カガミアンナあるいはアンナミラーズ
ホラーを考えるときはいつも世にも奇妙な物語の尺で考えます。
やってきた彼女はとても暗い顔をしていた。
『Mirrors』という映画がある。以前、確かに観た記憶があるが、もうほとんど覚えていない。主人公が24の人だったり、全体的に暗い画面の映画だったりしたと思う。
怖かった。
怖かったと思う。
ちなみにこの映画には2もあるらしい。でも、私は観ていない。
「・・・」
鏡の中の私が今の私と変わらない表情で私のことを見ている。重たげな瞼、重たげな前髪。両手すら重たいのか、今にも両肩が根元から取れてしまうんじゃないかと思うくらい、ぷらんとしている。ちょっとしたでっぱりに引っ掛けたハンガーの様に、少しぶつかって揺らしてしまったら落ちてしまうんじゃないかと思える。気持ち態勢が前かがみだから、直そう直そうと思って結局治らなかった猫背だからだと思う。だからそういう印象になってしまうんだろうと思う。そんな自分を改めて鏡で見ている。いつまでたってもあか抜けない。自分がひどく不格好に見える。
髪の毛はここに来る前に美容室によって切ってもらうつもりだった。でもそれをしなかった。面倒くさかった。でもやっぱり切ってもらえばよかったと思った。夏なのに、真夏なのにこんなに長い、それに天パーでもこもこした髪だから、暑そうに見えるし、実際暑い。うなじのところにあせもができる。毎年そうだ。毎年。
何だったら、バリカンでも買って、家の風呂場でがあーっと伐採したらよかった。思い切って3ミリとか、何だったら5厘刈りとかにしてもよかった。どうせだったらしたらよかったかもしれない。本当に。でも、もう街に戻る気はない。
私は今、廃棄された遊園地のミラーハウスにいる。なんとかっていう山の上にある廃園地。そこはずっと廃園地として残っていた。私が子供のころから。廃園地になって、壊されることもなく、誰かが買い取ってリニューアルすることもなく、ずっと残っていた。不思議だ。まるで廃園地という姿が正しい形であるかのように、その廃園地はずっと残っていた。もしかしたらオープンしていたころよりも廃園地になってからの方が長いかもしれない。不思議だ。それだから高校生とかがよく、肝試しとかに利用するらしかった。
「・・・」
でも今、私がいる、本当はいけないことだけど、忍び込んだミラーハウスの中はなんだか綺麗だった。廃園地のミラーハウスに対して綺麗だったなんておかしな感想かもしれない。でも、そう思うのだ。空気は淀んでいるし、埃っぽいし、薄暗いし、色々なところからギシギシと音がするし、過ごしやすい雰囲気の場所とはとても言えない。でも、落書きなんかがあるわけじゃないし、鏡がぐしゃぐしゃに割れているわけでもないし、何かが壊されているわけでもない、コンドームだって落ちてない、浮浪者が住んでいるわけでもない。
この廃園地が廃園地となってからどれくらい経ったのか、正確な時間経過はわからない。興味もなかったし、私は特段、廃墟マニアでもない。
でも私の印象だけど、このミラーハウスの中はなんだか・・・時間が止まっているような気がした。空気はよどんでいるし、埃だって舞っている、薄暗いし、ギシギシと家鳴りがする。でも、何だろう・・・例えるなら・・・何だろう・・・。
でも、まあ、いいや、そんなこと、そんなことどうだってよかった。
どうしたんだろう私?
どうして急にこんな話を始めたんだろう?そもそもミラーハウスに来て、映画『Mirrors』の映画のことを思い出すなんて。そんなのベタ過ぎるじゃないか。これはきっと何日か経ったらとても恥ずかしくなって、そんで死にたくなるタイプのやつだ。
それに『Mirrors』が私の記憶に残っているわけでもない。何度も何度も見返したわけでもない。私の人生のベストテンにその映画が入っているわけでもない。誰彼構わずお勧めしたいというわけでもない。気の利いた、考え抜いた、目立ちたがりのコメントで映画の予告のCMとか、ツイッターで紹介されるような感想を述べたい訳でもない。
そもそも映画の内容だって今となってはおぼろげで、ざっくりとしてて、人に話す必要もない程度の記憶なのに。
「・・・」
鏡の中の私は、不思議そうな顔をして私を見ている。
ああ・・・。
違う。
「うん」
鏡の中の私に対してうなずいて見せた。
ちょっと違うね。
「うん」
鏡の中の私は、私と同じ動きをする。
違うんだよね。
そう、違う。
違うんだよね。
『Mirrors』の内容はもうほとんど思い出せない。でも、覚えているところがある。ずっと忘れらないシーンがある。
『Mirrors』の主人公24の人には妹がいる。
映画の中でその妹が死ぬシーンがある。
他の何も思い出せなくても、映画の設定や、人物相関図など一切思い出せなくても、どうしてそのようなことになったのかなんて全く思い出せなくても、妹の名前だって思い出せなくても、私はその妹の死ぬシーンは覚えている。
とても恐ろしいシーンだった。
「・・・」
だから一度しか観なかった。一度しか観れなかった。そのシーンが恐ろしいと感じた瞬間、目を細めた、つぶったりもしたかもしれない。たった一度。たった一度だけ。
それでも、忘れることは出来なかった。
いずれ忘れるだろう。生きていれば日々、某かのことが次から次に入ってくる。一つのシーンだけを覚えているなんて事、忘れないでいるなんて事、できるわけない。
でも、覚えていた。忘れなかった。
そうして今日まで忘れることができないまま、私は廃園地のミラーハウスに来た。
どうして?
鏡の中の私が首を傾げた。
『Mirrors』のあのシーンを忘れることができないまま、今、私がここに、廃園地のミラーハウスにいる理由。
「・・・」
一度しかできない。
一度だけしかできないと思う。
きっとそうだと思う。
試したことはないけども、でもきっとそうに違いないと思う。
途中でやめたらきっと、それで終わってしまうと思う。
だって、そんな痛み、何度も耐えられるものではないだろうから。
私は、自分の口に両手を突っ込んだ。
そして力いっぱい、上と下に引っ張った。
「やめろよ馬鹿!」
声がした。
鏡の中の私から声がした。
鏡を見ると、鏡の中の私は口から手を抜いていて、逆に上下から頭を抑えていた。
「何すんだよお前!馬鹿野郎!」
口に手を入れてしゃべれない私に向かって、罵声を浴びせてきた。
「とりあえず名前は?」
鏡の中の私がそう聞いてきたので、私はとりあえず一旦口から手を抜いて、
「カガミアンナ」
と答えた。自分に対して自己紹介するなんてそんなことあるとは思わなかったので、とても緊張した。
「んで、ここに何しに来たの?」
「『Mirrors』っていう映画の妹のマネをして死のうと思ってきました」
「ここでですか?やめてください馬鹿」
鏡の中の私は、ドン引きしたような顔で言った。自分にドン引きされるとは思っていなかったのでかなりショックだった。
「でも、廃園地にあるミラーハウスで『Mirrors』のマネをして死ぬっていうのは私の夢だったので・・・」
いつからか、それしか考えられなくなった。怖い怖いと、忘れたい忘れたいと思っていたあのシーンに私はいつの間にか、染まってしまっていた。理由はわからない。でも、気が付いたらそうなってしまっていた。だから今日はこうしてここに来た。
「自分ちでやれよ馬鹿野郎」
鏡の中の私は尻をぼりぼりと搔きつつ、鼻をほじりつつ、興味なさそうに言った。自分の姿でそういうことをされていると思うと、なんだか不思議だし、とても新鮮だった。
「だって自宅で死ぬとか、他人の迷惑を考えない行為だと思うんです。賃貸だし、幽霊が出るっていううわさがたったりしたら、家主とか不動産屋さんにも迷惑でしょう?」
家主は家賃を下げないといけないかもしれないし、不動産屋さんは事故物件っていうことでネットでなんか書かれるかもしれないし。
「ここでやるのも私にとって迷惑なんですけど」
「でも、ここで人が死ぬことによって、この廃園地が今度こそ取り壊されるかもしれない。そう思いませんか?」
それは結果的にプラスになるかもしれない。地方活性化の一旦となるかもしれない。いつまでも客も呼べない、お金も取れないこんな廃園地を残しておく方が、マイナスだってそう思いませんか?それを考えたら、私がここで死んで、そんでブルーチーズ人間になるまで発見されないで放置されて、そんであんなもの残しておくのがいけないんだっていう意見になって、取り壊して、山稜の風景を望める駐車場とかを作って、デートスポットになる方が、よほど・・・よっぽど・・・、
「お前は何なんだよ!お前の親父は市議会議員か?それとも今、不正やら、不適切な発言で叩かれてる県知事かなんかか?大雨の日、警報無視してゴルフでもやってたのか!?」
「・・・違う、けど・・・」
「じゃあ何?なんだ?疲れてんのか?寝ろ!もう寝ろ!お腹いっぱい食べて寝ろ!二十時間くらい寝ろ!そんで起きたら風呂入れ!」
鏡の中の私はとても怒っていた。廃園地にあるミラーハウスの鏡の中の私にこんなに怒られるとは思ってもみなかったので、私は随分とショックだった。
ショックすぎてまた自分の口に両手を突っ込んだ。
「やめてよ!もう!」
鏡の中の私は、私のそんな行動、言動に耐えられなくなったのか、鏡の中から私に向かって手を伸ばしてきて、私の胸倉をつかむと、私のことを鏡の中に引っ張り込んだ。急なことだったので私はつんのめってぶつかると思って身構えたが、しかしぶつかることもなく、ぬるんと鏡の中に入ってしまった。
起き上がって鏡をみると、私の代わりに鏡の向こう側に鏡の中の私が出ていた。
「これは、どういうことですか?」
私は鏡の向こう側にいる私に聞いた。
「お前は今、とても疲れているんだ、だから寝ろ。とにかく寝ろ。ぐっすり寝て、起きたらまた変わるから」
そう言って彼女は私が止めるのも聞かず、私の姿をしたまま外に出て行ってしまった。
「・・・」
それから少しぼーっとしていたが、傍に毛布とマットレスがあったので、試しにそこに横になってみると、あっという間に眠気が来た。それで何かを考える暇もなく、視界は暗くなった。
起きると、側に飲み物とすき家の牛丼があって、それを食べたらまた寝た。
最近こんなに寝たことはないんじゃないかと思うくらい寝た。
ずっとこのままでもいいんじゃないかと思うくらい、とても寝た。
最終的にホラーじゃない感があるけどもね。