惨劇の夜明け
「アァァァ……」
「グガァ……」
「キキキキキキキキキ」
目の前に立ち塞がるは、獣鬼の群れ。街中の全ての獣鬼が集結したかのような大群に囲まれている。逃げ場などどこにもないのだ。
「そんな! いつの間に!」
「くそっ……」
「二人とも落ち着け。この戦いも夜明けまでの辛抱だ。なんとしても生き残れよ!」
白河瀬がバーニアを噴かし真正面から獣鬼へ突撃する。夜明けになれば獣鬼の凶暴性は収まる。だが、時刻は零時を回ったばかり。それでも、白河瀬は講師としての使命をまっとうし、教え子たちに希望を与えようとしたのだ。
「「了解っ!」」
玉木と蒼も決死の表情で白河瀬の左右へ向けて突っ込む。
白河瀬は倉庫でこしらえた二丁のマシンガンを四方八方に乱れ撃つ。引き金から指は離さず、ただひたすら腕を振り回し凶弾をばら撒いた。徐々に退路を開いていくが、倒した獣鬼の死骸が邪魔で中々前へ進めない。
蒼は右に剣、左にも剣を持ち、自慢の腕力を駆使してがむしゃらに斬り進む。
「邪魔だぁぁぁ!」
瞬く間に血に染まり切れ味の落ちた剣での攻撃は、もはや斬るのではなく叩き潰すという表現の方がふさわしい。
玉木も負けじとマシンガンを撃ちながら、近づく獣鬼の首を冷静に斬る。
決死の奮闘によって形勢は悪くないように見えた。
しかし、数百体の獣鬼を相手にたったの三人だ。長く持つはずもなく――
「うっ!」
玉木が忌々しげに表情を歪め、銃を投げ捨てた。弾切れだ。剣を両手で持ちつつ、力一杯振り回し獣鬼を斬っていくが、やがて握力が落ち中途半端に振るった刃が獣鬼の胸に刺さる。
「しまっ……」
玉木が硬直したその隙に他の獣鬼が飛び掛かる。玉木はやむを得ず刃から手を離し、徒手格闘で応戦した。なんとか獣鬼たちの突進をいなしていくが、数が多すぎる。
「玉木!」
「玉木さん!」
とうとう玉木は覚悟決め、左籠手の装甲をスライドさせた。
「申し訳ありません、白河瀬講師。私はここまでのようです」
玉木は儚げに微笑むと躊躇なく右指で操作器のボタンを押した。上下の両端にある赤のボタンを同時に二秒間押し続けることで、鬼穿が自爆する。玉木は生きたまま獣鬼に喰われる前に、一矢報いることを選んだ。
永遠のように感じる二秒。
「……え?」
しかし、いつになっても自爆装置は起動しなかった。
「不発、だと?」
「そんな! 玉木さん!」
蒼がバーニアを噴かせ、玉木の方へ向かう。立ち塞がる獣鬼どもを蹴散らしながら。
玉木は、絶望に顔を歪めながら何度も何度もボタンを押す。叩くように、押し潰すかのように。いくら強く押し続けても自爆装置は反応しない。ここにきて、玉木は不備のある鬼穿を選んでしまったことに気付く。
「や、やめて……」
獣鬼たちは一斉に玉木へ襲い掛かった。玉木は仰向けに倒れ、足、腹、腕と次々に噛みつかれる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 痛い痛い痛いぃぃぃっ!」
玉木が泣き叫ぶが獣鬼たちは食事をやめない。
「ぐっ……」
蒼は一瞬葛藤したが覚悟を決め、左で銃を抜き銃口を玉木へ向けた。今、彼にできることは一刻も早く、玉木を苦痛から解放してやるだけだ。
「うおぉぉぉぉぉ!」
目に涙を浮かべ、マシンガンを乱射しながら近づいていく蒼。その銃弾が玉木の頭へ届くと信じて。
しかし――それがもたらした結末は――
――ドガァァァァァァァァァァンッ!
玉木の鬼穿の自爆だった。
「っ!」
半径五メートルまで接近していた蒼は、その爆風で大きく吹き飛ばされる。本部の外壁に勢いよく衝突し、地面へ叩きつけられた。
「蒼!」
朦朧とする蒼の耳に叫び声が響いた。うつ伏せのまま、蒼がかろうじて目を開けると獣鬼たちが既に蒼の元へと駆け寄ってきている。
「……く、そ……俺は、生き……るんだ……」
それは声にならず、絶体絶命の状況で蒼は意識を手放した。
―――――――――
「ちっ、ここも全滅だ」
辺りが騒がしい。無数の人間が走り回る足音と、苦しそうに状況報告をする男たちの声が耳に響く。先ほどまでは獣鬼の大群が押し寄せていたというのに、これは一体どういうことか。
蒼は静かに目を開ける。辺りは急に明るくなっていた。つまり夜明け。蒼は生き残っていたのだ。
「な、なんで……」
蒼は自分が生きていることが信じられず呆然と呟いた。とりあえず上半身を起こし、周囲を見渡してみる。鬼穿を装備したムサシ戦闘員が何人か本部へと出入りしたり、ゆらゆらと蠢いている獣鬼にトドメを刺したりしていた。
ボーっとする頭で意識を失う直前のことを思い出した蒼は、
「っ! 白河瀬講師! 玉木さん!」
まず、玉木が戦っていた辺りを見ると、半径数メートルのクレーターがあった。彼女の鬼穿が自爆したことによって蒼は吹き飛ばされ、気絶したのだ。なぜ、直接操作で起動せず、蒼の弾丸による衝撃で起爆したのかは定かでない。
次に、白河瀬が戦っていたはずの前方を見る。
「くそ……」
分かっていたことだ。玉木も蒼も戦闘不能になって、彼一人で生き延びられるわけがない。そこには、玉木のものと同じく、鬼穿の爆発によるクレーターが出来ていた。
そして不審な点があった。蒼と白河瀬を繋ぐ一直線上に、もう一つ同じ規模のクレーターがあったのだ。鬼穿の自爆によるもの以外には考えられない。しかし、あのとき場にいたのは白河瀬と玉木だけのはずだ。まさか、後から援軍が来たのだろうか。
蒼が頭にハテナマークを浮かべながらも立ち上がろうと手を前に着く。すると、なにかをくしゃっと潰してしまった。慌ててそれを拾い上げると、蒼の目は驚愕に見開かれた。
「これはっ! そんな……まさか!」
それは『タバコの空箱』だった。蒼がヘージへと買った物だ。
そこから導き出される答えはただ一つ。
師匠が弟子を守るために獣鬼の大群へと挑み、見事守りきったのだ。
「ぅぅぅぅぅ……」
溢れ出る大粒の涙。
蒼の脳裏に師匠の飄々とした薄い笑みが蘇る。
蒼はタバコの空箱を強く握りしめ、両手で地面を叩いた。何度も何度も。
「くそ! くそぉっ! ちっくしょぉぉぉぉぉ!」
蒼の慟哭が、惨劇の夜明け空に響き渡った。
激戦の末、その街で生き残ったのは蒼ただ一人だった。




