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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第五章 意志を継ぐ者たち
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少年は戦士へ

 蒼が技術五班へ配属されてから数日後の昼休み。蒼は社員食堂の近くにある休憩スペースのソファに座り、ボーっとしていた。特になにをするわけでもなく、なにかを考えるわけでもない。ここなら食事を終えて居室に戻る社員たちの目につく。もしかしたら誰かに声をかけてもらいたかったのかもしれない。


「――ほれ」


 目の前に缶コーヒーが差し出される。蒼が顔を上げると向かいのソファの前に湯芽林が立っていた。蒼が小さな声で礼を言って受け取ると、湯芽林はそのまま座る。


「お前、いつもメシ食ってないだろ? いつか倒れちまうぞ」


「……大丈夫です」


「そうかい……ところで、鬼穿の操作だがな、経験が浅い割には基本がなってるじゃないか」


「ありがとうございます」


「けど、お前はまだ本気を出していないんじゃないか? 熟練者のようなあの余裕の表情。まだ実力の全ては見せていない……違うか?」


 蒼は視線を落としたまま微動だにしない。湯芽林の勘は当たっている。技術五班の摸擬戦では、蒼が師匠から受け継いだ技術の半分も発揮していない。だがそれは、今の蒼にはそんな気力がなかったからだ。

 それからしばらく、湯芽林は蒼の方を見ながら黙ってコーヒーをすすっていた。やがて、憐憫を感じさせる物悲しい笑みを浮かべると、缶コーヒーをテーブルにおいて語り始めた。


「技術五班にはな、つい最近まで二人の若い戦闘員がいたんだ。片方は武本たけもとって言って、礼儀正しくて凄くまじめだった。もう片方は杉谷すぎたにって言って、陽気な奴でよぉ、いい感じに肩の力が抜けてたんだ。けど、二人とも死んじまった」


 それまで聞いているのかすら分からなかった蒼の指がピクリと動く。


「数ヶ月前の救助作戦で大量の獣鬼と交戦になってな。武本は俺の指示を忠実に守り、時には提案までしてくれて頼もしかった。だが、獣鬼に手を食いちぎられ最後には鬼穿を自爆させて戦死した。けどあいつは凄かったよ。自分がどういう死に方をすれば、作戦を有効に進められるかを考えていたんだからな。あいつの自爆のおかげで退路が開けた俺たちはなんとか危機を乗り越えられた」


 蒼がゆっくり顔を上げる。湯芽林の表情は悲しげではあったものの、それは決して悔いているわけではなく、部下の献身に感じ入っているようだった。


「では、もう一人の方は?」


「杉谷の死に俺は立ち会えなかった。班を二手に分けて獣鬼を迎え撃ったことがあってな。そのとき、杉谷は鈴宮をかばって死んだらしい。鈴宮が泣いて語ってくれたんだ。あの普段はクールな鈴宮が、だぞ? まったく杉谷の奴、女を守って死ぬなんてカッコつけすぎだろうよ」


 湯芽林は湿っぽい空気を払うおうと無理やり笑みを浮かべた。蒼は神妙な顔で湯芽林の言葉を待った。


「あぁ別にお前もそうなれとか言ってんじゃない。ただ、お前に仲間たちがいただろ? だから、死んだ仲間たちの勇姿ゆうしを英雄譚のように語り継げ。お前にとってそいつらと出会えたのは財産だ。今どうすればいいか分からないってんなら、お前を生かしてくれたそいつらのこと、この街でいろんな奴に聞かせてやんな」


 蒼は瞳を揺らし逡巡した後、「やってみます」と頷いた。

 湯芽林は二カッと気さくに微笑むと立ち上がる。


「お前みたいな若者を戦場へ送り出さないといけない自分が不甲斐ないよ。だが、お前はもう戦士なんだ。自分の行動一つで仲間たちの未来が簡単に変わるんだってこと、知っておいてくれ」


 湯芽林の後ろ姿は、普段の気だるげなものではなくリーダーとしての威厳に満ちていた。


 その日、無人の商店街で技術五班の摸擬連携訓練が行われていた。そこは使われていない駅の周辺にあり、ほとんどの店のシャッターが閉まっていた。シャッターのない店の窓ガラスは割れ、シャッターや駐車場に置かれたままの車には銃弾の痕や打撃による凹みなどで酷く歪んでいる。周辺に拠点を構えるムサシの訓練場になっているのだ。

 技術五班の五人は連携訓練を終え、訓練用の鬼穿をガシャガシャと揺らしながら、商店街の大通りを歩き駅へ向かっていた。訓練終了後、駅まで社用車が迎えに来る手筈だ。


「なんだか急に動きが良くなったね、蒼」


 湯芽林と並んで先頭を歩いていた竜道が横顔を後ろへ向け微笑んだ。最後尾――アンドレと鈴宮の後ろをトボトボ歩く蒼は首を傾げる。


「そうですか?」


「確かに……俺の後ろからピッタリ着いてきてたな」


「その程度の技術は持っていてくれないと困ります」


「な、なんだとぉ……」


 アンドレが額に青筋を浮かべ、鈴宮を睨みつけると彼女はぷいっとそっぽを向いた。

 すると、湯芽林が笑いながら鈴宮へ声を掛ける。


「そう言う鈴宮も、うかうかしてるとすぐに追い越されるぞ?」


「む」


「そうそう、ツンツンしてる場合じゃないぜ――って、あいた!? ……てんめぇぇぇ!」


 脇腹を籠手で叩かれたアンドレがついに鈴宮へ掴み掛かろうとする。


「――あがっ」


 しかし、鈴宮のマシンガンの銃口がアンドレの大きく開かれた口に突っ込まれていた。アンドレの額に冷や汗が流れる。いくらゴム弾が装填されているといっても、そんな至近距離で撃たれたら冗談では済まないだろう。


「お、おひひゅへ(落ち着け)ひゅひゅ(すず)ひや(みや)


 真っ青になったアンドレが必死の説得を試みると、鈴宮は「ふっ」と微笑を浮かべ、銃をしまった。そんなやりとりを見ていた蒼は自然と頬が緩んでいた。


(……面白い人たち)


 今までの摸擬戦や連携訓練を通して技術五班の個々の特徴が蒼にも見えてきた。

 まず、班長の湯芽林。

 鬼穿の操作や戦闘技術は平均より遥かに高いが、決して突出しているわけではない。しかし、全体を見通す慧眼と戦略立案に長けた頭脳はまさしく司令官。戦場では空気の流れから部下たちの状態までよく気を配っている。


 次に竜道。

 卓越した鬼穿の操作技術に迅速で正確無比な攻撃。純粋な戦闘力は、この班の中で最強と言える。ただ、ワンマンプレイが得意で味方に合わせることはせず、彼についていける者でなければ作戦が成立しない。だからこそ、湯芽林と組むことで最大限に力を発揮できる。


 次にアンドレ。

 見た目通り怪力の持ち主で、接近戦では無類の強さを誇るが、鬼穿の操作はからっきし。この班で最も下手な印象。しかし、チームプレーは得意で孤立しがちな竜道や鈴宮の支援もできる貴重な存在だ。


 そして鈴宮。

 彼女は竜道に似てワンマンプレーヤーになりがち。まだ経験は浅いが、鬼穿操作技術において才覚を感じさせる。力は男性陣に劣るが持ち前の俊敏さで戦場を華麗に駆け巡る。冷静沈着で頭も良く、竜道との相性がいい。


 ひと癖もふた癖もある班構成だが、湯芽林の的確な指示さえあれば獣鬼など恐るるに足らず。蒼は、今までにない安心感と心地良さを感じていた。

 しかし、その安心感はすぐに消え失せ、恐怖と焦燥が蒼を襲う。

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