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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第八章 最後の鬼人
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鬼の脊髄

 蒼は影仁から指定されたルートを辿り、鬼穿を使って移動した。左手でもう一つ鬼穿を掴んでいる。最後に帰還するための分だ。


「……ここらでいいだろう」


 着地して突っ立っていた蒼の背後で影仁が呟く。

 そこは、都心から離れた場所にある霊山だった。近くに寺院や温泉があり、かつては観光客で賑わっていたが、今はまるで遺跡のように古びた雰囲気を醸し出している。

 彼らは今、山のふもとにある柵に囲まれた展望台に立っていた。


「な、なぜこんなところに……」


 蒼の声が震える。先ほど圧倒的な力を目の当たりにした鬼人と二人きりで山の中だ。不安を隠せなくても無理はない。


「今なら、この周辺に獣鬼はいない。なにを話しても大丈夫だ」


「獣鬼が? 分かるんですか?」


「ああ。それが鬼人……いや、オニノトキシンの力だ」


 蒼は息を呑む。

 影仁はゆっくりと顔から仮面をとった。その相貌は、蒼が想像していたよりも遥かに若かった。いわば青年といった年だ。二十代前半にしか見えず、とても雅人と対等に話せるような年齢には見えない。


「鬼人は歳をとらないんだ」


 影仁は、微かに頬を歪め悲しげに呟く。


「では、あなたは……」


「俺の名は『黒野影仁』。人の年齢で言うなら、三十三だな。雅人の四つ下。そして、お前の『父親』の一つ上だ」


「……え? あなたは、俺の父を知っているのですか!?」


 影仁から告げられた『父親』という言葉に、蒼は心が躍った。これまで出自不明だったために苦しみそして、親のことを知りたいと強く願っていたのだ。影仁は蒼へ向き直り、真剣な眼差しでその目を見る。


「お前の父の名は、『伊刈光汰』。母は『梅山藍』だ。当時、二人はまだ高校生だったが、光汰は獣鬼を狩る組織『半鬼狼』の一員で、俺の仲間だった。雅人もその一員で俺はそこのリーダーだったんだ」


 蒼は息を呑む。そんな組織のことは聞き覚えがない。しかし、先ほどの雅人の反応には納得できた。二人は旧知の間柄だったのだ。

 影仁は僅かに眉尻を下げて続けた。


「しかし十五年前、光汰は鬼人との激戦の末に死んだ。そのとき、あいつは俺に言い残したんだ。藍を頼むと。そして、彼女に宿った新しい命――蒼、お前を守ってくれと。だが、そのすぐ後に未曾有の生物災害が起こった。俺は急いで藍の元へ駆けつけたが、そのときには彼女はもう……泣いて謝ったさ。恋人も子供も守れず約束を果たせなかった俺を許してくれと」


 蒼は唖然と口を半開きにし後ずさる。揺れる瞳は現実を直視できていない。心の底では、親が生きているものと思っていた。いや、そう信じたかった。なにかの事情があって自分を置きざりにし、いつかまた会えるのだと夢想してやまなかった。

 そんな蒼に、影仁は静かに頭を下げる。


「お前の両親を守れなくて、本当にすまなかった」


 それが、影仁の抱えてきた苦しみなのだろう。しかし、今さら謝罪などなんの意味もない。蒼は顔を伏せ両の拳を握りしめる。

 影仁の話はまだ終わってはいなかった。


「それから数ヵ月、目的を失った俺はひたすら鬼人を殺して回った。あれだけ一斉に鬼化すれば、生まれる鬼人の数も並ではないからな。鬼人を追い、再びこの地を歩いていたあるとき、赤子の泣き声を聞いたんだ。不思議だろう? 生者のいなくなったはずの街で、生を受けた者がいるのだから。その赤子はな、土を掘り返して出てきたんだ。俺が埋めた『梅山藍の墓』から」


「っ! そんな……信じられません! そんなこと、赤ん坊にできるわけ……」


「それはそうだ。だが、その赤子が『鬼の脊髄』を受け継いでいたとしたら?」


「お、鬼の脊髄?」


「光汰が持っていたもので、オニノトキシンによって再生変異した、獣鬼の脊髄。そして、その力はお前もよく知っているだろう?」


 蒼は目を見開き後ずさる。


「まさか……」


「ああ、そのときの赤子がお前だ。蒼」


 蒼は驚愕の表情を浮かべたまま固まる。完全に理解の範疇を越えていた。獣鬼を憎み、ひたすら討ってきた己の力が獣鬼のもの。その事実は、精神的にもかなりの衝撃を与えた。


「あとはお前も知っている通りだ。人里で暮らすことのできない俺は、お前を岐阜の街の病院へ置いて行った。『蒼』という名を添えてな。そして十五年間、この千里鬼眼を通してお前の成長を見守ってきた。あるときは『伊黒美佐代』、またあるときはお前の師匠や、『湯芽林翼』らの目を通してな」


「そんなことが……」


 蒼は茫然自失ぼうぜんじしつといった無表情で呟いて下を向き、己の掌を見つめる。そして、その拳を強く握り顔を上げた。その頬は力み、覚悟を決めたように影仁の目を見据えている。


「黒野影仁さん、父との約束を守り、俺を救い出してくれて……俺に名前をくれて、本当にありがとうございました!」


 蒼が深く頭を下げた。熱のこもった声は静かな山に響き渡る。

 影仁は微かな笑みを浮かべた。


「お前は、光汰によく似ている。優しく正義感に溢れ、そしてまっすぐだ。だから蒼、ここからはお前の未来の話をしよう」


 蒼は顔を上げ影仁を見る。その真剣な眼差しを。


「俺の未来?」


「そうだ。お前はなにを犠牲にしてでも、この長い、鬼どもとの戦いを終わらせたいと願うか?」


「それは、どういう……」


「これは単なる好奇心だ。別にどちらであっても俺は構わない。光汰との約束を果たした今、俺の役割は終わった。ただ、お前が強く平和を望むのなら手を貸してやろう」


 影仁はまるで、この悪夢のような世界を変えるための手段を持っているかのような言い方をした。それは、蒼が心から望むもの。蒼は奥歯を噛みしめ一歩前へ足を踏み出し、影仁の目を見て言い放つ。


「俺は獣鬼を滅ぼし、平和な世界を手に入れたいです。それを夢見て俺に託してくれた人たちのためにも」


「……いいだろう。ならば、お前が人類最後の希望として全ての元凶を断ち切れ。全てが始まった場所、それは――」


 影仁がオニノトキシンの全貌について話し始める。千里鬼眼や他の鬼人を得て辿り着いた真相を。そして、それを討ち滅ぼせるのは蒼だけだということを。

 全てを話し終えた後、影仁がふと空を見上げると、いつの間にか夜は明けていた。

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