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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第一章 鬼の能力者たち
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ムサシの決断

 失踪事件解決から二週間が経った。

 平日の昼休み、悠哉は姫川に連れられムサシ中北支部近郊にある喫茶店へ来ていた。二人とも既に昼食は済ませ、ホットコーヒーの温かさに心を落ち着かせている。


「少しは元気になったみたいですね」


「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 咲の一件から一週間ほど、悠哉は仕事に身が入らずコミュニケーションもぎこちなかった。

 本来であれば、獣鬼を庇うという罪を咎められて当然だったが、清悟が上層部へ情報が渡らないよう、戦闘員たちにも他言無用と言い渡した。実働面でも大した問題になっていないのは、悠哉が立ち直るまで姫川がフォローしたおかげだ。


「構いません。そのためのチームですから。でもその分、たくさん働いてもらいますよ」


 姫川は普段とは違い、柔らかい表情で頬を緩ませた。悠哉は先輩の思いがけない優しさに瞳を潤ませる。


「ありがとうございます。リーダーにもご迷惑をかけてしまいました」


「ここのお代もリーダーが出してくださいました。後でお礼を言っておいてください」


 悠哉は目を見開いた。仲間の温かさが心に染み入る。


「そうだったんですか……リーダーのこと少し誤解してたみたいです。噂なんてあてにならないな」


 「噂?」と悠哉の何気ない一言に、姫川は怪訝そうに眉にしわを作る。


「なんでも、獣鬼になった両親を自分の手で殺したって。その瞬間も淡々としていて、次の日も何食わぬ顔で出社する血も涙もない冷徹な人間なんだって」


「……あなたになにが分かるんですか」


 顔を伏せた姫川は低い声で呟く。それはまるで怒りを抑えているかのようだった。

 悠哉は不穏な空気に戸惑う。


「なにも見ていないくせに……他の人もそう。人間は、他人を悪く言うことばかり一流よね。私もそれと同じ人間でありことがたまらなく不愉快だわ」


 姫川は悔しそうに唇を噛み、肩を震わせていた。


「わ、悪くだなんて。俺はただ……」


「……リーダーだって、泣いていたのよっ! 私は見てしまった。あのとき、皆が現場を離れた後を。あの人は泣いて謝っていた。『親不孝な自分を許してほしい』と」


 その事実に衝撃を受けた悠哉は目を見開く。


「次の日だってそう。でも、それを仲間の前ですると私たちの仕事を否定することになる。だからあの人は我慢していたんです」


 考えてみれば当然のこと。清悟ほど仲間想いな男が、親を殺してなにも思わないわけがない。


「す、すみません……俺は本当にバカでした……」


「謝罪などいりません。ただ、あなたが私の後輩なのだというのなら、リーダーの支えになってあげてください」


 悠哉はようやく気付いた。辛い思いをしているのは自分だけではないのだと。そして皆、各々の葛藤を抱えながらも前に進み続けているのだと。


 悠哉と姫川は本社に戻ってすぐに会議室へ呼ばれた。

 到着すると、ちょうど複数の人間が出ていくところだった。悠哉は彼らに見覚えがない。しかし皆、獰猛な眼光を携え、ただの歩行でさえ隙がなく、存在するだけで空気を圧迫していた。身に纏っているスーツも高質のもので上層部の人間だと察した姫川は、表情を硬く気張っていた。

 やがて二人が会議室へ入ると、そこには清悟が一人重苦しい表情で資料を読んでいた。


「……姫川と内村か。とりあえず座ってくれ」


 二人の入室に遅れて気付いた清悟は表情を和らげる。悠哉と姫川は清悟の向かいに座る。

 清悟は余っていた資料を二人へ渡し、説明を始めた。今回の仕事について。


「『半鬼狼捕獲作戦』? これ、本当にやるのですか?」


 悠哉は作戦を聞くと驚きの声を上げた。信じられないというように瞳が揺れている。姫川はなにも言わず、ただ資料を睨みつけていた。その作戦の目的は『半鬼狼の捕獲』。それだけであれば戸惑うことはない。問題はその手段にあった。


「『飛鳥で捕獲した獣鬼を街へ放つ』だなんて……これでは一般人を危険にさらします!」


 悠哉は拳を握り声を荒げた。姫川も奥歯を噛みしめ端麗な顔を憤怒に染めている。


「分かっている。本部には何度も中止を願い出たがダメだった。これは組織としての決定だ」


 清悟は目線を下へ向けながら感情を殺し告げる。


「そんなむちゃくちゃな……」


 悠哉は清悟に言っても仕方ないと肩を落とした。いつの間にか外は夕暮れになっていた。眩い黄昏が会議室を照らす。ようやく姫川が口を開いた。


「そもそも本部の目的は何ですか? 一般市民の安全を度外視してまで、半鬼狼を捕まえることになんの意味があるのですか?」


「先日、関西で第五班が半鬼狼と交戦したらしい。そのとき、奴らの圧倒的な身体能力に確信したそうだよ。『鬼が混ざっている』と。それで上は、半鬼狼が貴重なサンプルになると考えた。もし、異種の獣鬼を手に入れ研究を進めることができれば、未知の技術を開発できるかもしれない。我々が民間企業だからこそ利益の最大化は優先される。つまり、これは組織の欲望だ」


「くっ、あいつらさえいなければ……」


 悠哉は憎しみに彩られた表情で怨嗟の呟きを吐く。

 清悟は、ゆっくり顔を上げ覚悟を決めた表情で厳かに告げた。


「それでも、最前線で戦う我々だけは忘れてはならない。我々の売り物は武力などではなく、全ての人の安寧なのだと。たとえ、組織がそれを忘れたとしても、我々に意志がある限り誰も傷つけさせない」


 悠哉と姫川は、清悟の瞳に宿る炎の熱を感じ取り神妙な面持ちとなった。


「飛鳥第七班は、職務をまっとうするのみだ。であれば、今回の作戦に失敗などあり得ない」


 そしていつもの如くまっすぐに返事をするのだった。


「「了解」」

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