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さなぎたに1人  作者: きたお
26/30

第26章 おまけ

釧路では毎年8月の第1週の金、土、日曜日に「釧路みなと祭」が開かれる。

 明治期になって本州の余剰人口の受け入れと急激に進む文明開化のために必要とされる資源を確保するために、そして、「北方四島を含む北海道は日本の一部」ということを国際社会に主張するために急速に進められた北海道開拓の拠点の一つとして整備された釧路は、だから、明治維新より100年以上を経過しても経済の政治依存度が高く、「失われた20年」とも言われる平成不況の中にあって、政府による財政移転に多くを期待できない現状では、町も沈滞気味になる。それでも港祭り期間中は、釧路市のメインストリート北大通に歩行者天国が開設されたり、数や多くの人が参加する「市民踊りパレード」や「音楽パレード」が開かれるなど、生気がよみがえるような数日になる。

 今日は朝方に辺りを覆っていた海霧が午後の北風で沖へと去り、青空が広がっている。

 田中事務所をいつもの時間で退勤した紗月は、もしかしたら海霧の季節は去ったのかしら等と考えながらバスに乗ることはせずにぶらぶらと北大通りを歩いて虔陵院を目指した。

 庫裡に戻ると、茶の間のベランダは網戸にして順照と実加子が2人並んで扇風機に向かって座りながら、2人ともソフトクリームをなめていた。

 「どうしたの、2人とも」

 「暑くて」

 微笑みながら言う紗月を振り向こうともせずに実加子は言った。

 確かに昼のニュースで今日の釧路の正午の気温は26度と言っていた。日本全国のあちこちで今年の最高気温を観測しているから釧路もそれにならったのだろう。

 窓を全開にして網戸ににして外の空気を取り入れては居るが、それでも扇風機が恋しくなる温度だろう。

 「紗月さんの部屋も窓を開けて網戸にしておいたよ、それから紗月さんのアイス  クリームは冷蔵庫にあるから」

 実加子の声を背中に受けて、ありがとうというと紗月は自分の部屋で部屋着に着替えると他の2人に並んで座って扇風機の風を浴びた。

 それにしても、扇風機の前に陣取ってアイスクリームをなめるだけで十分、涼しくなれるなど東京に居るときには考えられなかった。

 窓の近くにつり下げた風鈴が風に揺れて、ちりり、と音を立てる。

 今朝のテレビの天気予報では東京の予想最高気温は34度とされていた。多分、東京都民は窓辺に風鈴をぶら下げて網戸を全開にする程度では暑さをしのぐことは出来ずにいるだろう。紗月は去年の夏に蒸し焼きにされそうな東京の夏を体験したから、片手に団扇を持ってぱたぱたやりながら目の前の網戸を通して外の景色を眺め続けた。

 その週の金曜日に市内の大きな公園で式典が開かれた後、いよいよ、みなと祭が開始された。土曜日の今日の昼間は幾つかのパレートが催されるなどして北大通の辺りも沢山の見物客で盛り上がるはずだ。  

 「お前達、みなと祭の見物に行かないのかい? 」

 日も暮れて辺りが暗くなった頃、夕食も入浴も終えて、扇風機を横に置いて風に当たりながら二人して借りてきたDVDを見ている紗月と実加子の背中に向かって、ソファに腰掛けた順照が声を掛けた。   

「今日、これから面白いテレビはいるから」

 「めんどくさいもん」

 2人は団扇をぱたぱたと動かしながら順照の方を見ることもせずに答えた。2人の目の前で開け放たれた窓にかけられた網戸の向こうからは、海の音が聞ていた。

 

 釧路の最大の夏のイベント、釧路みなと祭が終わると海は日本列島に沿って北上する台風の影響で時化始めた。

 凪の日の潮騒など海の近くで暮らす人々は誰も気にとめないが、時化の海は乱雑に打ち鳴らされた銅鑼のような音を立てていて、慣れているはずの人々でさえ小さく恐怖を催して、海鳥さえも陸地で羽を休めていた。

 酷く時化た台風が過ぎると8月半ばの釧路に吹く風が色濃く秋の気配を帯び始めた頃、紗月は相変わらず徒歩で通勤して田中事務所で仕事をしていた。

 今日は朝から曇り空で本州の残暑の影響を受けたかして蒸し暑い空気に覆われている。事務所も窓を開けて外の風を入れながら紗月と田中は働いているが、さすが「全市天然クーラー完備」というだけはあって、紗月からすると仕事の邪魔になるような気温ではないし、それは田中も同じだった。

 打ち合わせたわけでは無いが、昼頃になると田中が行きつけの軽食喫茶で昼食を取って事務所に戻ると紗月が近くのコンビニに昼食を買いに出かける毎日だ。

 いつものコンビニの店内に入ると満腹になると睡魔に襲われるしなどと考えながらサンドイッチとコーヒーを買って事務所に戻ろうとすると事務所が入居しているテナントビルの1階の出入り口で企業名の書かれたボードに見入っている人たちが居た。

 痩せて総白髪だが髪にきちんと櫛目を入れた男性と、その妻と思しき小太りの女性、そして、紗月と同じ位の身長で紗月から見えた横顔からすると実加子と同い年くらいの女性だった。

 紗月は彼らを一目見て親子だと思った。

 彼らは紗月がドアを開けて中に入ると驚いた顔をして、紗月の脇をすり抜けるように表に出た。

 娘と思われる若い女性はその時、確かに泣いていたと紗月は思う。

 3人が出て行った後を目で追いながら不思議に思い、彼らが見ていたボードの前に立った。

 多分、父親と思われる男性はボードのなかの丁度、田中事務所の辺りを指で指していた。

 ただてさえ来客の少ない田中事務所で、今まで親子連れが訪れた経験など無かった、そしてなにより、娘と思われる女性が泣いていたことに気を引かれた。

事務所に戻ると田中はパソコンとにらめっこをしていた。

 今し方、1階の出入り口付近での出来事を田中に告げるべきかどうか紗月は迷ったが、そもそも、この事務所を訪ねてきた人たちなのかどうかもはっきりしないのに、言っても仕方がないと思い田中には何も告げなかった。

 「はい、終業5分前です」

 田中はいつもどおり午後2時55分になると紗月に笑顔で声を掛けた。

 この事務所での紗月の勤務時間は午前9時から午後3時と決められていて早出も残業も無く、田中は毎日きっかりこの時刻になると紗月に声を掛けて退勤を促す。言われて紗月は帰り支度を済ませて午後3時丁度に、失礼します、と言って事務所を後にした。

 徒歩で幣舞橋の辺りまで来て、今朝、檀家周りから戻る時刻が普段より少し遅くなると言われたことを思い出し、急ぐこともないだろうと思い、目の前にある複合商業施設「MOO」の中をぶらつこうと思ったのだ。

紗月は施設の中をしばらく歩いた後に、2階にある釧路川を見下ろす喫茶店に入った。

 注文した紅茶を口にしながら、紗月は何も言わずに釧路川を見続けた。

 「MOO」の対岸には大きなビルや漁業にまつわる会社の事務所が建ち並んでいる。詳しいことは知らないが、確かに見た限りでは好景気に沸いているという印象は無い。

 釧路の人は釧路を褒めないと紗月は思う。寒い、何も無い、海霧が嫌だ等々、釧路の欠点を数え上げることが好きで得意という人が紗月の周囲の地元民にも多い。

 そうなのか、と紗月は思う。釧路を弁護する理由も無い紗月は、だから、地元民の言うことを真に受けている。

 確かに地元民がいう「美しい自然」も魅力が無いでは無いが、殊更に花鳥風月を愛でる風流人でもない紗月からするとそれが「釧路の取り柄」と言われてもぴんとこない。だが、 釧路もそこそこ良い都市(まち)じゃん、と紗月は思う。

 町の西側と東側にそれぞれ本州資本の大手スーパーとそれを中心にした商店街が形成されている。だから、買い物は東京と大差をつけられることも無い。映画館もあるし大型書店も幾つかある。路線バス網も整備されているし、例えば東京や札幌との間には航空路線も開設されている。医療機関だって多分、人口の割には充実していると紗月はおもう。

 今、釧路では田中事務所のパートで毎月10万円ほどの収入がある。順照に言われて毎月3万円をおさめているが、それでも約7万円が手元に残る。これが嬉しい。

厳冬期に生まれて初めて釧路に来て、途端に人智をあざ笑うかのような寒さと吹雪に晒された。それが終わると今度は海霧に覆われる日が続く。

 釧路だけなのかどうか北海道の事情に疎いから詳しいことは分からないが地元民が頻繁に用いる「しゃあない」という言い方。

 「しゃあない」仕方が無いよ、諦めようよと言った、戦う前から降伏しているような日本語。しかし、刺すような、身を切られるような冷たい冬の海風や、例えば札幌や帯広といった同じ北海道内の他都市が夏の暑さと日照を満喫している頃にあって、ひとり根釧原野一帯には気象台から「低温と日照不足に関する情報」が出されて特に農業関係者には作物の成長に関して注意するように呼びかけが行われるという現実。この気候風土の中で人は「しゃあない」と思わなければ生きていけないのだろうと紗月は思う。

 その土地に合わせた生き方があり暮らしがある。考えてみると当然のことなのだろう。

 紗月は、もしかしたら私は人混みが苦手なのだろうかと思うことがある。

 孤独癖があるわけでは無い、1人で居ることが辛くなったことが東京で暮らしていて1度や2度では無かった。更心寮を退寮してから勤めた会社の近くに借りたアパートに住んでいた頃、その近くで開かれた縁日に出かけたことがあったが、そこでは会場に独りぼっちで居ることがなんだか寂しかった。そこを解雇され、しばらくハローワークに通う日々が続いた頃、例えばラッシュアワーの最寄りの地下鉄駅やたまに出かけた東京駅での人混みを目の当たりにして、呼吸が速くなり鼓動が高鳴り手に汗を握って、時には吐き気がした。

 刑務所帰りということを気にしすぎているだけだと自分で自分を励ましてその人混みの中に身を投じていたが、その中に居るだけで随分と疲労感を覚えた。特に、関東医大付属東京第1病院で働いているときラッシュアワーの新宿駅の人混みを目の当たりにして、心底、自分の出勤時間帯がラッシュアワーと少しずれていて、しかも職場まで歩いて行ける所にアパートを借りて良かったと思った。

 人間のあくどさや厚かましさ、意地汚さを病院や刑務所で直に体験した。

 紗月は、もう人間相手は沢山だと思う。そして、その時として人間嫌いになる紗月でもどうにか生きていけるだけの間合いがこの釧路(まち)にはある。だから紗月は、ここが気に入っていた。

無言で釧路川を眺めていて、さて、もうそろそろ良い頃合いだと思い、会計して貰おうとして手に提げたバッグの中に財布と携帯電話が無いことに気がついた。事務所に忘れてきたらしい。幸い、手提げバッグの中に折りたたんだ1,000円札が1枚あったから恥をかかずにすんだが、紗月は事務所に戻ることにした。

 すみません、忘れ物をしました、と言って事務所のドアを開けた紗月の目に自分の机の前辺りに立ち尽くす田中恒太郎と、その前に土下座する喪服姿の3人の人物が見えた。

 田中はスーツの上着を脱いでおり、土下座している喪服の3人は、若い女が前に居て、その後ろに2人の年輩の男女が並んでいた。その3人に紗月は見覚えがあった。その人達はさきほどこのビルの1階でテナントで入居している会社の名前が書かれたプレートの前に居た3人だった。

 紗月は手早く自分の机から忘れた財布と携帯電話を手にすると挨拶もそこそこに部屋を出た。そして、取り敢えずビルを出ると、道路を挟んで向かい側にある喫茶店に入って紅茶を頼んだ。

 なんなんだ、紗月は今、事務所で見てしまった光景を思い浮かべた。

 あの沈着冷静で紗月の前では無表情か笑顔しか見せたことの無い田中が、明らかに戸惑っていた。そして、顔を上げて紗月と視線が合った喪服姿の男性の頬に涙の跡があった。

 田中が何か3人による迷惑を被ったということなのか、だが、何を?家族全員が喪服姿で謝罪に訪れなければならないほどのこととはどんなことなのか。

 紗月の疑念は膨らむが、田中に確かめる術が無い。

 ぼんやりと喫茶店の窓の外を眺めながら紅茶を飲んでいると、ビルから先程の喪服姿の3人が出て来た。若い女が泣いてばかりで足下が覚束なくなり、年上の女性がそれを支えようとして何度も立ち止まりながら歩いている様子が紗月の席からもはっきりと見える。3人の歩いている方向にはホテルがあるから、これから宿に戻るのだろう、ということは3人は地元民では無いのだろうか。

えらいものを見てしまったと思いつつ、紗月はその喫茶店を出て虔陵院への帰途についた。

 庫裡ではいつもどおりの夕食と入浴を済ませて、すこし実加子と駄弁ったあとに床に就いた。

 この日、田中事務所で見たことを順照には話さなかった。何となく田中の手前が気になるし、明日、田中が何か話してくれるかも知れない、これから先、順照達に話す機会はいくらでもあると思ったのだ。

 翌日、紗月は事務所で何食わぬ顔で田中から言われた仕事をしていた。

 昼食の頃となってコンビニでサンドイッチなどを買い事務所に戻った紗月に田中が話しかけた。

 「昨日、びっくりしたでしょう」

 紗月は田中の言葉に小さく、ええ、と答えて、田中は自分の席から紗月を見ようともせずに話し始めた。

 田中恒太郎は釧路に来る以前は旧財閥系の大手商社で法人営業担当として働いていた。

 4年ほど前まで彼には家族があった。

 彼と妻との間に出来た男の子は翌春には小学校に入学する予定だった。夫婦は大事な長男だからどこかの私立大学付属の小学校に入れようと考えてパンフレットを取り寄せるなどしてあれこれ検討していた。それは正に将来を信じた若夫婦の楽しい悩みだった。

 その年の秋口のある日のこと、お腹に5ヶ月の胎児を宿した妻は自宅のマンションから長男の手を引いて家の近くのスーパーに買い物に出かけた。

 片側二車線の結構大きな道路で信号が変わり横断歩道を渡り始めた2人に猛スピードで突っ込んできた車があった。

 その車は2人をはねた後に、一端、現場で停止する素振りを見せたが、急加速して逃走を図った。

 はね飛ばされた長男は全身を強く打って即死、身重の妻と彼女の体内にあった新しい命は病院で息を引き取った。

 警察は直ちに事故現場付近一帯で田中の妻子をはねた車の行方を捜した。そんな中、現場から1キロほども離れた交差点で、その車が赤信号を無視して交差点に進入し、青信号で交差点に進入してきたタクシーの側面に衝突した。

 事故車両を運転していた女は直ちに警察に逮捕され、負傷している様子なので病院に運ばれた。

 この事故を起こした20歳代の女が田中の直属の部下だった。

彼女は、警察の事情聴取で、当日、客からのクレームでむしゃくしゃしていて交差点で無理な追い越しをして田中の妻と息子を発見し、直前にブレーキを踏むつもりでアクセルを踏んでしまい2人をはね飛ばし、一端は停止して救護しようとしたが、怖くなり逃げたと供述した。彼女はその時、少しくらいでは酔わないと思い、昼食の時にビールをジョッキ1杯飲んでいて、さらに、事故以前、休日に自家用車を運転中にスピード違反で免許停止処分を受けて、それがまだあけていなかったことを供述した。そのことについては職場の上司の田中は何も知らされていなかった。

 例によって話しをかぎつけた週刊誌は田中と加害者の女の関係について尾ひれをつけてあること無いことかき立てた。尤も、事故そのものは酔っ払い運転による交通事故で世間は直ぐに忘れたが。そして、裁判の結果、女には田中の妻と息子に対する自動車運転過失致死罪等で懲役4年が宣告された。

 この夏、女に仮釈放の手続が進められた。そして、7月にそれが認められ、世間に戻ってきた。

 7月に田中宛に電話をかけてきた東京の大谷という人物は田中の大学時代からの友人の弁護士で、その大谷弁護士の許に加害者となった女の弁護士から、彼女が近日中に仮釈放で世間に戻ってくるので田中に謝罪に出向きたいと言っていると連絡があったことを知らせてきたのだ。

 田中はその申し出を最初は断ろうとした。

 怒りからでは無い、女の謝罪を受けたところで、亡くなった妻と息子、そして、これから生まれてくるはずだった子供は還ってこないとおもったのだ。だが、その古くからの友人が被害者への謝罪が加害者の更生の助けになる場合もあると説得した。そして、昨日、女は両親と共に田中事務所にやってきた。

 女とその両親は田中の自宅を訪ねたいと言ったが、田中がそれを拒んだので事務所で会うことにして、紗月が退勤した後に来るように求めたのだ。

 田中の家族を殺してしまった女は、今年で31歳だという。彼女は、まるで幼い子供のように泣いてばかりで謝罪の言葉も涙で途切れがちだった。

 あの女も紗月と同様、刑務所帰りという肩書を背負ってしまった。

 「あの子、これからが地獄でしょうねぇ」

 「地獄ですか」

 田中の言うのを紗月がオウム返しにした。

 女が田中の妻子をはねた現場から逃走をはかり衝突してしまったタクシーの運転手と乗客が共に重傷を負った。タクシー運転手は、それでも回復して3ヶ月ほどで元通りにタクシーに乗務できる体になったが、問題は乗客だった。

 この乗客は50歳代の男性で町工場を経営していた。

 彼は事故の傷が原因で首から下が麻痺してしまい、工場の経営どころではなくなった。当然、補償が問題になる。

 田中と加害者の女の勤めていた会社は保険会社との間で社用車第三者加害損害賠償責任保険を契約していたが、保険会社が会社の内部体制の不備を理由に保険金の支払いを渋りだした。仕方が無いので会社はその工場経営者からの損害賠償請求には応じることにして、立て替えた額は分割払いで女に請求したのだ。一般のサラリーマンならともかく、会社経営者ともなると立て替え分だけでもかなりの金額になる。

「会社は彼女宛に損害賠償の立て替え分の支払いを求めました。分割払いだった  そうですが」

  彼女にだって言い分はあるだろうにと紗月は思う。

「法的には、彼女は事件当時、既に二十歳を超えていたから両親が金銭的負担を  強いられることはありませんが、結局、あの子のお父さんが仕事を辞めて退職  金を全額支払いに充てるなどしたそうです。これからかなりの期間を支払いた  めに働くことになりそうです。」

 紗月は田中の話を聞いて暗然とした。田中の家族を死なせてしまった紗月と年の近い女は、たださえ刑務所の中で夢も希望も無い数年間を過ごしたのに、世間に帰ってきても、また私と同じような苦しみを味わうことになる。

 「あの女の人のご両親は何を?」

 「父親は地元の町役場に勤めていて、母親はは専業主婦ということでした」

 町工場を経営する50歳代の男性が受け取る補償金がどの程度なのか、紗月には分からない。ただ、刑務所帰りの者の就職難は経験済みだ。紗月と年齢の近いあの女だってこれから職探しには苦労することだろう。それでも彼女には両親が側に居てくれる、尤も、それが彼女のこれからにどれだけの助けになるかは怪しいようだが。

 「刑事事件よりも民事の方が厄介かも知れませんね」

 「所長、教えていただきたいんですけど、刑事と民事ってどう違うのですか?」

「おおざっぱに言うと警察沙汰が刑事で、それ以外が民事です。彼女の場合、刑  事事件としての交通事故の罰は終わっていますが、民事事件の損害賠償の立て  替え分の支払いはこれからです」

田中が商社に勤めているときに住んでいたマンションは釧路に来るときに売ってしまったし、妻子の生命保険もあるから、それを元手に投資業で食べているのだという。紗月も税金対策の一環で雇われたようだ。

紗月は、田中と話し終えて、しばらく自分の席で昨日のその親子の様子を思い出した。

  娘は人目も憚らずに泣いて1人では歩くことさえままならず隣を歩いていた母親に支えられていた。

 きっとあの娘も悔いているのだろう。

 事故を起こす前に、飲酒などせずに冷静でいられたなら、そして、事故現場から逃走しなければ、せめてタクシーと衝突した交差点で赤信号を守っていたら、全ては今さらだが、人生を棒に振ることを防ぐ機会は短い時間の中でもあった筈だった。それを彼女は全部、自ら放棄した。今の彼女は刑務所帰りという烙印を背負って、さらに多額の損害賠償金を支払わなければならない身の上。田中がいう「地獄」もあながち誇張では無いと紗月は思う。

 「所長は、あの女の人を許してらっしゃるのですか?」

 紗月はとうとう押さえきれずに田中に聞いた。

 田中は苦笑交じりに紗月の問いに頷いた。

 「あの子を恨んでも妻や子は帰ってきませんから、それに、僕の友人の大谷弁護  士から聞いた話なんですが、あの子は刑務所で1度、自殺未遂をしているんで  す、これ以上、あの子を追い詰めても誰も喜ばないでしょう」

 田中の言うのを聞いて、何故か紗月はほっとして頷いた。

 田中の身の上話とその妻子を奪った女の所行の一部始終を聞いた後、紗月はいつもどおりの仕事を続けた。そして、この日も午後2時55分になると田中から声を掛けられて終業準備に掛かり、午後3時きっかりに事務所を後にした。

 「お先に失礼します」

 何時にも増して礼儀正しく、きちんと田中の方を向いて腰を折った紗月に田中は椅子にかけたまま

 「お疲れ様でした」

 と言いながら小さく手を振った。

 ビルの人に出ると午後3時だというのにこの日は未だ蒸し暑さが残っていた。

 手に提げたバッグから携帯電話を取りだして実加子に今日は夕食を外で取るからと告げた。こんなことは初めてなので実加子も戸惑った様子だったが、夕食を共にすることを強く求めもしなかった。

 紗月は、取り敢えず北大通をぶらぶらと歩いて釧路川の河畔公園に向かった。

 午前中は無かった海霧が南風に乗って上陸を始めた様で、河口の方が少しかすんでいる。平日の公園のベンチで寛ぐなどする人影はまばらで、その空いているベンチの一つに紗月は腰掛けて対岸に建てられたお城の形をしたホテルを眺めた。

 無心というと大げさだが何も考えたくなかった。ただ、1人で静かにしていたかった。

 ベンチにかけたままでいるとふと首の辺りに何かを感じて目を開けると川面の海霧が濃くなっていた。

 居眠りしていたようだ。

 腕時計を見ると午後4時半近くになっていた。

 まだ虔陵院に帰る気にはならない。

 ここに居ても仕方が無いと思い直し、末広町の中を歩いた。

 旧ソ連が200海里漁業規制を開始する以前の昭和50年代前半まで、この界隈は景気の良い漁師達の「庭」のようなもので、当時はそうした景気の良い客からのチップだけで家を建てたホステスがいたという噂まである。

 昔日の面影いずこにぞ

 今、釧路一の歓楽街であるはずのこの界隈も空き店舗が増えあちこちのテナンドビルの出入り口に「テナント募集 即日入居可」という看板が出されている。

 しばらく歩くと一軒の喫茶店が目に入った。

 初めて見る店だが、営業してるようなので、取り敢えず中に入った。

 店内は4人がけのボックス席が4つにカウンター席が5つある。

 そのカウンターの客席で、白髪頭で眼鏡をかけてその眼鏡の奥にある目が幾分鋭い印象を与える手足の長いマスターが、何か分厚い本を読んでいた。 

客は誰も居ない、その空いた店内に有線放送のバロック音楽が流れている。

 「いらっしゃいませ」

 ボックス席に着いた紗月にバリトンボイスで低く言いながらマスターは水を出しながら、注文を聞きに来た。

 テーブルの上に置かれたメニュー表にはストレートティーが幾つか載せられていて、紗月は迷わずダージリンを頼んだ。

店の奥にあるブックスタンドから週刊誌を手にとって席に戻るとそれを読み始めた。だが、実際のところ、彼女の目は勢いよく文字の上を滑り続けた。

 「お詫び、か」

 小声で呟いた彼女の声が聞こえたかしてカウンターの向こうに居るマスターがこちらを向いたので、急いで咳払いをしてごまかした。

 紗月は、今、この喫茶店にいても、昨日、田中事務所に来た3人の親子連れのことを思い出す。

 何のためにあの娘は若い身空の数年間を刑務所で過ごしてきたのだろうか。それが償いで、だから、刑務所を出たら普通に世間で受け容れて貰おうとすることが許されないのか。

 私は償いを終えたのだろうかと紗月は思う。

 二十歳を過ぎたら大人として扱われること位は学校で習って知っているから、刑務所に入れられることも仕方が無いと思い続けた。だが、今日の田中の話では、刑務所に入るのとは別に紗月が罰せられる可能性があるようだ。

 紗月は楠田聡子の家族の気持ちを推し量った。

医師時代、担当して救えなかった患者の家族の度を過ぎた抗議に何度も遭遇した。あの時の患者の遺族達と楠田聡子の家族達の気持は大きくは変わらないだろうと紗月は思う。

 つまりは、憎まれている、恨ませている。

 自分が起こした事件で、楠田聡子やその家族までも傷つけた、そして、自分の家族も又、塗炭の苦しみを味わった。

 誰から恨まれても、誰にも反論など出来ないと思う。

 ふと腕時計をみると午後5時30分少しまえだった。

 これ以上長居しても店に迷惑とも思い、紗月は会計を済ませると外に出た。

 夏でもこの時間になると暑さも緩み、代わりに海から吹く微風が心地よい。そんな中を紗月は、さきほど通ってきた末広町を目指して歩いた。実加子に夕食は外で摂ると告げたから庫裡に戻っても食べるものが無いわけで、何処かのレストランにでも、と思っているとおあつらえ向きの店が目に入った。

 彼女は早速、そこに入ると棚に所狭しと並べられたディスプレーを見て、そして、店内に入り、ジョッキ1杯のビールと料理を注文した。この時間に女が1人でビールを飲む図というのも寂しいとは思うのだが、今日は飲みたい気分なのだ。

夕食時の筈だが少し時間が早いのか、店内は思いの外、空いていた。

紗月がビールの肴といった趣で出された料理を平らげて店を出た頃には、辺りはすっかり夕景色になっていた。ジョッキ一つに注がれたビールで酔うような紗月では無いが、それでも沈んでいた気分が浮き立つ。諸君、幸せとは実にこういうにことを言うのですよと世の人々に説いてやろうかしら等と考えながら先程、腰掛けていたベンチが置かれた河畔公園を通って幣舞橋の橋のたもとに造られた通路を通って反対側に出ると階段を上り、釧路川の河口側の歩道に出た。

 「わぁ、きれい」

 彼女がぶらぶらと歩いて橋の真ん中辺りに来たとき、手すりにつかまって海の方を見ていた、服装などからして旅行客と思しき男女の女の方が海を指さして声を上げた。

 紗月も思わず釣られて海の方を見た。

 夕方の釧路の海を橙色に染めて、日が落ちていった。

 紗月もしばらく、その風景に見とれた。

 あさてっかりと庫裏の近所の人から聞いた。だが、実際は霧に遮られて朝日すら見えないことがある。その霧の底に沈む日が多い夏の釧路で朝日は見えなくても綺麗な夕日が見える日が多いと紗月は思う。

 夕日に励まされると言うことも妙な話だとは思うが、紗月は、釧路に来てから夕日を眺めて何故か元気付けられたような気持ちになることが何度かあった。

 自分でも、何故、そんな心境になるのかが不思議だったが、釧路の夕日が好きだった。

 すいませーん、橋の手すりに両手をついて男と並んで夕日を見ていた女が、紗月にそう言いながらデジタルカメラを遠慮がちに差し出し何か言おうとしたので紗月は笑顔で無言のそれを受け取り、何枚か写真を撮ってあげた。

 よいご旅行を、と紗月が言い、相手の女が、ありがとうございました、と笑顔で応じた。

いつもよりゆっくりとした足取りで虔陵院を目指して歩く彼女の脳裏には、再び、昨日のあの親子のことが浮かんでは消えた。

 心ならずも自分と同じように刑務所帰りという烙印を背負ってしまった年の近い女とその両親に、紗月は相手の名前さえ知らぬまま、元気で、と念じた。

 この日、紗月が外食した理由を順照も実加子も尋ねようとはしなかった。そして、いつもどおり入浴を済ませるとこの夜は実加子の部屋で少しの間、駄弁っていた。「ねえ、実加子ちゃん、これから私の言うことを落ち着いて聞いてね」

 2人の話が途切れて部屋が静かになってしばらくした頃、不意に紗月が実加子を向いて言った。

「今日ね、田中さんのところでね」

 そういいながら、紗月は今日、田中事務所でみたことを実加子に言い、実加子は何も言わずに彼女の話しに耳を傾けた。

「私は楠田聡子の家族へのお詫びは何もしていないんだよ」

 紗月はあらためて遠い目になった。

28歳の6月の夜のこと、紗月は楠田聡子を殺そうとして手にした果物ナイフで刺した。あの夜のことを紗月は殆ど覚えていない、ただ、相手を刺した瞬間に相手が鋭い悲鳴を上げたこと、そして、地面に倒れて這いつくばって逃げようとしていて、その彼女にとどめを刺そうとしたときに偶然、通りかかった誰かが驚いて悲鳴を上げて、それを聞いて我に返って現場を立ち去ったことだけが辛うじて脳裏に浮かぶ程度だった。

「その人、もう亡くなっているんでしょ」

実加子に言われて紗月は頷いた。

「でも、家族はいると思うんだよね」

そう、楠田聡子にも家族はいるだろう、藤田登喜子は川田利明に娘が弄ばれたと知った楠田聡子の父親が和歌山から大変な剣幕で川田の許にあらわれたといっていた。  

「行きたいの、その楠田って言う人の親のところに」

「分からない、いまさらあの人の親の所に行って、ごめんなさいしてもって思うし、 でも、私の考えって間違っているような気もするし」

 実加子は紗月の話しを聞いて黙ったまま畳を見つめた。

「私にも色々な言い分はあるけど、私がその人達の家族を殺そうとしたことは事実 なんだしさ」

紗月は自分に言い聞かせるようにいった。

「紗月さん、その楠田って人のことを許しているの?」

「私が?、逆ではないの?」

「私、刑務所を仮釈放で出て地元の保護会に預かってもらったって言ったでしょ、 その時に弁護士さんに聞いたの」

 実加子が預けられた更生保護施設では地元の弁護士会と連携して寮生達の法的権利の保護にもつとめていた。ある時、弁護士会が社会貢献活動の一環として開催した無料法律相談会で実加子は参加していた弁護士に被害者への謝罪について相談した。

「その先生はね、今の紗月さんと同じくらいの年の女の人だったけど私が被害者のご家族に謝罪したいっていう話しをよく聞いてくれたの」

その弁護士は実加子の話しを熱心に聞いて、しばらく考えてから

「四藤さんは被害者の方のことを許しているのですか?」

と言った。

 実加子は被害者の遺族が謝罪を受け入れるかどうか分からないと言われると思い込んでいたから、弁護士の言葉は意外だった。

 その弁護士は通り魔事件の場合は別として、殺人事件では加害者が被害者に強い恨みや憎しみを抱いている場合が殆どだと言った。そして彼女は実加子に被害者の少女を許していないのに遺族に謝罪しても無意味になるのではないかと言うのだった。

「その時の私は私が殺してしまった子を恨んでなんかいなかったから、向こうの家 族に謝りに行くことには賛成してくれた。ただ、家族によっては加害者を許して いない例もあるから、慎重にした方が良いとは言われたけどね」

実加子の話しを聞いて、紗月は考え込んだ。

 紗月の中で楠田聡子への恨み辛みは消え去っていなかった。生理的に受け付けない、彼女は紗月にとってそんな人物だった。だから、実加子が弁護士から言われたという被害者を許すことが出来ないまま加害者が謝罪しても無意味だという指摘は正鵠を射ているとは思う。だが、田中事務所に謝罪に来た3人のことを思い浮かべると、このままでいることも心の何処かで引っかかった。

「でも、結局、私は相手の子の家族には謝りに行かなかったけどね」

 実加子は釧路で順照と暮らすようになってからも、被害者遺族への謝罪のことが気になっていた。

 ある日のこと、我慢できなくなった彼女は順照にそのことをきいた。

 実加子の話しを聞いた順照は

「お前が先様の家族の前に現れて、それで先様が辛い思いをしなければ良いがね」と言った。

 紗月が実加子の話を聞いてぼんやりとしていると、実加子が壁際においた小さな本棚から一通の手紙を取り出して、何も言わずに紗月に渡して、受け取った紗月がその封筒を見ると、宛名は更心寮の増井諒順になっていた。

 「私が殺してしまった子にはお姉ちゃんがいてね、偶然だけどその人のことを諒  順さんが知っていたの」

 増井諒順が所属する本山は日本仏教団体連絡会に加盟していて、それは青少年健全育成活動にも熱心に取り組んでいた。その活動は警視庁の少年課とも協力して行われていたが、少年課の窓口となった婦人警察官が偶然、実加子が殺してしまった少女の姉だった。

 「諒順さんがそのお姉ちゃんに私と会ってやって欲しいって言っても、断られた  の。代わりにその手紙を諒順さんにくれて私に渡して欲しいって言ったの」

 実加子は手にした封筒の中から丁寧におられた手紙を取り出すと紗月に渡した。 その手紙には書いた人の人柄を偲ばせる几帳面で細かい文字が隙間無く書き連ねられていた。

  「前略 この手紙は増井諒順様から貴方様のことを伝え聞いて書いておりま    す。貴方様のお気持ちは増井様から聞きました。貴方様が私どもと直接に会   うことを望んでおられるとのことでしたが、両親とも貴方様からの申し出を   相談しましだが、貴方様のお気持ちを素直に受け入れることはできません。   ですから、この度は、この様に書面に失礼します。

    今は亡き私の妹は不憫な子だったと思います。

    私たちの両親は小さな会社を経営しておりますが、その経営が上手くいか   なくなるとお互いに不満をぶつけ合って喧嘩するような仲の悪い夫婦でし    た。特に母は何か思うように行かないことがあると妹に八つ当たりしていま   した。妹が道をそれたのも多分に両親のそうした生活態度に原因があると思   われます。妹には多額の生命保険がかけられており、妹亡き後、支払われた   保険金を彼らはあろうことか会社の運転資金に充当しました。そんなことも   あって、私は大学卒業後は貴方様のことを増井様から聞くまで両親と殆ど連   絡を取っておりませんでした。

    妹は彼女が中学校2年生の時に母と大げんかをした後、家出をして、その   後、ほとんど家に寄りつかなくなっていました。そして、亡くなって、遺体   が棺に納められて帰ってきたとき、私は妹の顔を見ました。その時の妹は非   行に走る以前の穏やかな顔立ちをしていました。

    私は妹が家を出た後にどのように生きていたのかを殆ど知りません。事件   を担当した警察官も詳しいことは教えてもらえませんでした。ただ、心根の   優しい子でしたから辛い思いをしていたことは想像できます。

    貴方様から妹や私ども遺族への謝罪の申し出のお気持ちは確かに受け取    りました。

    貴方様の中に妹に謝罪するお気持ちがおありなら、今後の貴方様の人生を   貴方様の近くにいらっしゃる皆様の幸せのためにお役立て下さるようお願い   します。それが妹への何よりの供養になると思います」

  紗月は長い文面の実加子宛の手紙を読んで、再び考え込んだ。

 「私たちって、自分のやったことから一生、逃げられないんだよ、それだけのこ  とをやってしまったのだよ、私たちって」

 いつの間にか涙ぐんだ実加子が言い、彼女の隣にいる紗月も実加子を見ないまま頷いた。

 紗月と実加子ははしばらくの間、何も言うことが出来なくなり、そして、紗月は、もう寝ようね、と言い残して自分の部屋に戻った。

 紗月は自分の部屋に敷いた布団に入っても目が冴えて一向に眠たくならなかった。

 紗月は、昨日、田中事務所に謝罪に訪れた家族のことを思い浮かべて、そして、自分の事件のことを考えた。

 事件を起こしたことの償いとして地獄とさえ思った刑務所で、たった1度しかない人生のうちの6年間を過ごした。だが、そのことは事件の直接の被害者やその家族からすると「おまけ」だったのだろうかと思う。本当の償いとは、刑務所を出てから始まるのだろうか、それが一生続くのだろうかと思うと布団の中で目が冴えて体が硬くなった。

 田中事務所に喪服姿で家族に伴われて訪れた女は過失とはいえ田中の家族を死なせてしまった。田中は詳しくは言わないが、当時の彼の悲嘆は想像に余りある。紗月は28歳の6月の夜に楠田聡子を刺し殺そうとした。楠田本人も勿論だが、あの時の楠田の家族が味わった苦痛も決して小さくは無かったはずだ。先日、庫裏に訪ねてきた藤田登喜子は楠田を弄んだ川田利明の許に、和歌山の楠田の父親が猛烈な剣幕で乗り込んできて娘との結婚を迫ったと言うから、彼女も実家の家族からは愛されていたのだろう。

 紗月は聡子のことを許してはいない、我ながら狭量なことだとは思うが、彼女から酷く侮辱されなければ刺すことなどなかったと思う。彼女は、そのことも含めての6年間の刑務所暮らしだったと思いたかった。

 紗月の思いは巡り次第に体がほてってきて、これでは駄目だと目を閉じたまま深呼吸を繰り返した。

 自分でも気付かぬうちに涙を流し始めた彼女は、私には何も分からないと思いながら、夜闇の底で泣き続けた。


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