手帳
俺、多島祐樹には春香という名前の幼馴染がいた。
彼女はとても運が良く、自身の運の良さを自慢することも多々あった。
「運がいいんじゃないの。この手帳に未来の予定を書けば、それが確実に起こるんだ!」
ひらひらと黒い手帳を見せびらかしながら、彼女はそう嘯く。
聞けば最近古本屋で買った手帳らしい。
さすがに俺がその話を信じることはなかったが、春香が手帳に何らかの思い入れを持っていることは確かだった。
いつも肌身離さず持っていて、暇さえあれば手帳を眺め、何かを書き込む。
特異な彼女の姿は高校中で有名になっていった。
そんなある日のことである。
俺が自宅でくつろいでいると、春香から電話がかかって来た。
また手帳がらみで良いことがあったから俺に自慢しようとしているのか、なんて少し辟易した気持ちで電話に出たのだが。
「た、た、助けて祐樹! 消えないっ! 止まらないのぉ!」
電話口から聞こえてきたのは取り乱した春香の声だった。
「お、おい。どうしたんだよ」
「て、手帳が勝手に、文字が、勝手に!? 私書いてないのにぃ! 消しても消えない! 何これ!? いやだいやだいやだあああああああ! 私自殺なんてしたくな――ぁ」
そこで電話はプツリと切れた。
こちらからかけ直してみるが、電話は繋がらない。
尋常じゃなかった様子にただならぬ気配を感じた俺は、急いで春香の家に向かった。
インターホンも鳴らさず、彼女の両親に挨拶することもせずに部屋へと飛び込むと、そこには首を吊った春香の姿があった。
瞳孔を開ききった虚ろな目はもう何も映していない。
わざわざ確認するまでもなく彼女は死んでいた。
俺を追って部屋に入って来た春香の両親が、娘の遺体を見て叫ぶ。
その声を聞きながら、俺は彼女の机の上に目を奪われていた。
そこにあったのは春香がさんざん自慢していた黒い手帳。
電話で言っていた、あの手帳。
吸い寄せられるように、俺はその手帳を手に取った。
開いてパラパラと眺めてみるが、なぜかどのページにも何も書いていない。
春香がこの手帳に書き込む姿を何度も見たというのに。
一枚一枚めくっていってやがて最後のページに至る。
しかし、そこにもやはり何も書かれていなかった。
訳が分からなくなり、とりあえず手帳を机の上に戻す。
その瞬間、俺は言葉を失った。
視界に入るのは手帳の裏表紙。
右隅にある小さな氏名欄。
書かれているのはたった四文字。
『多島祐樹』