第二十話 いきなりご対面。
城っぽく見えない理由。
それは真四角なんだよ、建物が。
確かにここまで来る途中の建物もそんな感じだったよ。
だからってこれはないわ。
ビルというか庁舎だぞ、これじゃ。
普通城って言ったら、シンデレラ城とか想像するだろう?
誰が庁舎みたいな城を想像できるかって。
どんだけ几帳面なんだよ、ドワーフって。
見た感じ十階建てくらいか?
ガラスの窓もしっかりとはまってる。
「ティナ」
「んー?」
「ここってなんだ?」
「あたいの家」
「なるほどな、やっぱりそうなんだな」
「どゆこと?」
ティナは喋り方も日本人っぽくなってる。
四十三歳とは思えないほどの可愛さがプラスされてな。
「ここって王城だろ?」
「うんっ」
そう言うとティナは俺の腕を引っ張る。
ちょっと待て。
壁が。
壁がスライドしやがった……。
入り口がねぇなと思ったんだが。
そういうギミックがあんのかよ。
「ただいまーっ」
建物に一歩踏み入れたティナ。
一言目にそれかよっ。
どこからともなく、メイドさんとは言えないが、侍女服のようなのを着た女性が十名ほど走って出てくる。
走ってだぞ。
長いロングスカートタイプの制服着た女性が、スカートの裾持ち上げて走ってくるんだぞ。
両側に整列すると、一斉に深く腰を折った。
『お帰りなさいませ。姫様』
声を揃えてそう言うんだもんな。
もちろん、俺は心の中でビビったぞ。
どこのメイド喫茶だよ。
ってな。
ということで、ティナはお姫様確定。
まぁ、立花さんたちも言ってたから疑っちゃいなかったけど。
こう、確定すると、気持ち的に違うよな。
一国のお姫様を傷物にしちゃったんだし。
こりゃ、殴られるだけで済めばいいけど……。
ティナは俺の腕を引っ張ってずんずん進んでいく。
建物の中もこりゃまた立派。
大理石じゃないだろうけど、つるっと表面が加工された石材を壁に使ってある。
それも、継ぎ目なし。
やっぱり一年を通して寒いんだろうな。
窓は開くようになってるとは思えないくらいのはめ殺し。
いや、さっきみたいに開くかもしれんけど。
時折侍女らしき人や、ドワーフの男性ともすれ違う。
俺に負けず劣らず、百九十はありそうな身長とガタイの良さ。
兵士とは思えないインテリっぽい服装。
どこかの役人っぽいカッターシャツにスラックスっぽいズボン。
思ったより俺の恰好、浮いてないんだな。
町中では浮きまくってたけど、ここではそうでもないらしい。
ただ、ティナを振り向く人はいない。
すれ違う際は皆立ち止まって一礼してるんだから。
リアルお姫様キターーーーーーーーッって叫びたい心境だ。
でも俺は大人だからそんなことはしないぞ。
しっかしまぁ、ここまで相当数の男性女性とすれ違ったわ。
どんだけ働いてる人いるんだか。
大きさは沖縄の県庁より広く、高さはちょっと低いくらいか?
てことは、数百人はいるんじゃね?
まいったなぁ。
ティナについて廊下の奥へ。
行き止まり?
壁しかないぞ……、あぁ。
そういうことね。
ティナが壁に手をつくと、さっきの正面玄関のように横にスライドした。
どうしてこう、ドワーフってギミックにこだわるんだ?
いや、『ドワーフの技術者』って言わないと駄目か。
「ただいま、母さん。父さん」
えっ?
いきなりのご対面ですか。
心の準備もなんも、あったもんじゃないわっ。
町の中でもここでも、きっと今ティナが喋ってる言葉は日本語じゃないんだろうな。
そんなことを考えながら少しでも気持ちを落ち着けようとしてたんだが。
あれ?
玉座らしき場所に座る三十歳くらいの綺麗な女性と。
その女性の方を一生懸命揉んであげてる線の細い男性。
二人ともドワーフらしいんだが。
肩を揉まれて気持ちよさそうにしている女性と、優しそうな笑みを浮かべて肩を揉んでいる男性。
二人とも急に入ってきたティナの顔を見て驚いている。
ティナの母親なんだろう。
彼女はがたりと椅子から立ち上がり、目の前にあるテーブルを飛び越えて。
ティナのところまで走ってきて、彼女を抱きしめた。
俺はあまりの勢いに二歩ほど後ずさってしまったよ。
「ティナ、お帰りなさい。あなた、ついにやったのね?」
やったってそんな露骨な。
俺はティナに指一本触れてないとは言わないけど、まだ貴女の娘さんは生娘ですよ。
なんて言えないわな。
きっとティナの目でわかったんだろうな。
「うんっ。お婿さん見つけてきたよ」
ティナの親父さんかな。
優しそうなドワーフには見えない人だけど。
彼は二人を見て、嬉しそうな目で見守ってるみたいだ。
取り乱してしまって、俺を見たお袋さんは取り繕うように佇まいを直した。
この人もティナより十センチくらい背が高いな。
やっぱりティナってちっこいんだな。
今までの状況を再起動するように、お袋さんは親父さんの元に戻った。
流石になかったことにはならんわな。
「どうぞお座りください。よろしければおなま──」
「あたいの旦那様の武士だよ」
「ティナ。あなたねぇ……」
俺の横に座ったティナは俺に抱き着いてそう言ったもんだから。
お袋さんも親父さんも、呆れてるよ……。
「初めまして、俺、いや、私は、本郷武士と申します。武士が名前で本郷が姓ですね」
「ご丁寧にありがとうございます。遠路はるばるよくお越しいただきました。私はティナの母で、この国の女王。アリエストレーラメルリッタ・フレイア・メルムランスです。この人は、私の王配。夫ですね」
「僕はティナの父で、アリエスさんの夫。クレイバレットティンバー・アレイア・メルムランスです。長い名前ですまないね。クレイと呼んでくれたら嬉しいですよ」
いやいやいや。
それは駄目でしょう。
それと、ティナのお袋さんを『さん付け』で呼ぶんだね。
王配って言うくらいだからお婿さんみたいなもんか。
侍女さんがお茶を持ってきてくれたみたいだ。
ティナが『飲んでも大丈夫だよ』と言ってくれて、気を使ってくれたのか。
アリエスさんも、クレイさんも先に飲んでくれた。
俺は目礼してから、ご馳走になった。
いやこれ、美味いわ。
お茶というよりコーヒーだな。
適度な渋みとコクがあって。
苦みも喉に残らないくらいすっきりしてるし。
「美味しいですね。俺、いえ、私の国のコーヒーみたいで飲みやすいです」
「武士武士」
「ん?」
「それ、コーヒーだよ。名前は違うけど」
「まじかっ!」
「うんっ」
俺とティナのやりとりを見て、二人は笑いを堪えているようにも見えた。
「ふふふ。仲が良さそうで安心しました。ティナ、いい男性を見つけましたね」
「うん。すっごくかっこいいんだよ。あたい、一目ぼれだったから」
「よかったね、ティナ。僕も安心したよ」
「でしょ? すっごく優しいんだよ」
ティナ、褒めすぎ。
とりあえず、頭ごなしに反対されるよりは好印象ってとこかな。
一安心だわ……。




