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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
幕間
54/114

黒幕

 もう十五年も前になる。日本は壊滅的な被害を受けた。水面下で猛威を振るっていた異形の怪物『獣鬼』が突然、首都をはじめ各地方の都市に大量出現したのだ。それらに対する知識も、対抗策も持たない人々は逃げ惑い、そして無惨にも喰われていった。また、それによって死んだ人々も生き返り、獣鬼は急速に数を増やしていった。

 しかし、日本での未曾有の生物災害は始まりに過ぎない。日本壊滅の数日後、世界各地でも同様の事象が発生したのだ。

 人は喰われ、鬼は数を増し――やがて、地球上の人口は獣鬼に逆転された。

 国交が絶たれ、ありとあらゆる技術が失われ、文明が衰え行く中、一つの希望が生まれた。生き残った日本の技術者たちの手によって対獣鬼用機動強化兵装『鬼穿』の改良と量産に成功したのだ。その試験運用と操縦者の育成を最前線で行っていた民間警備会社『ムサシ』は、各地の警備会社や大手製造会社、それだけでなく警察、自衛隊などをも統合し、国営の大組織と化した。

 『鬼穿』の普及により、獣鬼の進行を食い止めた人々は、残された土地で獣鬼の脅威に怯えながら生きていくのであった――


 そこは首都から北西に位置する比較的大きな街。このご時世にしては、立派な部類に入る病院の地下研究施設。消毒薬の臭い漂う広く暗い部屋に引きこもって実験を繰り返し、何台ものパソコンを稼働させ、ひたすら資料をあさる老人の姿があった。

 頭頂部の白髪はだいぶ抜け落ち、白衣に隠れた体はゲッソリと痩せ細って目は血走っていた。まるで何日も徹夜したかのような状態で、知らぬ人が見れば復讐に憑りつかれた悪鬼のようにも見えるだろう。老人が資料を探る手を止め、パソコンの前に座ると後方の扉からノック音が響いた。彼がなんの返事もしないでいると、扉はゆっくり控えめに開き外から看護婦が現れた。眼鏡をかけ長い黒髪を三つ編みにしており、その手に持つトレーには簡素な食事が並べられている。


「『大山』先生、お食事をお持ちしました」


 大山は目も向けない。


「……ああ、助かる……そこら辺に置いておいてくれ」


 看護婦は短く淡々と返事をすると、錠剤がばら撒かれている机の上に置いた。そのまま「失礼します」とだけ告げるとすぐに部屋を出て行った。


「あと少しなんじゃ……あと少しで奴らに一矢報いることが……」


 うわ言のように不明瞭であったが、そこには憎悪が込められているようだった。

 老人の名は、『大山功』。十五年前の生物災害では都市の外れにある桜山病院にいたが、桐崎に連れられ早々に避難した。その後、桐崎は服用していた『狂鬼化薬』の副作用で脳死し、大山は国の支援を受け『オニノトキシン』研究を継続していた。とはいえ、最先端の医療技術は失われ、有識者の研究チームも壊滅したために、大山一人でオニノトキシンの全貌を解明しなければならないのだが……

 それもやむを得ない。オニノトキシンには『千里鬼眼』という厄介な性質がある以上、情報漏洩の危険性が非常に高いのだ。それでも、桐崎が脳死する前に大山へ伝えた情報もある。ゆっくりではあるが、確実に研究は進んでいた。

 大山は、冷めきってしまった昼食をとると松葉杖を支えに立ち上がる。彼の左足は膝から下がなかった。大山は壁にたて掛けてあった家族写真の目の前に立ち、しみじみと呟く。


「志郎……」


 息子の名だ。写真の中では、彼の妻の隣で朗らかに微笑んでいる。しかしその笑顔はある日突然失われた。志郎は大山功と同様、研究者だった。バイオテクノロジーや人工知能の研究に関しては右に出る者はいなかったぐらいだ。しかしあるとき、他の研究者たちの妬みによって、その研究の危険性について執拗に責められ最終的には世論までもが敵に回った。そして志郎は、その研究の凍結と共に失踪したのだ。


「お前がいてくれさえすれば、今頃――」


 「オニノトキシンにも対抗できただろうに」そう呟こうとした瞬間、大山の頭に電撃が走る。


「っ! まさかっ!?」


 大山は弾かれたように顔を上げ目を見開く。杖をつきながらも、すぐさまパソコンの前に戻る。フォルダの深層から志郎の研究レポートを見つけ出し印刷した。コピー機からのっそり出てきたそれをひったくると、ドカッと椅子に深く腰掛け一心不乱に読みだした。やがて、顔が青ざめその手が震えだす。


「……間違いない……オニノトキシンの正体は、有害な化学物質でも、未知の寄生虫でもない……」


 大山が興奮気味に呟き、レポートをめくる手を早める。


「となると、儂の脳も既に……」


 大山は複雑そうに顔をしかめると頭頂部を撫でた。心臓はバクバクと脈打っている。


(しかし『半人半鬼』になっておいて正解じゃった)


 大山の左足は事故で失ったのではない。自ら切り落としたのだ。『半鬼化薬』を注入するために。これも万が一、『オニノトキシン』が既に自分の脳に住み着いていた場合に『千里鬼眼』で見られないための苦肉の策だ。

 『半鬼化薬』は、うまく機能しなくなった人間の体の一部を再生させ、『オニノトキシン』がそこに住み着くというものだ。しかし大山の場合、足の切断に対して再び生えてくるなどという都合の良い結果にはならなかった。一応は、左足を失ったままでも半人半鬼になれたので、成功と言える。


「しかしこれが分かったところで、手の打ちようがないことに変わりはない」


 大山は忌々しそうに頬を歪めるとレポートを持つ手に力を込める。その情報を国家防災局へ送るべく、早速文章を打ち始めた。

 ――しかし、その手はすぐに止まることになる。背後でした扉を乱暴に開け放つ音と、荒々しい息遣いによって。


「バ、バカな……」


 振り向いた大山の目線の先にいたのは、二体の『獣鬼』だった。どちらも看護婦の制服を着てはいるが、だらんと首が垂れ目は白目を向いている。片方は、先ほど昼食を運んできた看護婦だった。とても女性のものとは思えない野獣のような息遣いで、内側から盛り上がった筋肉が服に張りを出している。完璧なタイミングだった。まるで、大山が真相に辿り着いたことをすぐに察知したかのように。


「監視カメラでもしかけておったか」


 大山は静かに立ち上がり辺りを見回す。素人ではそんなもの見つけることはできないが、その線が濃厚だろう。監視カメラで監視している人間の目を『千里鬼眼』で盗み見る。シンプルだが確実だ。大山が喋っている間にも獣鬼たちはのっそりと近寄ってくる。


「ふっ、浅はかじゃな『志郎』。こやつらがここに来たということは、儂の考察が正解だということの証明。身内の起こした不祥事じゃ。たとえ死んだとしても、必ず儂が決着をつける!」


 獣鬼の目を見て、ここにはいない者へ向かって叫ぶ大山。その強い意志に反応してか、ついに獣鬼が地を蹴り、その獰猛な牙が大山へと突き立てられた――


 その日、人類の希望であった大山功の研究室は原因不明の爆発によってその研究成果ごと砕け散った。同時に大山の遺体も発見され、人類は水面下で確実に追いつめられていくのだった。

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