今はただ、前へーー
「――ばあちゃん」
全ては美佐代から始まった。彼女が蒼を十五年もの間、真心を込めて育ててくれたからこそ、今の蒼がある。彼の芯の強さは美佐代からもらったものだ。
「師匠……」
ヘージとの出会いが蒼の運命を変えた。彼は、ホームレスで暇人でだらしのない男だったが、戦いを教えるときは決して適当なことを言わなかった。おかげで蒼は、戦い抜く術を身に着け、今日までなんとか生き残ってこられた。
そんな師匠は最後、その身を挺して蒼を絶望から守り抜いた。彼から鬼穿の技術を教わったことこそ、なによりの誇り。
「五班のみんな……」
技術五班での日々は、この絶望的な世界にあってなお、温かった。これまでの辛い出来事で傷ついた心もいつの間にか癒されていった。
湯芽林はどこか師匠に似ていた。普段は脱力しているようで、やるときはきっちりやる、頼れるリーダーだ。彼はいつだって蒼のことを気にかけ、その言葉に励まされたのは一度や二度ではない。
竜道はクールで他人と関わることを避けていたが、心の底では家族や心優しき人たちを想い、仲間たちと道を違えてしまった。アンドレを殺し、千里を傷つけた彼を憎みきれないのは、共感できてしまうから。だから蒼は、獣鬼を全て蹴散らし彼の家族が戦わないですむような世界に変えると誓った。
アンドレはいつも蒼に元気をくれた。蒼がどんなに辛いことがあっても悩んでいても、アンドレの活気あふれる笑顔が蒼の支えになっていた。彼の守ろうとした日本の文化を、自分も守りたい。それが蒼の嘘偽りない気持ちだ。
そして千里。気高く美しい女性。彼女は蒼の憧れだ。彼女の存在が心の中でどんどん大きくなっている。この感情をなんと呼ぶのか蒼はまだ知らない。それを知るためにも、生き抜き千里を守り抜くという強い想いを胸に秘める。だから彼女には、もう危険な戦いに赴かずただ待っていてほしい。自分の帰りを。
夢のような半年間だった。幾多もの出会いと別れ。数々の困難を仲間たちと共に乗り越えた経験が、少年を大きく成長させた。願わくば、まだまだ彼らから学びたかった。
あの頃にはもう、戻れない。今はただ、前へ――
『――到着だ。各員、戦闘準備』
「「「了解」」」
トラックの荷台を覆っていた深緑のシートが外されると、蒼は荷台から飛び降りた。班員と共に、夕焼けで照らされた舗道へ整列する。
腰に装着している大型バーニアが光の反射で黄金色に輝く。指揮官用と同様に背には二本の剣が交差しており、腰の後ろにはマシンガンが一丁。いずれの武器にも、バーニアの操作器が内蔵されている。その鬼穿の名を『阿修羅-改』と呼んだ。
圧倒的なまでの勇猛なオーラを纏う戦闘員たちの前に悠哉が立つ。
「作戦は話した通りだ。この大都市で、調査部が未だに鬼人を探し続けている。なんとしても今夜中に見つけださねばならない。その露払い、しっかり頼むぞ。この作戦が日本の存亡をかけた大勝負だ。『飛鳥』行動開始!」
「「「了解!」」」
蒼たち、飛鳥の全五班は高層ビルの立ち並ぶ東京都市中心へと飛び立った。
ムサシ上層部の会議から五日後に作戦は開始された。他拠点との連携、新武装の配備、各種戦術用備品の準備など、獣鬼の夜襲を防ぎながら進めていたために時間がかかった。とはいえ、五日でここまでの準備ができたのはムサシ本部が総力を挙げ、さらに役所を始めあらゆる組織の協力があってこそだ。
準備期間中、調査部は東京の周辺に見張りを立てた。準備中に鬼人が東京から離れては意味がないからだ。もしそうなっては、彼を探し出すことがほぼ不可能になる。だが鬼人はおろか、獣鬼すら姿を現さなかった。
そしてその日、とうとう準備が整った。十箇所以上の拠点から援軍が到着、飛鳥は秘密裏に進めていた増員計画を実行に移し、各県から精鋭と呼べる実力者を飛鳥へ引き入れ、さらに試験運用グループを統合した。これで飛鳥は計二十五名、五班体制へと拡大させることに成功。そして、班員たちに『阿修羅-改』を配備し飛鳥は正真正銘の最強集団と化した。
調査部と近隣拠点の援軍を中心に、朝一から東京全域の探索を開始。日が暮れるまで探しても鬼人は見つからず、作戦は第二段階へ――
(あちこちで戦闘が始まっている)
そこら中で響く銃声と怒号に、蒼は緊張で顔を強張らせた。時刻は十八時。日も暮れ、調査員たちが運んできた移動式照明装置が光を放つ。隣を飛行している班員『清河隆二』が蒼へ顔を向けた。
「大丈夫だよ。報告ではあの地区の獣鬼は多くないと言っていただろう? まっすぐに進めばいい」
「は、はいっ」
蒼は、自分の不安を見透かされていたことに驚く。清河は、まだ二十代半ばで温厚そうな性格だがその実、数々の戦果を上げてきた手練れだ。蒼にとっては心強い。
彼ら飛鳥の出撃こそ作戦の第二段階だった。もし昼間に鬼人が見つからなかった場合、鬼人も獣鬼同様『夜行性』であると仮定し、温存していた飛鳥を活性化した獣鬼討伐にあて、夜間まで探索を継続。それが今の状況である。




