想い出たち
『平主任! このままじゃ……』
住宅街で孤軍奮闘していたのは飛鳥二班。班長は『平雅人』。常に不機嫌そうな険しい表情を顔に貼りつけ孤高であり続ける大男。彼の右腕は十五年前の鬼人衆討伐戦以降、思うように動かず、常にだらんと垂らしていた。故に鬼穿の操作は腰の操作器と、武器内蔵のものを使っている。その武器とは、真ん中の持ち手に操作器が内蔵され、長い棒上下の先両方に斧のついた『双戦斧』。そして、その鬼穿の名を『金剛-壱式』と呼んだ。
「慌てるな! 陣形を崩さず戦闘を続行しろ」
雅人は四方八方から迫りくる獣鬼たちを双戦斧で豪快に薙ぎ払う。他四人の班員たちは周囲の民家の屋根に乗り、ひたすらマシンガンを乱射する。これが飛鳥二班の戦法だ。雅人を囮に周囲の獣鬼を引きつけ一斉に撃ち抜き、とりこぼした敵を雅人が薙ぎ払う。
「おらぁぁぁぁぁ!」
雄叫びと共に最後の敵を薙ぎ払うと、雅人は斧を地面に立て呼吸を整えた。敵の数が多すぎた。今回、飛鳥に異動となり初めて大都市戦に参加した雅人は、噂以上の苛烈さに舌打ちする。
だが休んでいる暇もなく、すぐに部下から索敵の報告が耳に入った。
『平主任、新手です! あれは……子供?』
雅人は周囲を見回し新たな敵を見つけた。小学生ほどの背丈の獣鬼が六体歩いて来る。白目と牙を剥いたその顔は、笑っているかのように歪んでいた。
「…………おい……待てよ……」
『平主任?』
雅人は武器も持たず、足を一歩前へ踏み出した。信じられないというように呆然とした表情で目を見開きながら。
『平主任、なにをされているのですか!? くっ、各員、構えろ! 来るぞ』
班員たちは銃口を子供の獣鬼たちへと向け始める。
それでも雅人は、戦意の感じられない腑抜けた棒立ちで唇を震わせる。
「おい……男と男の約束だったろうが。俺みたいなでっかい男になるんじゃなかったのかよ? 良斗ぉぉぉぉぉ!」
「キキキキキ!」
雅人の悲痛の叫びを受けると同時に子供たちは地を蹴り、想像を絶する俊敏さで襲い掛かる。
――――――――――
ここ都心部でも飛鳥一班と他拠点の戦闘員たちが戦っていた。敵は次から次へと出現する。建物の中だけでなく、川の中、土の中からも。
「コイツら、私たちが準備している間に自分たちも準備していたのか」
悠哉の言葉は憶測でしかない。しかし、今までの彼らの成長からも十分に考えられることだ。
「アァァァ」
「キキッ」
「グォォォッ」
「くっ!」
悠哉はバーニアを噴射し、前方を駆ける獣鬼たちの首をすれ違いざまに次々斬り捨てる。さらに前方、川の上の橋が獣鬼で溢れかえり先へ進めない。もはやおしくらまんじゅう状態で、押し出された獣鬼たちが川へ落ちていく。
立ち止まった悠哉のすぐ横に群馬勢の班長が並んだ。
「早くこの先の地区を探索したいんですが、これじゃあ……」
「大丈夫。このときのための新兵器ですよ。葉鳥、『大蛇砲』を」
『了解しました』
悠哉がインカムを通して指示すると、葉鳥はすぐにトラックの荷台からガトリングを持ち出した。その周囲を飛鳥一班の班員が警護しながら安定した位置に着くと、葉鳥は脇に抱えていたガトリングの銃口を橋の上に溢れる獣鬼たちへ向ける。
「あれは……」
「新型鬼穿に使っていたガトリングを配備しました。葉鳥、橋の上を一掃しろ」
葉鳥は頷くと、左手でガトリングを抱え右手で側面の回転機構を勢いよく回した。
――ドドドドドドドドドドドドッ!
大地は震動し、けたたましい銃声に周囲の戦闘員たちは戦慄する。瞬く間に獣鬼たちが倒れ、橋の横から川へと落ちていく。銃声が止んだとき、橋の上にあったのは数多の死屍累々。
「す、凄い……」
「活路は開けた! 皆、私に続けぇぇぇ!」
悠哉は全速力で突進し、橋の死体の山を飛び越え新たな地区へと足を踏み入れた。目の前には十体の獣鬼、全て無造作に振るわれる刀の錆となる。一体また一体と流れるような太刀筋が獣鬼の生存を許さない。
「はぁっ!」
彼こそまさしく現代の侍であった。愛刀の名は『鬼断刀』。鞘は腰のバーニアに連結され、柄には他のものと同様に操作器が内蔵されている。その鬼穿の名を『阿修羅-弐式』。
飛鳥の現場最高指揮官の奮闘に、後方の友軍も活力を得て勇み駆け出す。
しかし、
――ガシャァァァァァンッ!
周囲の高層ビルから再び無数の獣鬼が降って来る。
「またか!?」
悠哉は冷静に飛来する敵を避け、それが降り立つたびに斬り捨てる。しかし、後方の友軍は対応しきれなかった。
「う、うわぁぁぁ!」
「や、やめろぉ!」
「ひっ……」
総崩れだ。
「全員、固まって戦え! 葉鳥は大蛇砲を――」
――ドガァァァァァンッ!
悠哉の言葉は爆音で遮られた。後方を振り向いたと同時に、葉鳥が自爆したからだ。その寸前、彼の周囲には隙間もないほど獣鬼が押し寄せ、葉鳥の体中に噛みついていた。
(そういうことか……奴ら、むやみやたらに降って来たんじゃない。狙いは大蛇砲だったんだ)
今更気付いても遅く、友軍の被害が加速度的に増えていく。悠哉も前方から迫りくる獣鬼たちの相手で精一杯だ。
「くぁぁぁっ!」
闘志を失うことなく敵を切り伏せていく。
一向に敵は減らない。
背後にいたはずの仲間は全て獣鬼と化した。
悠哉は肩で息をしながら鬼断刀を両手で強く握る。もはや背後を振り向くことなく、前だけを見据えた。
――ドクン!
悠哉の動きが止まる。驚愕の表情を浮かべたまま微動だにせず、息すら止めているかのようだった。目前に佇む、女の獣鬼には見覚えがあった。
「ははっ! アカツキパークのあった千葉から戻って来たんですか? 自分の家まで歩いて? さすがですね」
悠哉は獣鬼へ陽気に語り掛けるが、表情は酷く歪み頬に一筋の涙が流れる。その獣鬼の生前の名は、『姫川彩』。悠哉の尊敬すべき先輩であり、十五年前、鬼人の攻撃から悠哉をかばって死んだ女性だ。
「グァ……」
「……随分、待たせてしまいましたね。今度は僕があなたを助ける番だ」
姫川だった獣鬼は獲物を求めて駆け出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
悠哉は、迷いを断ち切るように野獣の如き叫び声を上げると、刀の切っ先を彼女の胸へ向け歯を強く食いしばりながら地を蹴った。
その長い鬼断刀の刃の先へ吸い込まれるかのように、獣鬼の胸に刃が突き刺さる。勢いで根元まで刺さり悠哉はそれと密着した。
「グッ……」
「すみません、姫川さん」
次の瞬間、彼女の右手が悠哉の後頭部を掴んだ。だがすぐに力が抜け、撫でるように悠哉の背を這って絶命した。力を失ったその体は、儚く崩れ落ち棒立ちになる悠哉の足元へ骸を晒す。悠哉はなにも言わず、肩を震わせ後ずさった。
しかし悠哉が感傷に浸る暇はなく、周囲の獣鬼たちは既に動き出していた。
「もうこれ以上、私の……僕の思い出を汚さないでくれ……この街はっ、お前らのような死人がのさばっていい場所じゃないんだよぉぉぉ!」




