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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第四章 少年の反撃
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孤独

 蒼が肩を落としながら訓練生の寮へ戻ると、管理人が玄関へ顔を出した。


「おかえりなさい」


 初老の男性だ。背が低く髪は白一色である。突出した特徴はないが、愛想が良く他の訓練生たちともよく話すほどだった。


「ただいま戻りました」


 蒼は愛想笑いを浮かべながら頭を下げ、壁に立てかけてあるネームプレートを在寮表示に裏返す。


「こっちの生活にはもう慣れましたか?」


「まあまあですね」


 訓練生の寮は、大企業の社員寮だったものをムサシが優先的に使用させてもらっているものだ。一部屋六畳で壁に穴が開いていたり、扉が壊れていたりするが、外では住む家もなく、そこら辺の建物で生活している一般人が大勢いることを考えると、かなりの好待遇だと言える。それだけムサシ戦闘員の責任が重いということだ。彼らには一般市民の命を守るという使命があり、そしていくら鬼穿を使おうとも些細なミスで死ぬ。

 蒼がしばらく管理人と話し込んでいると、外に同期の訓練生たちの姿が六人ほど見えた。


「そ、それじゃあ俺はこれで」


 蒼は急に話を切り上げると逃げるように部屋へ向かっていった。

 廊下を歩いていると他の訓練生とすれ違う。蒼はしっかり挨拶するが、皆不機嫌そうな表情で無視する。部屋に戻った蒼は部屋の隅にどかっと腰を下ろし、膝を抱えた。


「ここでも同じか……」


 同期の訓練生たちは、高塚が連れてきた少年を快く思わなかった。もちろん原因はある。当初は何事もなく普通に過ごしていたのだが、座学の講義で戦術指導員の質問に答えられないばかりか的外れな回答ばかりし、休憩中の同期との会話も噛み合わなかった。それだけであれば、大した問題ではない。しかし、何気なく本当に何気なく、自分の以前いた町のことを話してしまったのだ。そのときから周囲の態度が一変した。

 蒼は後日の講義で知ることになるが、『鬼敬教』はムサシにとって打ち滅ぼすべき『悪しき組織』であると教えていたのだ。もちろん、それはムサシに限ったことではない。一般人でさえも、身内が『鬼敬教』に加入した者はそれを憎悪し、獣鬼の恐怖を心に刻まれた者は、彼らを狂っていると忌み嫌った。そしてそれは根が深く、激しい軋轢あつれきを生むまでに至っていた。

 それを蒼が知らずとも無理はない。決定的だったのは、徒手格闘の訓練でのことだった。

 蒼は摸擬戦で体格の良い二十二歳の男と戦ったが、喧嘩もまともにしたことのなかった蒼は、己の身体能力を上手く制御できず相手に大怪我を負わせてしまったのだ。

 その日から、同期たちは蒼を徹底的に避け、重要な情報も蒼にだけ伝えず、一部の攻撃的な輩は蒼を体育館裏に呼び出し罵詈雑言を浴びせた。最近は彼らも飽きたのか直接攻撃をすることはほぼなくなったが、それでも無視や陰口は続いている。


 ――本当に自分を必要としてくれる人を探すんだ――


 今の蒼にとって、美佐代の残したその言葉だけが心の支えだった。

 

 それから一週間。

 訓練では、鬼穿に関する座学と実習が圧倒的に多くなった。座学では、鬼穿を用いた基本的な戦い方や鬼穿を活用した戦術、実習では実機操作の反復練習だ。銃や剣での戦闘法については、また別のカリキュラムが組んであり、鬼穿の操作と武器の扱いをマスターして初めて戦場に立てる。蒼を含め、どの訓練生も鬼穿の技術習得に難航していた。それでもセンスというものはあり、一部の同期は既に勘を掴みつつあった。大抵は、スポーツが得意な者がそれに当たる。もちろん、蒼はそれに当てはまらないため、どんくさくもがいていた。

 さらに一週間が経ったある日、高塚の指示で鬼穿による摸擬戦がカリキュラムに組まれた。

 ようやく鬼穿に慣れてきた蒼だが、才ある者たちとは実力が離れていくばかりで摸擬戦には不安を感じずにはいられない。


「いいか、ルールは単純だ。これから私が指名する二人でタイマン勝負をしてもらう。武器は持たず鬼穿のみを駆使してな。相手が降参するか、気絶するなど戦闘不能にしたら勝ちだ。これは他人の操作の癖を学ぶことに意義がある。心してかかれよ!」


「「「はい!」」」


 訓練生たちのやる気が高ぶる中、摸擬戦が始まった。

蒼は秘かに拳を握り健闘を誓う。誰になんと言われてもいい。常識知らずだとののしられてもいい。それでも、誰かを守るための力だけはなくてはならない。美佐代の言った、「自分を必要としてくれる人」と出会ったとき、美佐代のように死なせるわけにはいかないのだ。

 蒼が神妙な表情で俯いていると、同期たちの歓声が響いた。校庭の真ん中に訓練生が二人、鬼穿を噴かせながら殴り合っている。その他の訓練生はそこから数メートル離れ、二人へ向けてやかましく叫んでいた。蒼もすぐにその後ろについて見学する。


「いいぞ、やれぇ!」

「なにやってんの!」

「あぁ、噴かすタイミング悪すぎだろ」

「今だぁぁぁ!」


 皆、今までの訓練の鬱憤が溜まっていたのだろう。日差しの降り注ぐ校庭に、かつてない熱気が逆巻く。どの対戦カードも十数分で決着がついていた。単純に操作センスの差だ。鬼穿を上手く扱える者が、もたついている相手を容赦なく殴り飛ばす。


「やっぱ、皆上手いなぁ……」


 蒼は他人事のようにしみじみと呟く。


「伊黒!」


 蒼は、高塚から呼ばれ慌てて前に出る。すると、同じく前に出ていたのは、同期の『山上将吾やまがみしょうご』だった。山上はやや長めの金髪で肌は適度に焼けており、整った顔には今、憎悪とも呼べる険しい表情を浮かべ蒼を睨みつけている。


「げっ……」


 蒼は反射的に顔をしかめるとため息をついた。

 この山上こそ、蒼にいつも突っかかって来る張本人だった。その甘い顔で女子たちへは強い影響力を持ち、喧嘩慣れしていて傲岸不遜にも蒼へ罵声を浴びせる。なにより、蒼が徒手格闘戦で怪我をさせてしまった同期の親友であったために、いつまでもそれを引きずっているのだ。


「覚悟しろよ、もやし野郎」


 山上が憎々しげに吐き捨てる。

 やがて、高塚からの戦闘開始の合図ですぐさま蒼が駆け出した。

 先手必勝。蒼は、走りながら左籠手の表面装甲をスライドし、操作器を露出させる。すぐにバーニアの『背面噴射』ボタンを強く押した。けたたましいエンジン音と共にガスが噴射され、推進力によって蒼の疾走が加速する。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 瞬く間に蒼の拳が山上の顔面へ迫る。山上の攻勢を許すつもりはなかった。しかし、


「――ばぁか」


 山上の姿が一瞬で消えた。否、体を左へ逸らし、右方向へブーツの瞬発噴射を行ったのだ。その結果、山上は体一つ分左へスライドし、蒼の拳は獲物を逃がす。


「くっ!」


 蒼は勢いを止めようと、ブーツで地面を擦り急停止した。その直後、背後でバーニアの噴射音が響き――


 ――ガコン!


 蒼の後頭部を強い衝撃が襲った。それは、生の拳などではなく硬い機械に殴られたようだった。それが鬼穿の籠手なのだとしたら、れっきとした凶器だ。素手で戦うという条件を反故にした反則行為ではないのか。しかし、蒼にそれ以上を考える余力はなく、地面に額を打ち付け意識を手放した。最後に耳に届いたのは、同期たちの嘲笑だった。

 山上の攻勢を許すべきでなかった理由はただ一つ。彼が同期の中で一番上手く鬼穿を扱えるからだった。

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