待ち伏せ
『蒼っ!? バカ! 先行するな!』
湯芽林の叫び声がインカムを通して蒼の耳に届くが無視。
蒼はバーニアの噴射を切り、右肩の剣を引き抜くと同時に振り下ろした。
「ガッ」
頭を斜めに切断された獣鬼は血飛沫を上げながら後ろに倒れる。
蒼の前には数十体の獣鬼が蠢いていた。蒼は腰のマシンガンを取り、前方へ乱射する。
「うおぉぉぉおぉぉぉ!」
急所など狙いもせず、ただひたすらに撃ち続ける。しかし獣鬼は中々倒れない。痺れを切らした蒼は、再びバーニア全開で獣鬼の群れの中心へ突っ込む。鬼神の如く切り伏せていくが、すぐに囲まれた。蒼は気にせず、その場で足首を捻りながらブーツを左右に噴射し、旋回しながら銃弾を全方位にバラ撒いた。
大勢の獣鬼を相手に、善戦していた蒼だったが、突如アンドレの切迫した声が耳をつんざくように響いた。
「蒼、後ろだっ!」
「え? しまっ――」
蒼が振り向くと、獣鬼の牙が目前まで迫っていた。失態だ。蒼は目の前の獣鬼に血が上り、その周囲にも獣鬼がいることを失念していた。今更ながら、先ほどの班員たちの慌てた会話が蘇る。彼らは前方だけでなく左右、後方にも獣鬼がいると言っていたではないか。
蒼は恐怖に声も出せずに後ずさる。今から鬼穿を操作しようとするが、間に合わない。
そして、獣鬼は顔を突き出し蒼の腕に噛みつこうとする。
「――てんめぇぇぇ! 蒼から離れやがれぇ!」
アンドレの叫び声と共に、獣鬼が横へと押し飛ばされた。アンドレが素手で獣鬼の顔側面を掴み、押しのけたのだ。アンドレはすかさず倒れた獣鬼に走り寄り、頭部を銃で撃ち抜いた。
蒼は目を見開き、唖然と立ち尽くしていた。恐怖心と自責の念に頬を歪める。
「あ、あの……俺……」
「前だ!」
竜道の叫ぶ声と同時に、一本のナイフが蒼の顔の横すれすれを飛んでいった。
――グサッ
蒼が後ろを振り向くと、一体の獣鬼が倒れた。その額にはコンバットナイフが刺さっている。竜道が投擲したものだ。
「――鈴宮は前へ。蒼の撃ち漏らしを掃討しろ。勇人は引き続き後方の獣鬼どもを叩け。さっさと退路を開けよ? アンドレは周囲を警戒。左右から迫る敵を遠慮なく蹴散らせ――ったくよぉ、俺らが一番の貧乏くじだぜ。他のところはせいぜい三十体程度だってよ。うちらは百もいるってのに」
湯芽林は、のんびりと歩きながら指示を出していた。彼はもはや武器を手には持っておらず、優雅にタバコを咥えている。蒼の方まで歩み寄ると蒼の肩に手を置いた。
「百だぜ百。こりゃぁ、後で英雄扱いされるかもな」
湯芽林は困ったように笑う。蒼には理解できなかった。この男に、なぜここまでの余裕があるのか。状況は最悪と言ってもいいはずなのに、むしろ楽しそうだ。
「湯芽林さん!」
「おぅ、任せた」
アンドレが湯芽林の右から迫っていた獣鬼との間に入り、銃撃する。湯芽林は顔を左に向けタバコの煙を吐いた。すると、無造作に腰のマシンガンを抜き、左へと乱射した。バタバタと獣鬼が倒れる音が響く。
「言ったろ? お前のフォローはしっかりやるって。だから安心して暴れな」
湯芽林の屈託のない笑みに、蒼の張り詰めていた緊張感が緩んでいく。なにも分かっていなかったのは自分の方だった。仲間を信じることが出来なかったが故に、勝手に飛び出し助けられた。蒼は途端に自分が惨めになり、肩を震わせながら頭を下げた。
「すみ、ませんでした……」
「謝罪よりは礼のほうがいいな」
湯芽林に頭をわしゃわしゃと撫でられ、蒼は気恥ずかしそうに「ありがとう、ございました」と呟く。
湯芽林と蒼がなにもせずとも戦闘は続いていた。
アンドレが対地噴射で滞空し、蒼たちの周囲に現れた獣鬼を銃撃。
竜道は、後方の獣鬼の群れを相手に奮闘しているのものの、奴らに囲まれないように少しずつ後退していた。
鈴宮は鋭い一突きで獣鬼の胸を貫くと、引き抜きざまに振り向いた。
「獣鬼の掃討完了しました」
「よくやった鈴宮」
「ちょっと翼、割に合わないよ。五十体近くの獣鬼を俺一人に押し付けるなんて」
「おぉ悪ぃ、忘れてた。後退しろ勇人。鈴宮は取りこぼしがないか厳重警戒。アンドレも滞空状態を維持して左右の獣鬼を近づけないでくれ。で、蒼は銃を持て」
蒼は指示に従い左手に握っていたマシンガンを持ち上げる。手が震えていた。それでも銃口を目の前へ向ける。生き延びるために。仲間を生かすために。
竜道が隙を見てブーツの側面噴射を断続的に放ち、蒼の横まで後退してきた。彼も左手に持ったマシンガンを前方の獣鬼たちへ向ける。
湯芽林もマシンガンの銃口を、竜道を追いかけ迫りくる獣鬼たちへ向けた。残る数、およそ三十体。
「これで仕舞いだ――撃てぇっ!」
湯芽林の叫びと共に、三つの銃口から銃弾がばら撒かれた。
瞬く間に最左翼の獣鬼は全滅。
他の班も僅かな犠牲は出したものの、獣鬼の掃討に成功。
蒼は、初めて勝ち戦を経験したのだった――




