すれ違う友情
「リーダー、上では一体なにが起こっているのですか? 先ほどこのビルに入っていったのは、死鬼のはずでは……」
悠哉が電央ビルを見上げ、清悟へ疑問を投げる。姫川も入り口の壁に寄りかかって腕を組み、清悟を見た。
「死鬼の討伐だ。屋上では半鬼狼が死鬼と戦っている」
「なっ……」
清悟から告げられた事実に悠哉と姫川が絶句する。昼間、影仁から連絡を受けた清悟はできる限りの戦力をかき集めた。その数は十五人ほどで、電央ビルの周囲に散開して待機している。戦力は清悟の想像よりも容易く集まった。第十班が壊滅したからだ。極秘に様々な業務を担ってきた第十班は『精鋭』。その彼らが倒れたということは、生物災害特別対策グループの上層部でも深刻に捉えているということだ。その証拠に、今回の包囲網には本部の次長が参加している。作戦の指揮は清悟がとる方針であるから口出しはないが、策謀でも張り巡らせているかのように目をぎらつかせている。
「リーダーはなぜ、半鬼狼と死鬼が戦うことをご存知だったのですか?」
姫川が訝し気に眉をしかめ、普段よりも低い声で清悟に問う。この質問には清悟も上手い言い訳が思い浮かばなかった。とてもではないが半鬼狼と繋がっていたなどと言えない。部下の信頼を失うだけでなく、職を追われることになりかねないからだ。
「半鬼狼の一員が急に接触してきたんだ。『今夜、死鬼を倒す。だから奴の逃げ場を奪ってほしい』とな」
苦しい言い訳ではあったが、姫川はなにかを悟ったのか、それ以上言及しなかった。悠哉も姫川に並び、電央ビルの屋上で繰り広げられている激闘を想像し、拳を握りしめるのだった。
屋上では壮絶な死闘が繰り広げられていた。
「らしくないじゃないか影仁。どんなときでも冷静で無関心を『装っていた』お前らしくない」
直人は愉悦に満ちた薄ら笑いを浮かべながら左ストレートを放つ。影仁は上体を屈め避けると左右から挟み込むように、二刀で水平に斬りつける。しかし、直人は左右から脇腹へ迫る両刃に対し、後方転回で躱した。そのまま観客用の白テーブルへ着地する。
「お前になにが分かる。影で人を弄び、友を装って俺らを騙していたお前に!」
影仁はブーメランの要領で左の剣を直人の足元へ投げつけ地を蹴る。影仁の投げた剣は回転しながら直人の乗っているテーブルの足を切り裂いた。体勢を崩す前に直人が後ろへ跳ぶ。
「黙っていたのは謝るさ。けど、お前らと一緒にいたのは、ただ、楽しかったからだ。お前らといると飽きなかった」
「今更そんなこと、信じられるわけないだろう!」
影仁は直人に肉薄していた。直人が着地すると同時に足を切り払うつもりだ。流石の死鬼も空中で体勢を整えるのは容易ではない。しかし、直人は空中で左手の爪を三枚剥ぎ、影仁へ投げつけた。地に踏ん張っていなくとも、その威力は銃弾の如く。
「ちっ!」
影仁は舌打ちし素早く横へと跳んだ。その一瞬の後に、影仁のいた場所に三つの爪痕が刻まれる。そして直人は無事に着地を果たした。
「信じてくれとは言わないさ。僕だって、獣鬼になった当初はなにをしても満たされなかった。人を喰っても殺しても、悦びは一時的なものだった。そんなときに出会ったのが智也と影仁だ。人間だった頃の日々に未練があったからかもしれない。お前らとの日々は本当に楽しかった」
直人は戦闘時だというのに、穏やかな表情を浮かべている。構えもとらず隙だらけだ。
「ならなぜ、今になってこんな愚かな真似を」
影仁は好機と左に走り、投げた剣を拾う。そのまま直人へと進路を変え、正面から突っ込む。
「それはお前も気付いているだろう? 僕ら獣鬼は我慢ができない性質なんだ。やられたらやり返す。それだけさ!」
直人は左手で長机の端を掴むと影仁へ薙ぎ払う。影仁は、急停止し慌てて後方へ跳び退いた。
「……自分の都合で他人を殺すなど、人の心すら忘れたか」
「そうかな? 人ってのは、他人なんてどうなろうが構わないものだろう? 一体どれだけの人が赤の他人のために尽くしてやれる? 僕にとっては影仁の仲間なんて知らないし、死のうと構わない。僕が気にかけるのは、あくまで影仁や智也ぐらいだ」
「お前が人を語るのか」
影仁は怒りに眉を歪め直人を睨みつけた。
「――ただ、そのせいで君らとはもう一緒にいられないのは辛いな。お前らを本当に親友だと思っていたから……」
直人の言葉に影仁の瞳が揺れる。影仁は拳を握りしめ一歩前へ出た。
「俺だって――」
「――分かってたさ。獣鬼ってのは目が良いんだ。微かに現れる影仁の表情にも気付いていたさ。影仁も楽しかったんだろう? 心地良かったんだろう? お前はいつだって笑みを我慢していたな」
影仁は目を見開き、口を開けたまま静止した。なにも言葉が出なかった。今ここでそれを認めれば、親友を殺すという決意が揺らぐことになるのだ。影仁はしばらく直人を見つめ、その瞳の真剣さを確認すると最後に問う。
「お前は、『オニノトキシン』をばら撒いた元凶ではないのか?」
「まさか。頭の悪い僕がそんな大悪党に見えるか? でも、そうだな……お前の知らないことは知ってる。僕に勝てばそれを教えてやるよ」
直人は自分を落ち着かせるように深く呼吸をし、雰囲気を変えた。穏やかで静かな雰囲気から、触れれば切れてしまいそうなほど鋭利で厳格な雰囲気に。
影仁もそれに応えるように、両手の剣を握りしめ鋭い眼光を放つ。
「――ああ。決着をつけよう。崩れてしまった俺たちの世界に、どちらが戻るのか。その残酷な決着をっ!」
今、曇りなき夜空の下、すれ違ってしまった友情が交差する。




