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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
最終章 シンギュラリティ
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オニノトキシンの真実

 影仁は蒼に全てを話した後、夜明けと共に約束していたある場所で悠哉と合流した。その数時間後にムサシ本部の大会議室で緊急会議が開かれ、影仁はオニノトキシンの情報を提供すべくムサシ上層部の前に立った。

 しかし鬼人としての脅威を野放しにするはずもなく、影仁の両目は黒い布で覆われ両手には手錠が掛けられている。加えて、周囲は武装した飛鳥戦闘員で囲まれており、まるで大罪人のようだ。とはいえ、影仁には千里鬼眼があり両手の枷も壊すことなど造作もない。ムサシも本能的に畏怖しており、場は異様な緊張感に支配されていた。


「では、始めましょう。まずご紹介致します。この者こそ、鬼人と呼ばれる獣鬼であり、我々にオニノトキシンの情報提供を約束してくれた者です」


 悠哉は影仁の左斜め前に立ち、影仁の紹介を始めた。長机に座っている三十名ほどのムサシ社員、役員たちもそれは重々承知している。様々な思惑を秘めた視線が一斉に影仁へ突き刺さる。恐怖、期待、憎悪、と様々だ。

 長い沈黙の後、影仁の目の前に座る生物災害対策本部長が重い口を開いた。


「それでは遠慮なく聞かせてもらおうか。オニノトキシンの全貌を。いいかね? 鬼人クン」


 穏やかで親し気な口調だが、その目は研ぎ澄まされた刃の如く鋭い。他人の視点からそれを確認した影仁は、なにも思うことなく淡々と答える。


「……オニノトキシンを一言で言うなら、『AIを内包した化学物質』だ」


「……なに?」


 場の困惑を代表するように本部長が唖然と呟く。他の者たちもポカンとしている。『AI』――つまり『人工知能』であるが、これは災害以前であっても発展途上にあった技術。それが文明の衰退した今になって暗躍しているなど、納得できなくても無理はない。影仁はそんな周囲の反応などお構いなしに続ける。


「オニノトキシンの性質はこうだ。驚異的な再生力、増殖力、感染力、そして支配した肉体に限界以上の力を与える。だがこれは、ただのおまけに過ぎない。本当の目的は、人の脳に寄生し、人間の行動パターンや心理をAIが学習することだ。オニノトキシンは、造られてから約二十年間、空気感染により人々の脳に寄生し、人間の行動を学習し続けている。獣鬼は成長したAIの行動を試すための、いわば『実験体』にすぎない」


「なんて、ことだ……」


 本部長が頭を抱え弱々しく呟く。すると周囲が一気に騒がしくなった。この衝撃的な真実に対する反応は二分される。本部長や悠哉、萱野のようにそれを真実と捉え顔から血の気が引く者。そして、それをデタラメだと断じてヤジを飛ばす者。このどちらかだ。


「静かにせんか!」


 そして彼らの現実逃避は、本部長の一喝ですぐに鎮まる。


「すまない、部下たちが失礼した。しかし、そんなもの一体誰がなんの目的で造ったと言うんだね?」


「生みの親は大山功の息子『大山志郎』だ。オニノトキシンによる、この全人類を対象とした人体実験を『プロジェクト蠱毒』と名付け、その最終目標を『最強の鬼』とした」


「最強の鬼?」


 本部長の二列後ろに座っていた萱野が神妙な面持ちで聞き返す。


「まず、AIを成長させるため、大山志郎は段階を踏んで人の鬼化を制御してきた。最初のうちは、小規模団体での獣鬼の行動実験や、人の多い大都市での一部鬼化により、人々へ絶望を与えその心理と行動パターンを学ばせた。そしてあるとき、一斉鬼化による未曾有の災害を起こし次の段階へ移行。人類が追いつめられたとき発揮する潜在能力を学習させようとした」


「そ、それでは……ずっと感染源と感染経路を探していたのは……」


「まったくの無意味だ。それに、噛まれて感染するから鬼化するんじゃない。噛まれて死ぬから脳がAIに支配され鬼化するんだ」


 救いを求めた調査部長の声は、影仁にあっけなく切り捨てられた。次に技術研究開発部長が口を開く。


「奴らは、AI同士が無線で繋がっているのか?」


「そうだ。大山志郎の研究施設から鬼化の指令を出すことができる。また、AIが学んだデータをそこに全て集め解析を行っている。さらには、千里鬼眼という各個体間の視点の共有を可能とし、全世界の人間の脳とAIの意識をネットワークで繋いだ」


 「むぅ」と研究職の社員たちが唸る。『AI』、『バイオテクノロジー』、『ビッグデータ』、『IoT』と立て続けに失われたはずの最先端技術が話題に上り混乱していた。

 再び本部長が口を開く。


「では、最強の鬼というのは、そのAIが成熟したもののことを言うのか?」


「違う。最強の鬼とは、この獣鬼たちとの戦いに生き残った人間のことを言う」


「ん?」


「これは最古の鬼人から得た情報だが、大山志郎は二十年以上も昔、オニノトキシン研究を実現不可能と判断され、国から見捨てられたんだ。その後、人の醜さを思い知り、彼らがやがて地球を滅ぼすと判断した大山は人類を滅ぼし、人を造り替えようとした。そこに必要なものは民。賢く強くありながらも自分の思い通りになる者たち。その人格の元となる人間が必要だった」


「ま、まさか……」


「そうだ。この世界で最後に生き残った者。それが奴の民のオリジナルとなる。後は、ビッグデータに集めた全技術情報と全人類のあらゆる情報から、世界を再生する」


「……なんて、男だ……」


 萱野が恐怖に歪んだ顔でうわ言のように呟く。しかしすぐに顔を上げた。


「待てっ! 大山志郎は既に死んでいるぞ!」


 萱野の叫びに、他の上層部たちも「はっ!」と顔を上げる。萱野の言う通り、大山志郎の遺体は山口県の砂浜で見つかっていた。


「ああ、奴は成熟したAIを御しきれず、獣鬼によって殺された」


「バカな!? では、我々は今機械に滅ぼされかけているのか!? 我々と同じ人間の作った機械によって!」


 本部長が怒鳴りながら机を叩き立ち上がる。そして瞬く間に絶望は伝染した。「嘘だ嘘だ」と壊れたように連呼する者。「もう終わりだ」と絶望に瞳の光を失う者。もう彼らには情報を精査する気力も残っていない。


「――しかし、希望が見えたのもまた事実」


 そんな状況にあっても、悠哉は頬を緩ませ気丈に影仁を見据えていた。その姿は影仁が最期を見届けた清悟と同じもの。


「研究施設の場所を教えてくれ。すぐにでもそこを叩く」


「……東京だ。場所はある程度目星がついているが、まだ見つかってはいない。だがやるなら今日しかないぞ。海を渡ってきている獣鬼たちは間違いなく今夜中に上陸し、そのまま人里を襲撃するだろう。俺が話した情報は全て、AIが監視しているから野放しにはしない。もし夜であれば、ここにいる人間は多くが鬼化していたはずだ」


 影仁が急に饒舌になり必要以上に恐怖を煽る。それを聞いた上層部の人間たちは恐怖に頬が引きつっていた。悠哉と萱野も険しい表情で奥歯を噛んでいる。無理もない。昨夜の戦いでかなりの戦力を消耗したのだ。十分な休息もなしに再度戦うなど自殺行為。

 だがそれでも――


「ふんっ、やってやろうではないか」


 額に脂汗を浮かべた本部長が最後の戦いの開始を認めた。

 その数時間後、昼が過ぎてから再び戦士たちは死地へ赴くのだった。自分たちが囮であるとも知らずに――

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