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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第一章 鬼の能力者たち
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再燃

 週明け、光汰は登校した。長く感じられた一週間だったが、学校は何一つ変わっていなかった。例え、生徒が一人死んだとしても世界は回っていく。光汰は自分のクラスに入ると、挨拶もせず席についた。それを見た友人たち三人が驚きに目を見開き、すぐに光汰の元へ駆け寄る。


「おいおい心配したぞ光汰」

「お前まで『通り魔』の被害に遭ったのかと思ったじゃんか」

「そうだよ。でも、大丈夫そうで良かったな」


 彼らはほっとしたように表情を和らげると、光汰に先週のことを聞かせた。その内容のほとんどが他愛のないものだ。

 ずっと引きこもっていた光汰は知るよしもなかったが、和馬の死については、通り魔による殺害事件だと報道されていた。獣鬼の存在を認知されないように国家防災局がマスコミを操っているのだ。大抵の場合、獣鬼の被害者は失踪、又は通り魔の被害にあったとして処理されている。ただ、どこで情報がリークするかは誰にも分からず、ときたま『鬼』の噂が独り歩きする。

 光汰が愛想笑いを浮かべながら気のない相槌を打っていると、スマホのメッセージアプリに新着があることに気付いた。

 

 その日の放課後、光汰は久々の学校に若干の疲れを感じていたが、恋人の呼び出しに応じた。


「コウくんが無事で良かった。ずっと心配してたんだよ」


 藍が右手のティーカップをテーブルに置きながら言った。光汰は藍に連れられ近所の喫茶店で一息ついていた。光汰は藍と同じく紅茶を注文したが、あまり飲む気にもならないでいる。


「ごめんな」


 光汰は謝りながら目尻を下げた。それを見た藍は、静かに首を横に振り寂しげな表情になる。


「ううん。でも、今は辛いかな」


「え? どうして?」


 光汰は驚いたように顔を上げると、伏し目がちな藍の顔を見つめた。


「だってコウくん、すごく辛そう。それを我慢して、私に見せないようにしてるのが分かっちゃう。それを見るのがたまらなく辛いよ」


 光汰は否定しようとしたが上手く言葉に出せなかった。藍はきゅっと口を結び、光汰の言葉を待っている。


「だって、俺のせいで和馬が……」


 全て話して楽になりたいという衝動に駆られ、光汰は口を滑らした。しかし藍へ話すべき内容ではないとすぐに思い直し、言葉を中途半端に切る。だが藍は聞かなかったふりなどしない。


「えっ? それって……」


「い、いや、なんでもないっ」


 光汰は慌てて俯く。


「……コウくんはね。優しすぎるんだよ」


 藍は目を細め慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「それに、正義感が人一倍強い。そのおかげで今、二人でいられるんだけどね」


 藍は嬉しそうにはにかむ。藍を交通事故から助けたときのことを言っているのだろう。


「でもその分、コウくんは気を張りすぎなんだと思う。だからもう少し、自分を優先してもいいと思うよ」


 影仁にも言われたことだった。自分の目的のためにこの力を使えばいいのだと。


「もちろん、友達が亡くなって悲しむのは当たり前。でも、それをいつまでも自分のせいにして悔やむのは、誰も望んでないよ」


 藍の言葉には力が篭っていた。簡単に否定させるつもりはないというように。


「藍……ごめん。俺って酷い男だなぁ。彼女が心配してくれてるのに、自分のことばっかりだ」


 光汰は力なく笑い、後頭部をかいた。藍は首をゆっくりと横に振る。


「違うよ。優しいだけだよ。それがコウくんの良いところ。でも、私はコウくんと一緒に笑い合いたいから、なにかあったら私を頼ってよ」


 いつもは、ほんわかとして柔和な藍が強い意志を秘めた瞳で光汰を見つめる。光汰は頷くと照れくさそうに「ありがとう」と呟いた。


 外に出ると、もう暗くなっていた。道路を走る車がちらほらヘッドライトを点け始めている。

 光汰は藍へ振り向いた。


「今日はありがとう、藍。俺、頑張るよ。次のデートはたくさん笑い合おうな」


 光汰は、白い歯を見せ活気あふれる笑みを浮かべた。今からでもなにか行動を起こそうかというように。藍も笑顔で返す。光汰は藍を家まで送ると言ったが、藍は家が近いからと断った。今の光汰を邪魔したくなかったのかもしれない。

 光汰は藍の背が見えなくなるまで見送る。しかし、頭では別のことを考えていた。


(俺はバカだった。誰かを助けることで自分の存在価値を証明しようとしていたんだ。それがどれだけ虚しいかも知らずに。だから、人の形をした獣鬼を殺すことに違和感を覚えたのか)


 光汰は藍の笑顔を思い浮かべ、目を瞑る。


(俺が戦う理由――そんなの、藍を守ることだけで十分だ)


 そのとき、光汰の心の中で引っ掛かっていたものがストンと落ちた。ゆっくりと目を開けた光汰は強い男の目をしていた。

しばらく無心で突っ立っていると、


「――ん?」


 なにか見覚えのある人影が視界の遠くでよぎった。両腕をだらしなく垂らし、生気の感じない歩き方。それは、早歩きで人気の少ない西区へ向かっていた。その方角は、藍の家がある。


――ドクンッ!


 光汰の足元でコンクリートが砕ける。その小さな衝撃音に通行人は目を向けるが、既に光汰の姿はなかった。光汰は獣鬼の脚力を使い、全速力で人込みを駆け抜ける。

 風を切りながら、心の中で恋人の名を叫ぶ。もう二度と過ちを犯すわけにはいかない。


(俺はもう迷わない。あのときみたいに大切な人を殺させやしない!)


 光汰は疾風となる。ただただ強さに憧れ、目的もなく悪を倒すことに満足していた無邪気な少年はもういない。その力をむやみに振るうことはなく、ただ大切な人を守るために。

 住宅街へと続く橋を渡ってすぐに、藍の後ろ姿が見えた。その背後に獣鬼が迫っている。光汰はさらに加速し、獣鬼の背後に迫っていった。


「ァァァ……ガアァァァッ!」


 獣鬼はとうとう、夜で凶暴性が目覚め、藍の首筋に狙いをつけ走り出した。


「くっ! 藍っ!」


 思わず叫んだ光汰に藍が振り向く。そしてすぐに、それが失策であったことに気付く。


「あれ? コウくん? どうしたの? ――え?」


 もう藍の目前まで獣鬼の牙が迫っていた。


「届けえぇぇぇっ!」


 光汰が前へと跳び手を伸ばす。その手は……間一髪獣鬼の左腕を掴んだ。そのまま思いっきり後ろへ引き倒す。獣鬼の牙は藍の一センチ手前で宙を噛むだけだった。


「……間に合った」


 光汰は、体勢を崩し倒れた獣鬼を藍の視界に入れないように、藍の目の前に立った。横目に藍が無傷であることを確認すると安堵し背を向ける。


「コ、コウくん、これはどういう……」


 混乱する藍の声を背に受け、光汰は一言呟いた。


「『通り魔』だ。藍は逃げろ」


「えっ!? で、でも……」


「いいから逃げてくれ!」


 光汰が声を荒げた。藍は賢い女の子だ。光汰の様子から事の深刻さを肌で感じ、邪魔をすまいと踵を返した。そして走り去っていく。それを見届けた光汰は再び獣鬼と向き合う。


「……サンキュー、藍」


 獣鬼がのっそりと立ち上がった。最悪の事態を回避できた光汰だったが、額に冷や汗を浮かべていた。獣鬼を倒すのに必要な武器を持っていないのだ。今は半鬼狼か飛鳥の到着まで時間を稼ぐしかない。獣鬼は新たなターゲットである光汰へ目線を定め、地面を蹴り出した。

 光汰が奥歯を噛みしめ、覚悟を決めたそのとき――


 ――キィィィンッ。


「んなっ!」


 光汰の目の前に武器が降って来た。『偃月刀』が。今は四の五の考えている暇はない。光汰は偃月刀を引き抜きざまに切り上げる、その軌道で迫りくる獣鬼の右腕を切り裂いた。


「アァァァッ」


 獣鬼のごつい腕が宙を舞う。それでも敵は足を止めない。光汰は隙の出来た敵の右へ体を滑らせ、その足元を薙刀の柄で思いきり殴る。すると、獣鬼は体勢を崩してうつ伏せに倒れ込み、無様にも無防備な背中を晒した。止めを刺す絶好のチャンスだ。しかし、偃月刀の柄を握りしめる光汰の脳裏に、再び悪夢が蘇る。それでも――


「俺はっ! 藍を守るんだぁぁぁっ!」


 光汰はありったけの想いで叫び、地に手をついた獣鬼の隙だらけの背中に刃を突き刺す。


「ァ……」


 それは深々と獣鬼の心臓を貫通し、どさりと倒れた。光汰は荒い呼吸を繰り返しながら獣鬼の死骸を凝視する。しかしもう、自分の行動に後悔することはなかった。


「――答えは出たようだな」


 音もなく光汰の背後に立っていたのは影仁だった。


「影仁さん……」


 光汰は、溢れんばかりの情熱が宿った瞳を影仁へ向ける。『言いたいことがたくさんある』。顔にはそう書いていた。光汰が口を開く前に影仁は一言。


「そいつは返す」


 偃月刀に目を向けてそれだけ言うと、すぐに背を向けた。光汰は、言おうとしていた言葉を全て飲み込み、今伝える言葉を一つに絞る。そして、影仁の背をまっすぐ見つめ、ありったけの想いをぶつけた。


「ありがとうございました!」


 光汰は大声で礼を言い深々と頭を下げる。影仁は背を向けたまま、小さく呟いた。


「……強くなれ、光汰」

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