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きっと何処にでもある日常

 柔らかい風、学生達がグラウンドを駆ける音、笑い声。

 四月末の暖かな日差しをレースのカーテン越しに受けて、窓際の椅子に腰かけた少女はそれらをぼんやりと感じていた。保健室特有の消毒液の香りが漂う。カーテンに囲まれた奥のベッドでは貧血を起こした同級生が眠っている。保健の先生は先ほど別の学生が倒れたとかで、少女に同級生を任せ、すぐに戻ってくるからと言いながら出て行ってしまった。つまり少女は、自身が独りであるということを感じていた。

 暖かくても寒くても、孤独とは離れ難い。その様に感じている少女にとって、それからの行動はいつも通りのことだった。

 すっと立ち上がり、教員の机の上、ペン立てに刺さっているカッターを、カチカチと鳴らして刃を出し、自身の手首にあてがう。電気が走ったような刺激のあとで、そこが熱を持ち、毒にでもあてられているかのようにじんじんと痛む。そして、一滴の、紅。

 そう、ここまでは、いつも通りのことだったのだ。

 勢いよくカーテンが引かれる音がして、形のいい瞳に覗き込まれるまでは。

「いらないのか?」

少女は何のことかわからなかった。

「じゃあ」

ちょうだい、と言うやいなや、その瞳の持ち主は、少女の手首に吸い付いた。あまりに驚いたために微動だにしない少女をよそに、それは、手首から血が出なくなるまで、最初の一滴すらも残すことなく、きれいに舐めとった。

「おいしかった」

 それは満足げにひとつ深呼吸して、少女を再び覗き込み、見つめた。

「ご馳走様」

 形のいい瞳がきゅうっと狭くなったかと思うと、少女は気を失った。


「……さん」

 大人の声に、少女は目を開けた。先生が帰ってきたのだ。眠ってしまったのかと少女は頭を下げたが、逆に遅くなったことを詫びられた。その時、授業終了を告げる鐘が鳴った。

 にわかに廊下が騒がしくなる。先生は同級生が寝ているベッドへ向かい、体調を確認する。

 穏やかな日常の風景の中で、少女は、自分が眠るまで何をしていたのか思い出せずにいたが、さして気にも留めず、歩ける程度に回復した同級生とともに教室へと戻ることにした。


 少女はたしかに、この一件を忘れていた。しかし忘れたからといって、無かったことになるわけではない。


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