怒り
「山上さん、大林さん……」
親しい同期たちの無惨な死を目撃した蒼は、呆然と立ち尽くしていた。しかし、呆けている暇などなく、
「ぎゃあぁぁぁ!」
獣鬼の攻勢は緩まない。
――トクン!
「くっ! キリがない。総員後退だ! 市民の救出は断念、街から脱出するぞ!」
「し、しかし、退路などありません!」
白河瀬にもそんなことは分かっていた。山上の自爆で生まれた穴も既に無数の獣鬼が押し寄せ隙もない。周囲には獣鬼がうじゃうじゃと溢れ、生き残りも白河瀬と蒼を含めた訓練生三名だ。
――トクン!
「それでも、退路を作るしかないんだ!」
白河瀬が額に大量の汗を流しながら叫ぶ。
――トクン!
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突如、蒼が雄たけびを上げた。
次の瞬間、バーニアを噴射し前方の獣鬼の集団へと突貫。
「バカ! なにを!?」
白河瀬の声など蒼には届かない。
一瞬で獣鬼たちの中へと突っ込んだ蒼は、左右のブーツを噴射させその場で旋回。同時に、右手に持ったマシンガンを乱射する。
蒼を中心にして次々と獣鬼が倒れていく。敵もただ殺されているわけにいかず、一斉に蒼へ飛び掛かった。だが、蒼は既に対地噴射を始めている。
「お前らさえ、いなければぁぁぁ!」
上空に飛び上がると上体を逸らし、上空から飛び掛かってきた獣鬼たちへマシンガンを見舞う。
次に着地点。無数の獣鬼が蠢いていた。蒼は銃を左に持ち替え右肩から剣を抜く。そしてブーツのガスを噴かせ体勢を立て直すと、着地点にいた獣鬼を真っ二つに叩き斬る。蒼の並外れた腕力が圧倒的なまでの破壊力を生み出した。
「お前らはっ! また、俺から奪うのかぁぁぁっ!」
蒼はそのまま攻撃の手を緩めることなく、縦横無尽に暴れまわった。
徐々に退路が開いていく。
「な、なんだと……あれはっ、本当に鬼穿なのか……」
白河瀬も訓練生二人も唖然としていた。しかし、背後の獣鬼の息遣いで我に返ると、
「くっ、貴様ら! 蒼に続けぇっ!」
蒼の切り開いた退路へと、最後の望みを賭けて突っ込んでいく――
蒼の開いた退路から敗走した白河瀬、川田、玉木と蒼の四人は、そのまま街の脱出をしようにも鬼穿の燃料残量が少なく、比較的近傍に位置していたムサシ岐阜中央支部へ寄った。ここならば、戦闘員が全滅していようと鬼穿がゴロゴロ落ちているはずだからだ。
「――なんだ、これは……」
中央支部の惨状に白河瀬が驚愕する。
「ひ、酷い……」
蒼が唖然と呟く。先ほどとは打って変わって冷静さを取り戻していた。
この街の守護者として堂々とそびえ立っていた中央支部は、変わり果てた姿になっていた。比較的高く幅の広いのビルだが、外装には返り血がこびりつき、窓も内側から大量の血が飛び散っていた。周囲には首のない無数の獣鬼の死骸。そして、ビルのいたる所が焼け焦げ、損壊していた。多くの戦闘員たちが獣鬼を葬り、その果てに自爆していったのだろう。
「やはり中央支部は全滅と見るべきか……まずは一階の倉庫で装備を整える。獣鬼が潜伏している可能性が高いから十分注意しろ」
白河瀬に続き他三人も支部ビルへと足を踏み入れる。
倉庫に入ると、幸いなことに電気が生きていた。照明のおかげで蒼たちは難なく換装を終え、剣、銃、鬼穿が新品になった。ハンドライトも忘れずポケットへ入れる。
その後、A班は対策本部の置かれる四階へと足を踏み入れた。ここにも無数の死骸が散らばり、机や棚などが倒れ激しく争った形跡がある。蒼が割れた窓から下を見下ろすと、真下には頭から血を流した死体が複数転がっている。自爆もできない非戦闘員は、こうすることで苦しみを避けたのだろう。しかし打ち所が悪く死ねなかったら結果は同じ。それに、頭が潰れていなければ獣鬼として復活もする。
蒼は、胸を強く押さえ苦しそうに顔を歪めた。
「こんなのあんまりだ……」
蒼の脳裏に美佐代が蘇った。彼女がどんな最期を遂げたのか、気になって仕方ない。それを考えれば考えるほど、胸が痛くなる。師匠ももう生きていないだろうと思い、涙が溢れた。
「く、ぅぅぅ……」
蒼が窓の前で膝をつく。
白河瀬はその姿を横目で見ていたが、なにも言わず他の二人に部屋周辺の探索を続けさせた。
それから間もなくして野太い悲鳴が上がった。
「どこだ!」
上層部の資料を漁っていた白河瀬が切迫した声を上げる。蒼も弾かれたように顔を上げ、目元を拭いつつ立ち上がる。
廊下から女子訓練生の玉木が戻って来た。その困惑した表情を見るに彼女も状況を把握していないようだ。
「くっ! 給湯室か!」
白河瀬が急いで給湯室のあるトイレ側の廊下へ行こうとすると、同時に男子訓練生の川田がそこから飛び出してきた。恐怖に歪んだ表情で前のめりになる彼の真後ろに獣鬼が一体。彼に覆いかぶさるようにして飛び掛かっていた。
「がっ! た、助け――」
彼は真後ろから押し倒され、その右肩を噛み千切られた。
白河瀬が問答無用で獣鬼へ照準を合わせた。そのまま発砲すれば川田にも命中する。だが、それでも白河瀬は引き金を引いた。
「あれほど注意しろと言っただろうが!」
川田の悲鳴は銃声でかき消され、獣鬼もろとも沈黙した。
玉木が両手で口を押さえる。
「そ、そんな……なんてことを……」
「だから貴様らは甘いと言っているんだ! こうなれば情けは不要。山上の最後をもう忘れたのか!?」
「っ!」
蒼がなにも言えず目を逸らす。
「とにかく、これ以上屋内にいるのは危険だ。対した情報もここには置いていない。さっさと街から出るぞ!」
白河瀬はそう言って窓を開け、外へと飛び出した。二人もそれに続く。着地に神経を集中させ、対地噴射によって安全に着地する。
しかし、降りた先に安全はなかった。




