血塗られた再会
影仁が目を覚ますと、そこは街外れの廃墟だった。取り壊された教会の跡地で、辺りは雑草が生い茂っていた。天井は半分なく、月明かりが寂しく照らしていた。教会の椅子に横たわっていた影仁は体を起こそうとするが、
「っ!」
右手首に激痛が走り、衝撃で全てを思い出した。今度は左手を支えにゆっくりと起き上がる。
「――目が覚めたのか」
目の前に男がいた。色黒のドレッドヘアーで紺色のロングコートを羽織り、落ち着いた雰囲気を纏っている。失明しているのか両目に黒色の帯を巻いており、年齢は三十代前半といったところで体格はいたって普通。
影仁は警戒しつつ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ここは私たちのアジト。仮だがな。私は『針生』。歓迎するよ、黒野影仁くん」
針生は「ふっ」と口の端を緩めるが、影仁は戸惑い後ずさった。
「お前も鬼人、なのか?」
「そうだ。だが危害を加えるつもりはない。逃げないでゆっくりしていったらどうだ?」
あくまで針生の声は穏やかだった。しかし油断はできない。亮のように感情にムラのあるタイプかもしれないから。ただ、逃げるにしても他の鬼人がどこに潜んでいるか分からない。影仁は逃げる手段を模索しつつ、情報収集をすることにした。
「お前ら鬼人は一体、何者なんだ」
「私たちが何者か? ……それは君も知っていると思うが。他の個体同様、常軌を逸する身体能力を有し、さらに人間の知能まで兼ね備えた、『鬼の進化』であり『人の進化』した姿だ」
その言葉に影仁は息を呑む。戦慄を覚えたのだ。
「お前らが『人の進化』した姿、だと? そんな歪んだ力、人間には必要ない。それに、お前らは獣鬼になったとき『たまたま』知能を持っていただけだろう?」
針生は頑なな影仁を否定することなく小さなため息を吐いた。
「鬼人も元は人間であり、獣鬼だ。鬼化した際、突然変異が起こったと言われている。その確率はほんの僅かであるが故に、我々は希少な存在だ。だから世界各地にいる鬼人を探し転々としてきた。もちろん、すぐに見つかったがね。千里鬼眼のおかげで」
「なら、お前はなぜ目を隠している? 鬼人ならば鬼化したときに視力も戻っているはずだろ」
それは間違いない。由夢の目が証明している。針生はしんみりした雰囲気で夜空を見上げた。
「私は生まれつき目が見えなかったんだ。それでも、温かい家庭に恵まれ幸せだった。そんなときだ。獣鬼に襲われたのは。奴らに噛まれ、私は獣鬼になった。そのとき初めて目が見えるようになった――」
次第に針生の表情が憎しみと怒りに変わっていく。
「――だというのに、私が最初に見たのはなんだったと思う? 家族の死だ。今でもはっきりと覚えている。あのときの光景が衝撃的過ぎて、鬼人になったんだ。だから私は自分の目を使わないし千里鬼眼も使わない。一種のトラウマさ。それに、私には生前から鍛えた心眼がある」
酷く険しい表情をしていた針生だったが、語り終えると再び穏やかな表情に戻った。影仁は針生に感じた人間味に戸惑いを隠せない。針生は自虐するように乾いた笑みを浮かべる。
「動揺しているのか? 息遣いや体の些細な動きで分かる」
「ああ。お前ら鬼人は、本当に人間の心を持ったままなのか……」
影仁は、直人のことを思い出す。彼が人として過ごしてきた間、影仁は微塵も違和感を感じなかった。
「それは違う。私の心は『模倣』されたものだ」
「なに?」
「獣鬼というのは、人が死に、その体を別の種が再利用しているに過ぎない。それは鬼人も例外ではない。この心も生前の記憶を元に模倣されているんだ」
針生は淡々と語る。驚愕に目を見開いた影仁は後ずさった。
「バカなっ……なにがそんなことを可能にする……」
「――オニノトキシンだ」
影仁の呼吸が早くなる。背筋を得体の知れないなにかが這いずり回る。息苦しさを感じながらもなんとか声を発した。
「……その情報は一体どこから……」
「リーダーだ。彼はなんでも知っているからな。後で紹介しよう。他のメンバーにも紹介したいところだが、今ここには『私しか』いないのでな」
「っ!」
次の瞬間、影仁は針生に背を向け、がむしゃらに駆け出した。激痛の走る右手首を左で支えながら。逃げられるタイミングは今しかないと直感した。
針生が鬼人である以上、すぐに追いつかれるだろう。他の鬼人が戻ってきてからでは手遅れだ。
吹き荒れる夜風が影仁の頬を乱暴に叩く。影仁はドクンドクンと暴れ回る鼓動を我慢しながら走り続けた。
「……はぁっ……はぁっ……」
野を下り街の光へ近づいてきた。影仁は走るスピードを緩め、後ろを振り向くと、針生はいなかった。足を止め呼吸を整える。
「あいつらは一体……」
影仁は血の行き渡った頭で考えたが答えは出なかった。針生が影仁を『歓迎する』と言った理由も、オニノトキシンの秘密を話した理由も、逃がした理由すらも。それでも得た情報だけは大山や桐崎に伝えねばならない。影仁は再び駆け出そうと前を向いた。
「――おや? 脱走?」
突然、影仁の後方から声が聞こえた。その声は快活でやや高く、同時に空間を押し潰すかのような覇気を放っていた。鬼人だ。振り向くことなく走れば逃げ切れるかもしれない。だが振り向かないわけにはいかなかった。その懐かしい声は、影仁が追い求めてきたものだったから。
「久しぶりだね――兄さん」
「宗次っ! お前、生きて……」
背後を振り向いた影仁が目を見開く。弟の名を呼んだとき、僅かに唇が震えた。
全身をボロボロな鈍色のマントで覆っていた宗次は、懐かしそうに目を細め朗らかに笑みを浮かべていた。奇妙なことに見た目は五年前と変わっていない。
「もちろんさ。鬼人だからね」
影仁は「くっ」と顔を歪める。とうの昔に分かっていたことだが、その事実は影仁を苦しめる。しかし宗次は、特に気にした様子もない。
「逃がすなんて……いくら千里鬼眼があるといっても、捕まえさせた意味がないじゃないか」
宗次が不機嫌そうに眉を寄せ、誰に言うでもなくぼやいた。その言葉に影仁が反応する。その言い草ではまるで――
「お前、まさか……」
「僕が『鬼人衆のリーダー』だよ。鬼人を倒した兄さんを仲間に入れたくて、亮や海野に命令したのさ。まあ、そのための条件はまだ足りてないんだけどね」
「条件だと?」
宗次は一瞬二ヤリと頬を吊り上げると、影仁の視界から消えた。
「そう。それは――」
「――っ! ごふっ!」
「教えてあげない」
胸に走った突然の衝撃に影仁は下を見た。そして目を見開く。自分の胸から突然腕が生えていたのだ。すぐに理解する。真後ろから聞こえた宗次の声。胸から伸びた血まみれの腕。口から溢れ出す大量の血――つまり、瞬時に背後へ回った宗次に胸を貫かれたのだ。
「そ、うじ……」
影仁は、最後に弟の名を呟くと絶命した。




