣鬼はいるかもな。もしそれと遭遇したならば――」
「誰よりも早く解放してあげますよ」
背中越しに放たれた悠哉の声は勇ましく悲しく響いた。そして、悠哉は震える手で扉を開けると、大きく息を吸い外へ出るのだった。




