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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
最終章 シンギュラリティ
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新生半鬼狼

「――なにはともあれ、千里さんが無事で良かったです」


 蒼は車の後部座席に座り、ゆらゆらと揺られながら携帯を耳に当てていた。


「え? こっちですか? 順調ですよ。作戦も上手くいって、後は獣鬼の本拠地を叩くだけです。嘘じゃないですって! 俺を信じてくださいよ~」


 蒼は苦笑しながら後頭部をさする。とはいえ、その頬は緩みっぱなしだった。油断していると下を噛むほどの速度で車が走っているというのに、呑気なものだ。


「もう復帰!? いやいや、あと数日は寝ていたほうがいいですって! 全然申し訳なくなんかないですから。あ、いや……俺は今からまた戦闘です。大丈夫ですよ。必ず生きて帰ります。約束ですから」


 蒼はこれから決死の戦いに臨むというのに、穏やかな表情で落ち着いていた。それは成長によるものなのか、それとも諦観によるものなのか。いずれにしても、彼の果たすべき役割は変わらない。

 しばらく業務に関する話をしていたが、やがて千里が話題を変える。


「えっ、例の女の子? 誰ですかそれ? いや、しらばっくれてなんていませんよ。アンドレさんから? 飲食店で働いてて、俺に気のある女の子……あぁっ! って、別に俺に気があるわけじゃないですよ」


 次第に千里の声に不機嫌さが混じり出す。彼女は「いいから居場所を教えなさい」となぜか必死だ。


「え? 今度会いに行く? それはまたどういう……た、闘いぃっ!? なんでそんな物騒なことに……まあいいですけどね」


 蒼はなぜかは分からないが、どっと疲れた。深くため息を吐くと最後に真剣な声で大事なことを伝えようとする。


「それじゃあ、そろそろなんで。ええ、大丈夫ですよ。さっきも言ったように、必ず戻ります。あっ、ちょっと待ってください。千里さん――大好きです」


 蒼はその一言を言い終えると同時に通話を切った。彼女の反応は、戻ってから確かめるつもりだ。覚悟を決めて言ったというのに、蒼の頬は盛大に赤くなり頭から湯気が出そうなほどだ。


「ちっ!」


 運転席から苛立ちを隠さない舌打ちが聞こえ、蒼は我に返る。車を運転しているのは飛鳥主任の平雅人だ。影仁の話では、生前の光汰が彼に世話になっていたようだ。見た目は手負いのクマのように獰猛そうだが、意外と面倒見がいいのかもしれない。


「まあまあ。一人身のひがみはやめましょうよ、雅人さん」


 助手席から優しげな声が響く。彼女は以前、即鉄の墓で出会った弓岡薫だった。艶のある長い黒髪に整った顔立ちと穏やかな笑みは、まさしく大和撫子といった印象だ。

 彼女は、生前の光汰と同級生で半鬼狼の仲間だったと聞いている。蒼が光汰の息子であると雅人が話したとき、感極まった薫に強く抱きしめられたので、蒼としてはなんとなく気恥ずかしい。

 薫に諫められた雅人は、不機嫌そうにアクセルを強く踏む。


「あぁん? 姉妹揃って、行方不明の影仁を十五年も待ち続けた、度し難いロマンチストが偉そうに言うんじゃねぇ」


「んな!?」


 薫が一気に頬を赤らめ、むぅと眉をしかめる。蒼にとっては意外だった。千里に勝るとも劣らない美貌を持つ彼女と弓岡由夢が三十歳前後の独身だったなんて。

 とはいえ、それは他人が気にすることでもない。それよりも蒼は、ある違和感を感じていた。薫は足が悪く車いすに乗っていたはずだが、先ほど道の駅で薬のような錠剤を飲んだ後、突然歩けるようになった。雅人も同様、力を失い垂れていたはずの右腕が、今は肥大化し猛々しく脈動している。

 そして――


 ――バァンッ!


 車の上で狙撃銃を握っている由夢も、失明していたはずの両目が今、獣鬼の頭へ正確に狙いをつけている。

 好奇心が抑えられなくなった蒼は薫へ聞いた。


「すみません、もし良ければ教えて欲しいんですけど、薫さんは足が悪かったはずでは?」


「ええ、そうよ。今はただ、『半鬼化薬はんきかやく』という薬の力で一時的に再生させているにすぎないの」


「半鬼化薬?」


「まあ、簡単に言うと一度は死んだ部位を、オニノトキシンの力で再生させる薬。ただ、これの二度目の服用には副作用があって――」


「――薫」


 薫が副作用について言いかけた途端、雅人がドスの効いた声で遮った。すると薫もはっと口に手を当て苦笑する。


「あ、ごめんなさい。とにかくこれは影仁さんから預かったもので、これのおかげで『今日一日』は五体満足で戦えるということよ」


「そ、そんな薬があるなんて……」


「お前ら、無駄話はそこまでだ。もうすぐ着くぞ」


 雅人の言葉に、蒼は表情を引き締めた。もうすぐだ。もうすぐで終わる。この残酷で救いのない世界が。そして、獣鬼との悲しく辛い戦いが。

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