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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第三章 鬼の鼓動
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最後の兄弟喧嘩

 影仁は大剣を横へ流すと、宗次へ飛び掛かった。右のトンファーを突き出すが、宗次は左の大剣を逆手に引き、広い刃幅を盾とした。その刀身へトンファ―の切っ先を当てた影仁は、ドリルを打ち出すがびくともしない。


「『斬馬双刀ざんばそうとう』というそうだよ、この大剣」


 宗次はその場で高速回転し、両手の双龍断刀を暴風のように振るった。影仁はトンファ―を盾にするが、その風圧だけで吹き飛ばされる。


「くっ……」


 やはり亮とは桁が違う。これが宗次の言う『本物の強さ』か。宗次は壁へと叩きつけられた影仁へ大剣の切っ先を向け、砲弾のような刺突を放つ。影仁は身をよじって紙一重で避けた。


「苛立たしいよ。獣鬼なんて脅威を前にして、未だに日本も他国も内密に処理しようとしているなんて。あまりにも楽観的じゃないか」


「だからこれほどの犠牲を出してでも、獣鬼の脅威を知らしめたと言うのか!?」


 影仁は、右へと円周上に走る。


「そうさ。くだらない組織体勢や競争意識なんかに縛られているから、半鬼化薬なんていう一発逆転の武器も上手く活用されない」


 宗次は大剣を影仁の胴目掛けて水平に薙ぎ払う。影仁は大きく跳び玉座の上に着地した。


「どういうことだ?」


「半鬼狼は唯一、千里鬼眼で見ることのできない存在だった。『オニノトキシンの巣』が注入箇所に作られるからね」


「なっ!?」


 影仁は、目を見開き固まる。


「つまり、彼らは唯一、千里鬼眼の監視を受けない人間なんだ。けど、現行の組織がそれを手にしても、また醜い権力争いの火種になるだけだ。それじゃあ奴らに対抗できない!」


 宗次は立ち止まった影仁へ右の大剣を振り下ろした。玉座ごと真っ二つにするつもりだ。影仁は両足をバネに玉座の背を思いきり蹴ると、弾丸のように飛び出した。宗次へと向かって。空中で振り下ろされた大剣は影仁の体すれすれを斬り裂く。後ろで玉座の破砕音が響いた。


「それなら、その情報を拡散して世界中で研究させればいい。なにも一つの組織で管理する必要はないだろう?」


 影仁は急速で宗次に接近しトンファ―を突き出した。宗次はそのトンファ―の切っ先に合わせ、左の大剣の柄をぶつける。急に影仁のスピードが落ち、その体が宗次の間合いに入ると影仁の脇に蹴りが直撃した。影仁は全身で地面を擦りながら大きく吹き飛ばされる。


「言ったじゃないか。千里鬼眼で監視されてるって。そんなことしようものなら、獣鬼たちが一斉に牙を向くよ。だから、そうなる前に彼らには力を失ってもらったんだ!」


 宗次は自分に言い聞かせるように顔を歪め叫ぶと、再び立ち上がった影仁へ向かって左右の斬馬双刀を叩きつける。


「ぐぅっ……」


 影仁は辛うじて右のトンファ―で右の大剣を、左のトンファ―で左の大剣を受ける。


「これで終わりだ、兄さん」


 宗次が鬼の形相、灼熱たる気迫で影仁を押し潰そうと力を込めた。影仁は圧倒的な力を前に片膝をつき、メキメキと地面に足が食い込んでいく。


 ――ピキ!


 両腕のトンファ―も表面がひび割れ、壊れるのも時間の問題だった。


「そう、じ……」


 影仁は諦観の混じった虚ろな瞳で宗次を見た。彼は弟だ。弟が兄を越えていく。そんな展開も悪くない。そう思い始めていた。


「――その程度か、少年」


 そのとき、力強い声が影仁の心を現実に戻した。


「誰だ!?」


 宗次が辺りを見回す。玉座の間の入口に立っていたのは、龍断包丁を背にした筋肉質の巨漢『成田清悟』だった。清悟は険しい表情で影仁を睨みつけている。


「君が以前、仲間の仇をとると息巻いていたときは、そんな目じゃなかった」


「なか、ま……?」


 そのとき、影仁の脳裏に光汰の笑顔が蘇る。いつも快活で周囲にまで元気を振りまいていた、弟のような存在を。影仁は彼と最後に交わした約束を思い出す。ここで倒れればそれが果たせなくなるということも。


「――冗談じゃない」


 影仁の瞳に再び闘志が宿った。斬馬双刀の猛進が止まる。


「そんな!?」


 宗次は、信じられないものを見たというように目を見開く。宗次は血走った目で歯を食いしばり、再び影仁へ全力を注いだ。そのとき――


「――うおぉぉぉぉぉっ!」


 清悟が龍断包丁を掲げ、猛然と宗次へ突進した。


「ちぃっ、邪魔だ!」


 宗次は右の大剣で豪快に薙ぎ払う。清悟は大剣で受けるが、あっけなく吹き飛ばされ壁に激突した。勢いよくのめり込み、清悟の姿が確認できないほどの砂煙が上がる。


「――恩に着る」


 そのとき生まれた一瞬の隙。それを見逃す影仁ではない。影仁は自由になった左手のトンファーを投げ捨てると、腰の細剣を抜き宗次の右腕へ投げ放った。細剣は円盤のように回転しながら飛び――


「ぐっ!」


 清悟を薙ぎ払って隙のできた宗次の右腕を切り裂いた。衝撃で右腕が回転しながら後方へ飛んでいく。影仁は力の緩んだ左の大剣を押しのけると後ろへ跳び退いた。そして、右手のトンファ―を捨て、左手を真横に突き出すと――


 ――ヒュンッ!


 『龍断包丁』が飛来し、その左手に収まった。


「後は任せろ」


「ふっ……それでこそだ」


 清悟は壁に縫い付けられた状態で満足げに呟くと、気を失い床へと崩れ落ちた。影仁は龍断包丁を両手で握り、中段に構えると覚悟を決めた強い眼差しを宗次へ向ける。


「宗次、今度こそ終わりにしよう。これが最後の兄弟喧嘩だ」


「ああ、兄さん」


 宗次も左の大剣を上段に構え、清々しい微笑みを浮かべた。そして――


「「――はあぁぁぁぁぁっ!」」


 模倣された二人の信念が激突する。膂力は互角。片手の全能タイプと両手のバランスタイプで、ようやく均衡を保っているところだ。重い一撃が幾重にもぶつかり合う。ぶつかるたびに飛び散る火花は、まるで魂を削っているかのようだった。現に互いの刃は、人間の限界を遥かに超えた剣戟けんげきで徐々に欠けていく。それでも、二人は止まらない。


「僕はただ、兄さんに勝ちたい!」


「まだダメだ!」


 二人は、まるで童心にでも帰ったかのように、軽快なステップを踏みぶつかり合う。勝敗の決着はどんどん引き伸ばされていく。永遠にも思える熱気の中で、二人の表情は朗らかだった。

 やがて、決着の時は訪れる――


「ぐぅっ……」


 影仁の一太刀によって双龍断刀がついに砕けたのだ。宗次の肩口から振り下ろされた大剣は、宗次を深々と袈裟切りにしていた。影仁は突然訪れた結末に呆然としながらも、ゆっくりと倒れた宗次の横に片膝をついた。


「宗次……」


 影仁の瞳は悲しげに揺れ、どうしようもない哀愁が漂っていた。血まみれの宗次の上体を起こすと、宗次は血反吐を吐きながら光を失った瞳で影仁の方を向いた。


「なんだよ……やっぱり、兄さんには敵わないかぁ」


 宗次は血に濡れた口の端を緩める。


「十分だ。お前は俺にとって、自慢の弟だ」


 影仁は頬が歪むのを必死に我慢しながらも声を震わせた。


「そう、か……嬉しい……な……」


 最期に満足そうな笑みを浮かべ、宗次は息を引き取った。影仁は、なにも言わず宗次の亡骸に額を埋め、嗚咽を漏らすのだった。

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