宗次の真意
「お前はなぜこんなことをした。これだけの犠牲を払い、鬼の脅威を世に知らしめるような真似をして、一体なにがしたかったんだ」
「まあ、ありきたりの言葉を使うなら、人類への警鐘ってところかな。皆、『オニノトキシン』の恐ろしさが分かっていないからね」
宗次が表情を無くし、軽快で高かった声が一段低くなる。その雰囲気は怒りを抑えているようにも見えた。
「そんなこと……最前線で戦っている者たちは重々承知している」
「いや、分かってないね。オニノトキシンの『成長』と『拡散』が」
影仁の頬が強張る。体に緊張感が走っていた。
「成長……まさか、昼なのに獣鬼が動いていたのは……」
「いや、それは単に睡眠薬で夜に眠らせていただけさ。昼夜の生活サイクルを逆転させただけだよ。そんなことよりも、考えてみてほしい。僕は兄さんにオニノトキシンを注入したわけじゃない。なのになぜ、死んだ兄さんは鬼人になったのかな?」
「それは……」
影仁は言いよどんだ。高速で頭を回転させるが納得のいく答えが出せない。あり得る答えは一つだが、それを認めることがなにより恐ろしいのだ。宗次は無情にもその解を口にする。
「分かっているはずだよ。最初から兄さんの脳にはオニノトキシンが住み着いていたのさ」
「バカなっ!」
影仁は大声を上げ宗次を睨みつけた。否定せずにはいられない。
「そしてそれは兄さんだけじゃない。他の一般人も同様だ。なんらかの感染経路があって、人は無意識のうちにオニノトキシンに感染している。人類はじわじわと侵食されているんだ」
影仁は絶句し顔を絶望に染めた。どうにか否定しようと脳をフル回転させるが、頭の奥ではそれが正しいのだと認めていた。やがて影仁は肩を落とすと生気の抜けた表情で宗次を見る。
「オニノトキシンとは一体……」
「寄生虫みたいなものさ。あれは感染した人の脳に住み着き、宿主が死ぬとその体を乗っ取る。そしてその体を強化し人に襲い掛かるバケモノと化すんだ。だから人類は、オニノトキシンに喰い尽くされる前に、それを生み出した元凶を探し出さないといけない」
「元凶?」
「そう、このプロジェクトの発案者だ。僕は彼の存在を千里鬼眼で確認して以来、五年をかけてひたすら探してきた。鬼人を集めていたのは、彼を殺すための準備とカモフラージュだ」
「カモフラージュだと?」
「そうさ。僕らはいつだって千里鬼眼で『監視』されているからね。だから、仲間の鬼人たちにも重要な情報は伝えないできた」
宗次の言葉にはいつの間にか熱がこもっていた。それを見た影仁は「ふっ」と穏やかな表情になる。宗次にかつての面影を見たのだ。
「そうか……お前は独りでも戦い抜いてきたんだな」
影仁が見せた表情に宗次は目を見開き反射的に呟く。
「にい、さん……」
「聞かせてくれ。鬼人の身であるお前は人類のように滅びの運命にない。なのになぜ、わざわざ人類へ警鐘を鳴らした? なぜ、人の脅威を取り除こうとする?」
「分からない……本当は人間に戻りたいのかもしれない。でもおかしいよね。一度死んだ僕は、オニノトキシンで生前の心を模倣した紛い物。これが本当の偽善てやつなのかな」
宗次は悲し気に目を伏せ、影仁は諭すように穏やかな声で応えた。
「違うな。たとえ心が模倣だとしても、五年間の経験はお前のものだ。それでも、その熱意と慈愛を失っていないのなら、それは紛れもない本物だ」
宗次はゆっくり顔を上げ、儚げに微笑んだ。
「もういいんだ。僕は人と手を取り合うつもりはない。兄さんともだ。あなたを鬼人にした理由は仲間にしたいからではない。ただ、勝ちたいからだ。鬼化という対等の条件で戦い、勝つことで、鬼人になってもなお模倣されたこの『劣等感』を消し去る」
宗次は苦しく呻くように告げると立ち上がり、玉座の左右に刺さっていた大剣をそれぞれ片手で抜いた。その刀身の全長は三メートルもある。とてもではないが、両手で持っても人間に扱うことのできない代物だ。
影仁は静かながら全身に闘気を宿し、両腕のトンファ―を構える。ここで「お前とは戦いたくない」などという無粋なことは言わない。
「俺の心がたとえ、模倣されたものであったとしても、鬼を許さない。お前が鬼として俺の前に立ちはだかるのなら、この手で決着をつけよう」
「ははっ。兄さんらしい不器用さだ。でも――」
宗次は床を蹴る音と共に姿を消した。否、影仁の上空にいた。宗次は落下と同時に右の大剣を軽々と振り下ろす。影仁は大きく横に跳び間一髪で回避した。
――ドゴォォォォォン。
直後、大剣が床に叩きつけられ轟音と地震が発生する。宗次はゆっくりと大剣を持ち上げると影仁へと向き直った。
「やめておいた方がいい。兄さんの能力では、亮と同じ全能タイプの僕には遠く及ばない」
「嫌気が差すな。その言葉、さっきの鬼人と全く同じだ。あいつは自分の力に溺れ、雑魚だと見下していた俺に敗れたんだぞ」
宗次は涼しい顔でやれやれと首を振る。
「戦った兄さんなら分かるだろ? 亮は鬼としての力は凄まじかったけど、戦い方も知らないド素人だ。その力を弱い者いじめにしか使えない、ハリボテの強者だ。本物の強さを前にすればなにもできない。そんな奴と一緒にしないでくれよ。まさか忘れたの? 僕の実力を!」
宗次は「バッ!」と前へ跳ぶと、影仁へ右の大剣を振り下ろす。影仁は冷静に両腕のトンファ―を交差させ、真正面から受け止めた。その重量は激しくのしかかるが、影仁は耐える。
「お前こそ、鬼人になって都合の悪いことだけ忘れたか。お前が摸擬戦で俺に勝てたことなど、一度もない!」




