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第二十五話 義父の願い。

 俺はクレイさんと差し向いで座ってる。

 ほんと、この人って優しそうな表情してる。

「さて、武士君」

「はい。お父さん」

 この表情の人には、下手に取り繕ってもしかたない。

 何というか、見透かされているような、見守られているような温かな目をしているからな。

「そう言ってもらえるのは、僕も嬉しいよ。当代の王配、次代の王配として僕は君に教えてあげられることもあるからね。君のことはティナからある程度聞いているよ。でもね、僕を父として認めてくれたから、僕は君のことをもっと知りたいんだ。僕とアリエスさんのことも知ってもらいたい。だからこうして残ってもらったんだよ」

「いえ。正直な話ですが、簡単に受け入れてもらえたことを、少し驚いているんです」

「いつもの話し方でいいよ。武士君。僕は昔からこんな口調だったから気にしないでくれると、助かるかな」

 俺は、この人には敵わないと思った。

 人として、男としての懐の大きさ。

 親子以上に年齢も違うんだ。

 俺は素直にクレイさんのことを、父さんと呼べる。

 なんとなくだけど、亡くなった父さんのような雰囲気を持っているのもそう感じさせる要因なんだろうな。


 俺は深く深呼吸をする。

 覚悟は決めた。

 このクレイさんとも親子になりたいと思ったからな。

「あの、俺。長いこと家族って感覚を忘れてて。ティナが一緒にいてくれて。俺の嫁になりたいって言ってくれて。嬉しかった」

「そうかい。あのはねっ返りが、迷惑をかけてなかったかい?」

「いえ。俺の作った料理をうまいと言って食べてくれます。俺がやっている酒場でも、お客さんの応対をしてくれて、人気者になっていますよ」

「それはよかった。あのね、武士君」

「はい」

「僕はね、身体があまり丈夫な方じゃないんです。君も感じているかもしれないけれど、僕とアリエスさんは従姉弟の間柄です。小さい頃からね、アリエス姉さんに守られてばかりだった」

「はい」

「ほら、僕はドワーフらしくない、優男でしょう? 成人して成長したアリエス姉さんはとても綺麗になった。勿論、求婚も凄かったらしいんだ。お酒を飲んでいるときに少し出てくる、あの感じ。彼女はね、元から豪快な性格をしてたんだ」

「あの状態が素だったんですか」

「うん。僕は王配なんか、務まる男じゃなかったんだ。男同士だから言えるけど。君も知っての通り、一生懸命頑張ってもティナに、兄弟をあげられなかったんだよね」

「俺も兄弟はいません。育ての母と、その人の息子が兄のような存在でした」

「なるほどね。ドワーフの男はね、意思が強くて強引な人が多い。僕はどちらかというと、ドワーフらしくないって昔から言われてたんです。王配を必要とする年になったアリエス姉さんは、僕を王配にするって言ってくれた」

「はい」

「勿論、周りの貴族たちは反対したよ。跡取りすら作れそうもない駄目な漢を王配になど認められないってね」

「それは酷い」

「ありがとう。それでね、あのアリエス姉さんだ。貴族の王配候補の男性たちの前でね『文句がございますのなら、私を倒してごらんなさい。そうすれば貴方たちの中から、選ぶことを約束ましょう』とね。結果はわかるでしょう? あの美しいアリエス姉さんは、貴族の男たちを返り討ちにしてしまったんだ」

「そりゃ凄いですね。想像もつきません」

 あんな優しいアリエスさんが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げか。

 母娘って似るんだな。

 ティナもそんなイメージあるからな。

 俺の腹を殴ったときみたいに。

「だから僕は、いつも守ってくれたアリエス姉さんを、一生支えよう。それが僕にできる唯一のことだったんだよね。ティナはアリエスさんに似ている。求婚してきた男性たちを、魔法で黒焦げにしちゃったんだよね」

「あははは。ティナらしいというか、その光景が思い浮かびますよ」

 あの小さな可愛らしいティナが、俺より強いことは肌で感じる。

 俺はティナを守れるくらいまで、強くならないと駄目なんだよな。

「ティナは我儘で、男勝りで、寂しがりなんです。自分でこうと決めたことは、アリエス姉さんと同じなんだよね。もしかして武士君のその目も、了解を得ないで勝手にやってしまったんじゃないかな?」

「あははは。あのときは焦りました。俺が人間じゃなくなる感覚というか。少し怖い感じもしましたね。ですが、ティナと一緒に生きていける。そう思っただけでも嬉しかったんです」

 それは本当のことだ。

 俺はティナに惚れてる。

 だからこうして、アリエスさんとクレイさんに会いに来たんだ。

 あっさり認めてくれて、拍子抜けした気持ちはないわけじゃない。

 不安だってないわけじゃない。

 ただ、守られてるだけじゃ駄目なんだよな。

 俺は、この大きな身体がある。

 魔法も身に着けないと駄目だもんな。

「そうかい。ティナの父として嬉しく思うよ。ティナをよろしくお願いします」

「いえ。こちらこそ。よろしくお願いします。お父さん」

 クレイさんも俺のことを息子のように思ってくれてる。

 魔法に関してもティナは感覚派だから、詳しく教えてくれるそうだ。

「……俺の父さんは、警察官。正義の味方だったんです。国の腐った連中を告発しようとして、母と一緒に。育ての母の旦那さんと一緒に、殺されました」

「……日本でもそんなことが」

「ここで魔法の使い方を学んでから、俺。新婚旅行を兼ねて、向こうでティナと遊んできます。俺の亡くなった父が望んだ正しい行いを。母が信じた父の正義を。どこまで行えるかわかりませんが。果たしてこようとおもっています。ティナと一緒なら無敵ですよ。俺はティナに並べる男になってみせます」

「僕の息子は、強くなれるだろうね。これだけ立派な身体をしてるんだから、僕ができなかったこともできるだろう」

「はい。二、三十年もしたらあっちでくらせなくなると思います。そうしたらこっちで王配としてティナを支えながら、酒場の店主でもやらせてもらいますよ」

 クレイさんの目は俺を優しく見てくれていた。

 新しい、優しい母、優しい父ができたんだ。

 俺は精一杯生きて、こっちに戻ってくる。

 ティナと一緒に、暴れてこようと思ってるんだ。


次話がエピローグになります。

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