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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第四章 少年の反撃
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師匠はホームレス

「いっつつ……」


 夕焼けに染まる河川敷、蒼はうずくまり後頭部をさすっていた。橋の下の影がまっすぐに川へと伸び、周囲には雑草が生い茂っている。

 蒼が意識を取り戻したとき時は既に夕方だった。山上の反則行為について、すぐに高塚へ抗議したが「弱いお前が悪い」と一蹴されてしまった。別に悪意があるわけではなく、彼女は現実を見ろと言いたかったのだろう。『獣鬼』を相手にして反則だのわめいたところで意味はない。

 蒼はどんよりとした雰囲気を纏いながら深いため息をつく。そろそろ心が折れそうだった。以前は美佐代がいつも寄り添ってくれていたからこそ、どんなことでも我慢できていたのだと今さら気付く。


「……ばあちゃん……俺、やっぱりばあちゃんがいないと――」


「――あ? 誰がばあちゃんだ。刻むぞ」


 そのとき、ドスの効いた声が蒼の声を遮った。

 蒼はぱっと顔を上げると周囲を見回し声の主を見つけた。そこにいた男は、長い白髪ではあったが、確かに『ばあちゃん』でなく『じいちゃん』だった。その初老の男は、橋の下の影に覆われた草むらに寝そべっていた。蒼の視線に気づくと、ゆっくり上体を起こす。その体は痩せ細っており顔色は青白い。


「なんだお前、泣いてんのか?」


 蒼は慌てて目元をぬぐい勢いよく横に首を振った。男はバカにしたような薄ら笑いを浮かべると、立ち上がり蒼の隣へ移動して再び腰を下ろした。


「可愛くないなお前。ちょうど暇してたんだ。俺が話し相手になってやるよ」


 蒼は男に今までのことを話した。鬼敬教のことや訓練校でのことなど。男は真っ赤に焼けた空を見上げ、気のない相槌を打つ。蒼はその隣で川を眺めていた。


「……そうかい。そりゃ辛いな」


「はい……ところで、あなたのお名前を聞いてもいいですか? 俺は蒼といいます」


「そうだな……俺は『ヘージ』だ」


 その返答には若干の間があった。まるで名前を今考えたかのような。しかし蒼は気にせず、ヘージと呼ぶことにする。


「ヘージさんはなぜ、こんなところにいたんですか?」


 この河川敷は人通りが少なく、橋の向こうには人が住んでいない。もし獣鬼の襲撃があったとき、一番最初に狙われる。ちなみに外敵の察知はムサシの調査課監視チームが行っている。街にある背の高いマンションのいくつかをムサシが押さえ、三交代で屋上から外の監視をしているのだ。

 蒼の問いへ、ヘージは無造作に答えた。


「ホームレスだからな」


「ほーむれす?」


「そんなことも知らないのか? まあこのご時世でも、人口に対して建物の方が余ってるからな。珍しいといえばそうか。ホームレスってのは、住む家がなくて野宿している人間のことさ」


 ヘージは苦笑する。ヘージの言うように、日本中の都市や街が獣鬼に滅ぼされているが、残された田舎町にもスーパーやマンションなど、雨風を凌げる建築物は多く残っていた。たとえ、よそから避難してきた人々を受け入れても、ヘージのように野宿するようなことはそうそうない。この街のような規模なら尚更だ。

 蒼は自分の住んでいる寮と比べ、後ろめたさを感じた。


「で、でも、ここからしばらく歩けばたくさん建物はありますし、ヘージさん一人が住むスペースぐらい余ってるはずですよ」


「いいんだよ。そういう問題じゃないんだ。これは家族も仲間も救えず、自分だけが生き残っちまった戒めみたいなもんさ。惨めな俺にピッタリなんだよ」


 ヘージは、自嘲気味に目を細め穏やかに語る。蒼はその独特な雰囲気になにも言えず、目線を落とした。


「もう戦うことにも疲れたのさ。だから、俺は戦場から逃げ出した」


 そのとき、蒼の肩がビクッと震えた。蒼は勢いよくヘージへ振り向くと、目を輝かせながら詰め寄った。


「ヘージさん、まさかムサシの戦闘員として戦ってたんですか!?」


「あ? あぁ」


 ヘージは頬を引き攣らせ上体を蒼から離す。


「じゃあ、鬼穿も使ったことがあるんですか!?」


「旧式のだがな……って、あぁ鬱陶しい! そんなキラキラした目をむけんじゃない! 俺の目が腐るだろうが」


 ヘージが鬱陶しそうに蒼を押しのけ立ち上がる。蒼は慌ててその場に正座し頭を深く下げ、切迫した大声を上げた。


「ヘージさん、お願いします! 俺に鬼穿の使い方を教えてください!」


 ヘージはすぐには答えず、しばらく蒼を見つめ続けた。蒼はヘージに反応があるまで頭をぴくりとも動かさない。

 やがて、ヘージは蒼の後頭部に貼ってある白いガーゼを見てため息をつくと、気だるそうに告げた。


「面倒くせぇ――けどそうだなぁ……報酬はタバコ一箱でどうだ?」


 その声はどこか弾んでいた。蒼がばっと顔を上げると、ヘージはのっそりと橋の下の影へ戻り寝息を立て始めた。


「よろしくお願いします! 師匠!」


 その夜、蒼は早速タバコを買いに行った。蒼はまだ知らない。ヘージの言ったタバコ一箱というのが、最初の入門料というわではなく、一回毎の受講料であるということを――

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