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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第五章 意志を継ぐ者たち
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実戦再び

「――いいか? 出動は一時間後だ」


 午後十七時を過ぎた頃、湯芽林によって緊急招集がかかった。技術五班は今、会議室に集まり作戦の説明を受けているところだ。

 今から数十分前、この街『こうしば』から北に数十キロほど離れた街『非盤ひばん』の西の方角に獣鬼が大量出現した。その距離はおよそ『二十キロメートル』、個体数は『二百体以上』。奴らは非盤へと一直線に進んでいるため、あと数時間で非盤へと到達してしまう。

 発見が昼間であれば、戦闘員を総動員して安全に一掃するところだが、もう夕方だ。援軍を送る側としても、獣鬼の奇襲に備えて最小限の人数しか出せない。故に、今回出動するのは、技術課・二班、三班、五班の十八名だけだ。向こうの拠点としては、獣鬼討伐に向かわせる人数は十五人で、残りは街の防衛兼交代要員として後方待機となる。

 つまり――


「そんな……二百体以上の獣鬼を相手に三十人だなんて……」


 ミーティングが終わり鈴宮と竜道が退室した後、蒼が呟いた。その表情は恐怖に歪み、唇が小刻みに震えていた。

 しかし、湯芽林もアンドレも蒼の反応が理解できないというように、首を傾げていた。


「おいおい、どうした蒼? なにをそんなに怯えてるんだぁ?」


 アンドレが落ち着いた様子で蒼の肩に手を置いた。湯芽林も心配ないというように表情を和らげる。


「一人七体程度の割合だ。大した戦力差じゃないさ。それに、蒼のフォローは俺らがしっかりするから、余計な心配はしなくていいぞ」


「し、しかし……」


 蒼の表情は陰ったままだった。かの街での戦いがある。あのとき、鬼穿をもってしても、獣鬼に蹂躙されたのだ。蒼にはどうしても勝てるイメージが湧かなかった。

 湯芽林とアンドレは顔を見合わせ、苦笑した。そんな二人の能天気な態度に、蒼は内心腹を立てる。彼らは本当に獣鬼の脅威を分かっているのだろうかと。しかしアンドレは、軽快に笑いながら蒼の頭をグラグラと揺さぶる。


「蒼、気を楽にしろよ。そんなビビってんじゃあ、勝てる戦いも勝てないぜ?」


 そんな態度も蒼の神経を逆撫でする。まるでバカにされているかのようだ。


(この人たちはなんでこんなに気楽なんだ。こんなんじゃ、また……)


 蒼は、アンドレの手から逃れるように一歩下がると、俯いたまま一言「失礼します」と告げ、会議室を出て行った。


(俺は、絶対に生き残ってやる。たとえ、あの人たちが死んだとしても――)


 それから一時間後、甲柴支社の技術二班、三班、五班は出動した。彼らを積んだトラックは一時間もかからないうちに防衛対象である街『非盤』へと到着する。現在の日本では、人口に対して土地が過剰に余っていた。故に、各拠点が離れて孤立しないように、各地域ごとで人の住む街どうしの間隔を規定している。有事の際にすぐ応援に駆け付けられるように。そして、この長野の地域において最も戦力を有し、まつりごとの中心となるのが『甲柴』だ。災害以前の県庁所在地のようなものでもある。

 甲柴の援軍は非盤の本隊と合流し、現状と作戦の説明を受けてすぐに敵の元へと向かった。前情報通り、非盤に常駐するムサシ戦闘員の出撃数は、十五人。中には鬼穿を装備せず、アサルトライフルを背負った歩兵もちらほら。それに対し、甲柴勢は二班が六人、三班は七人、五班が五人の十八人で、もちろん全員が鬼穿を装備している。他拠点がいかに消耗しているのか一目瞭然だ。

 いかに鬼穿が強力な兵装だとしても、それを扱える人間がいないのでは意味がない。

 作戦としては、現在獣鬼の群れが移動中の田舎町『流砂りゅうさ』を出てすぐの『道の駅』で待機。獣鬼が現れたら一斉射撃で掃討する。それで撃ち漏らした個体を鬼穿で個別に撃破するという簡単な内容だった。それが上手くいくのであれば、被害も最小限に抑えられ非盤を守り切ることも容易い。

 だが――


「――来ないな」


 道の駅の駐車場で車に寄りかかっていた竜道が呟いた。

 全員が配置に着いてから既に二時間。獣鬼の移動速度であれば、一時間前には姿が見えてくるはずだった。それも日中の歩行速度で計算しているから夜になった今、スピードが上がりこそすれ遅くなるなど考え難い。

 湯芽林は、咥えていたタバコを灰皿に押し付ける。


「ちょっと本部に掛け合ってくるわ」


 左手を背後へ振ると、本隊の指揮官が腰を据えている売り場の方へ歩いていった。

 手持無沙汰で落ち着かない蒼は、駐車場の隅で夜空を見上げている鈴宮へと歩いていく。鈴宮は、歩み寄って来る蒼の気配に気づき、ちらっと顔を向けるがすぐに視線を戻した。その綺麗なプラチナブロンドの髪は、戦いで邪魔にならないように頭の両端でお団子にしている。夜風に吹かれながら澄んだ瞳で夜空を見上げている姿は、気品に満ちていて美しいものだった。


「なに?」


 蒼が鈴宮に見とれていると、彼女は急に振り向いた。やましいことがないにしても少し気まずい。蒼は慌てたように目を回しながら、必死に話題を探す。


「え、えっと……鈴宮さんは緊張とかしてるのかなって……」


 言ってから蒼は自分の失言に気付く。普段の負けず嫌いな彼女のことだ。後輩にそんな心配をされるなど屈辱に感じるかもしれない。

 しかし、彼女は特に気分を害したという風もなく、淡々と答えた。


「緊張ぐらいするわよ。でも、大したことじゃないわ」


「そ、そうでしたか……」


「あなたはしているの? 緊張」


「え? は、はい。それはとても……」


 まさか鈴宮から聞いて来るとは思わなかった蒼は、面食らったように答える。


「ふぅん。でも、あまり考えすぎないほうがいいわ。そういう人ほど、戦場に出ると頭が真っ白になって気付いたら獣鬼の餌食になるんだもの」


「そ、そんなこと……俺だって獣鬼と戦いました。だからこそ、冷静でなんていられないですよ!」


 蒼は岐阜の街での戦いを思い出し、感情的になって言い返す。出動前の湯芽林とアンドレへ感じた苛立ちも引きずっている。


「それでも、あなたは冷静でいなさい。今は無理かもしれないけど、あなたが守りたい人たちのためにも、気を強く持って」


「っ! 俺が守りたい人はもう、みんな死にましたよ……」


 蒼が顔を悲痛に歪め俯く。鈴宮は眉尻を下げると、再び夜空を見上げた。


「私もね、守りたかった人が死んじゃったわ」


「そんな……それじゃあ俺と同じ――」


「――自分の苦しみを他人と比べる必要なんてないわ。あなたはまず、自分自身と闘うの。それを避けて他人に共感してもらおうだなんてことには、なっちゃダメ。昔だったら、あなたぐらいの歳の子はもっとワガママも言えたんだろうけど、今はもうダメなの。辛いと思うけど、頑張って」


 鈴宮は我が子に諭すような微笑みを浮かべると、竜道たちの元へ戻っていった。

 蒼は拳を強く握る。


(俺がワガママだっていうのか……。自分自身と闘う? そんなの、一体どうすればいいんだよ……)


 蒼は胸に渦巻いていたモヤモヤを解消できないまま戦場へ赴こうとしていた。

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