鬼を狩る組織
また死骸が発見された。
そこは都心から北に離れた『ムサシ中北支部』の中層ビル。二人の男性社員と一人の女性社員が会議室で午前ミーティングを行っていた。
「ひどいものですね。頭部が粉々だなんて」
顔をしかめながら、手元の資料に目を通している若い男は『内村悠哉』。
ワックスで七三分けにした黒髪に、あどけなさが残る顔立ち。紺のスーツを着こなす彼には若者としての清潔感と新人のような初々しさがあった。事実、民間警備会社『ムサシ』に入社して三年目になる。
その情熱と正義感に加え、高い身体能力を買われて、今年から生物災害特別対策グループ『飛鳥』の一員となった。
彼の所属する『飛鳥第七班』は、リーダーの『成田清悟』、班員の『姫川彩』、『内村悠哉』の三人だけだ。
「あなたは文字が読めないのですか? 対象は人ではなく獣鬼です」
「もちろん分かってますよ、姫川さん。でも、たとえ人でなくてもショックです……」
悠哉の向かいに座り、呆れたように首をかしげた女性社員は『姫川彩』。
彼女は切れ長の目に鼻は細くショートヘアが似合う女性だ。年齢は二十代後半だが、普段から笑み一つ見せず言葉も尖っているため、相当なベテランに見える。性分なのか、誰にでも棘のある言い方になり、後輩である悠哉には特に容赦がない。
「……二人とも静かに」
二人のやりとりを静かに見守っていた第七班のリーダー『成田清悟』が立ち上がる。彼は、短髪に精悍な顔つきで、鍛え抜かれた肉体はスーツに包まれてなお猛々しく脈動していた。せいぜい二十代半ばに見える童顔だが、その実三十代前半で妻子持ちでもある。
「状況を整理しよう。昨夜未明、西区にある住宅街の路地で獣鬼の死骸が見つかった。討伐者は見つかっておらず、獣鬼の頭は粉々に粉砕されていたようだ」
清悟の声は硬かった。被害者が出る前に獣鬼を討伐するのは良い。しかし、その死骸を処理せず放置しては、一般人の目に留まってしまう。
それでは、彼らが秘密裏に処理している苦労が水の泡になってしまうのだ。
「僕の勘ですけど、獣鬼をやったのは『半鬼狼』じゃないかと」
悠哉は少年のように目を輝かせていた。男とは、いくつになっても謎に包まれた組織に魅力を感じてしまう生き物なのだ。
残念ながら、眉間にしわを寄せた姫川に理解できるはずもない。
「半鬼狼ですか。その驚異的な身体能力から、違法薬物の服用……特に、オニノトキシンの利用を疑われている謎の武装集団。なんにせよ、獣鬼の死骸を捨て置くのはやめてほしいものです。私たちを挑発しているつもりでしょうか……」
半鬼狼は半年ほど前、都心部周辺に突然現れ獣鬼を狩り始めた。
奇妙な仮面をつけており素性も分からず、飛鳥も野放しにするわけにはいかなかった。
第七班の業務内容には、獣鬼を狩る他に、半鬼狼の調査も含まれている。
清悟は「ふぅ」とゆっくり息を吐き、厳かに告げた。
「その可能性はある。だがまずは、倒された獣鬼の身辺調査と周辺の安全を確認しよう。もしかすると、噛まれて感染した者がいるかもしれない。半鬼狼の調査はその後だ。とにかく、我々の目的は獣鬼の脅威から一般人を守ることだ。これだけは忘れるな」
姫川と悠哉は頷くとまっすぐに立ち上がり、姿勢を正した。そして声を揃える。
「「了解」」
その後の事務処理が終わって昼休み、悠哉は一人で地下街の飲食店通りを歩いていた。漂ってくる肉の香りが腹を空かせた彼の鼻腔をくすぐる。
普段なら、同期や以前世話になった先輩たちと一緒に食事をとるのだが、今日に限っては書類作成のキリが悪かったために、十分ほど出遅れてしまった。
「ここにするか……」
悠哉が入ったのは小洒落たカフェレストランである。こういう場所が好きなのではなく、空いていたから入ったというだけだ。店内は通りに比べてやや暗く、控えめな音量のクラシック音楽が優雅に流れていた。
悠哉はカウンターで昼メニューのカルボナーラを注文し、番号札を受け取ると最奥の席を目指し歩いていく。
そして、座る際に横を向くと――
(あれ? 姫川さん?)
窓際に班員の姫川がいた。番号札を立て、背筋を伸ばして真剣にスマホを操作している。窓側の左耳にはイヤホンをつけて。
悠哉はやや逡巡したものの、姫川と相席しようと近づいた。
悠哉からは見えない斜めった角度、マジックミラーで外からも見えないようになっていたスマホの画面だったが、ミラーの反射で奇跡的に見えた……見えてしまった。
「っ!」
悠哉は目を見開き、絶句する。その画面に映っていた衝撃的な内容とは、俗に言う『乙女ゲー』だったのだ。画面には二次元のイケメンたちが三人並び、プレイヤーを取り合っているかのように見えた。『逆ハーレム』というやつだ。
そう思うと、姫川が真剣な表情をしているのは、その『イケボ』を聞き逃さないために、左耳に全神経を集中しているからではないだろうか。
普段の冷徹な印象とのギャップに、悠哉は呆然と突っ立っていた。頭が混乱して思考が纏まらない。自分がなにをしようとしていたのかさえ、思い出せない。
だがすぐに「ん?」と姫川も悠哉の存在に気付く。
「なにをしているのですか? そんなところに突っ立ってじろじろ見られると迷惑なのですが」
姫川はスマホの画面をOFFにし、イヤホンを外して怪訝そうな目を悠哉へ向ける。まさか自分がなにをしていたか分かるはずもないといった自信だ。
「す、すみません。昼食をご一緒してもいいですか?」
悠哉は引きつった顔でそう告げると、姫川は仕方ないといったように「好きにしなさい」と冷たく返した。
(ゲーム邪魔して怒ってるのかな……)
結局、悠哉は『乙女ゲー』のことについて触れる勇気はなく、かといって大した会話をするでもなく、なんとも味気なく気まずい昼休みを過ごすのだった。




